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19話 思わぬ慈愛



その少年の意識は朧げだ。視界は白とも黒とも判断できないが、声は微かに聞こえてくる。何か争い事をしているのか?


「なんで竜族なんか連れてきた!?道端に捨てるか、あの時殺しておくべきだったんじゃないのか!?」

「ザッケス!何を言ってるのか分かってるの!?この子はまだ子どもよ?あのまま放っておいたらいずれ死んでたに決まってる!」


二人の騒音がやかましく、アルシュはそっと目を開けた。木造の天井、石造りの壁。居心地が悪いはずの冷たく硬い床はアルシュの体温で温まり、気持ちがいい。


眼前に目をやると、鉄格子が見えたことで自分が閉じ込められている事に気付く。そして、その向こうで揉め合う二人のシルエットが見える。

一人はやけに体つきが良い長身の男性。髪は赤茶で袖なしのチュニックの上ににはレザーアーマーを着用している。


「お前こそふざけるな!いずれは敵になるかもしれない役立たずのガキに、限られた食糧を分けてやろうと言うのか!?」


もう一人はクリーム色の結んだ長髪が特徴の長身の女性。

丈の長い一張羅の下にはコルセットを身につけ、の上からは豊胸の割れ目を覗かせている。


二人に共通する点は肌が色白で目が緑色である事だ。それは、竜族には見られない特徴。


「あんな所でうろつく子どもがいるか!何か事情があるんだよ!初めから敵だと決めつけないで!それに、食糧ならまだたくさん残っているはずでしょ!?限りがあるのなら、私の食糧を半分あの子に分けてやればいいじゃない!」


女性の方が先にアルシュの目が開いている事に気付いた。


「目が覚めた!?良かった。3日も起きないから心配したんだけど...ケガは、大丈夫!?」


アルシュは自分の腕や足、腹など所々に切り傷があるのを見た。その瞬間、痛みと記憶が蘇る。


「....っ!」

「大丈夫?あんまり動かないで、傷が開くわ」


アルシュは全てを思い出した。一度窮地を逃れたが、包囲され、抵抗も虚しく倒れた。そして目覚めれば檻の中。


「お前らは...カヤール軍か....?」


黙って聞いていた赤茶の髪の男が女性を押し除け、鉄格子に近づき、アルシュに「そうだ!」と話す。


「お前は竜族で俺たちはカヤール軍の傭兵団『夜明けの団』。つまり、俺たちとお前は敵対関係だ。これで、自分が牢屋にぶち込まれている理由が分かったか?ちょうど今、お前を始末するかどうかで相談してたところだ!」


つまり敵に捕まったのか。アルシュは自分の置かれた状況を理解し、徐々に焦りが見え隠れするようになり、顔を引き攣らせる。


「ザッケス!あんまりこの子を怖がらせないで!この子はウチで引き取るって決めたじゃない!」


脅迫的な物言いのザッケスを咎めたあと、その女性は優しい眼差しをゆっくりとアルシュに向け、膝をついて目線を下ろして語りかける。


「うちの団長が悪っかったわね。私の名前はエリン。皆からは副団長って呼ばれてるんだけど、そんなものうちの団にはない。本当ならすぐにでもそこから出してやりたい所なんだけど、しばらくそこにいてもらう事が君を救う条件なんだ。申し訳ないけど、大人しくそこで辛抱してて。じきに出してあげるから」


そしてエリンは「名前は?」と聞くが、アルシュは答えようとはしない。


「お前たちは、人を殺す時に名前を聞くのか?」

「え?」


刹那を静寂が過ぎる。エリンは逡巡し、目を大きく見開く。そして再度優しい笑みを作り直してアルシュの疑惑に応える。


「別に、君をどうこうするつもりはないよ。ただ私はこれから仲間になる君の名前を聞きたかっただけだよ」


「やめておけエリン、やっぱりこいつは今のうちに殺しておいた方がいい」

「ザッケス!みんなで話し合って決めたでしょ!?檻に入れてしばらく様子を見るって!」


やはりザッケスは早くこの死に損ないの少年に死んで欲しいようだ。その表情には苛立ちを浮かべ、エリンの判断にもどかしさを覚える。


「おいおっさん」

「なんだ?」


アルシュは納得がいっていない。

エリンとザッケスは勝手に話を進めているが、自分の事を他者に決めつけられているようで苛立ち込み上げていた。

それに言われるままでは我慢がならないアルシュは呟くと、ザッケスは彼に険な視線を向ける。


「言いたい放題言いやがって。何勝手に話を進めてるんだよ!俺はここに残るつもりも殺されるつもりもねえ!いつか絶対にここから抜け出してやる」


「フン、よくそんな口が聞けるもんだ。じゃあ逃げられないように今すぐ楽にしてやろうか!?」


ザッケスは脇に差していた剣の柄に手をかけ、引き抜こうとした。


「やめて、その剣を抜き切ったら私はあなたを許せなくなってしまう」

「ほう、やってみろよ」


一色触発の状況。二人の殺気が飛び交い、互いが刃を交えてもおかしくはない状況だった。

しかし、団長は柄から手を離し、エリンとアルシュに背中を向ける。


「ああ、悪かったよ。仲間に刃を向けるなんて、出来るはずはない。気がどうかしてしてた。許してくれ」


そう言ってザッケスは牢屋から離れ、向こうにあった扉の奥へと消えて行った。


エリンは深くため息をつき、再度アルシュに目線を合わせて注意を促す。


「全く、捕虜という立場でありながらその態度じゃ、命が幾つあっても足りないよ。今回は私が止めたから良かったけど、毎回こうはいかない。ザッケス団長はあんな感じだからね。いつ君にケチを入れてくるか分からない。元々はあんな冷たい態度をとらなかったんだけど、最近親友が戦死してから変わってしまったんだ」


「団長...親友?.....!!」


以前どこかで聞いた単語にアルシュは目を白黒させ、激しい動揺を必死に堪える。


「兎に角、気をつけて。大人しくしていればここから出られる。それまでは我慢よ」


そう言ってエリンは牢屋を後にし、アルシュの前から姿を消した。


アルシュは急いで拳を握って何度も壁に叩きつけた。早くここから逃げなければ、いずれはザッケスに殺されてしまう。

アルシュは気付いた。エリンの言う最近の戦死したザッケスの親友がイシュアンだと言う事を。


何かないか、削れる者、砕けるもの。この壁を破壊できるのであればなんでもいい。牢屋には窓がなかったが、壁の向こうには外が広がっているはずだ。せめて木片や石が落ちていれば....


しかし、使えそうなものは見つからない。アルシュは肩を落として何度も壁を叩き続ける。


「お願いだ。出してくれ!俺はまだ死ねないんだ!俺にはまだやりたい事がいっぱい残ってるんだ!」


そう言ってアルシュは手に血糊が滲み出しても壁を叩きつけたが、ヒビが入るどころか自分の手が壊れて行くだけだった。



その夜、エリンが給仕に来る。


「夕食を持って来てわ」


彼女はお盆に乗った小さなお椀に入ったスープと硬そうなパンを鉄格子の隙間から入れる。


「一体どうしたのその腕!?」


彼女はアルシュの右手のの異変に気付く。必死に拳を叩きつけて赤紫色を帯びた手の甲からは赤い雫がゆっくりと滴り落ち、床に無数の点を作っている。


「滑って転んだ」


逃げようとした事がバレれば自分の死期が近付くだけだと思ったアルシュは下手な嘘を思いつく。

それを聞いたエリンは深く息を吐いた。


「そんな訳ないでしょ?その手見せて」


そう言ってエリンはアルシュに手を伸ばすが、アルシュは負傷していない左手で払い除けた。


「俺に触るな!...あたたたた!何すんだ!」


エリンは差し伸べた手を払い除けられている瞬間にもう片方の手でアルシュの腕を掴む。


「じっとしてて。じゃないと、腕が取れてしまうよ〜?」

「....っ!?」


エリンは笑顔を引き攣らせ、アルシュを脅す。その迫力にアルシュは背筋を凍らせて、大人しくなる。


「アハハハ!冗談よ!やっぱり見た目通りの子どもね!」

「う、うるさい!」


エリンは高らかに笑い、アルシュの頭を撫でる。

その表情は明るい表情と大人びた彼女の対応にアルシュの頬が赤くなる。


「でも、この怪我は酷いなんてもんじゃないわ?待ってて。すぐに包帯を持って来てあげるから」


エリンはそう言って牢屋を後にする。アルシュは彼女の献身的な立ち振る舞いに目を白黒させる。


「俺を殺そうとした奴の仲間...なのに....!」


しばらくしてエリンは水の入った瓶と包帯を持って戻ってくる。エリンはアルシュの腕を傷に触れないように優しく持ち上げてから治療魔術を使う。淡い緑色の光によって、腫れ上がった腕の痛みと徐々に引いて行き、変色はうすらいでいき、元の肌色へと戻って行った。


しかし顔の真横にはエリンの豊かな胸元が見え隠れすることで、アルシュは次に顔を赤く変色させた。

それに気付いたエリンはニヤニヤさせてアルシュに問いかける。


「なに?君もそう言う口?」

「ち、違う!」


恥ずかしさから顔面はさらに紅潮し、アルシュは全力で否定した。やがて、エリンは手に包帯を巻き付ける。


「まだ怪我は治ってないから安静にしてて。怪我の事は私が上手くいっておいてあげる。それと下手にここから出ようなんて思わないでね。そんな事をすれば、真っ先に疑われるのは君自身なんだから」


アルシュは敵だと思っていたエリンからの優しさを受け止め、混乱する。


「なぁ、あんたはなんでそこまでして俺を助けようとしてくれるんだ?俺ってあんたらの敵なんだろ?」

「なんでかって?そんなの、君が可哀想だったからに決まってるでしょ?」

「かわいそう...?」


エリンはおかしな質問にひしゃげた笑みで答える。アルシュは逡巡し、彼女の言葉に耳を傾ける。


「本来未来があるはずの君がこんな死地にやってきて、死ぬのを待つのが可哀想で仕方がなかった。それ以外になんの理由がいるの?」


シンプルな答えにも感じたが、それは彼女の優しさを現していた。しかし、彼女は竜族である自分が怖くないのかと疑念を抱く。


「でも、俺は敵で...」

「敵じゃない。まぁ、味方になってくれてもいいけど、故郷に帰りたいなら努力...」

「あんなところに帰りたい訳ないだろ!!」


突然狭い地下牢に鳴り響いたアルシュの怒声。エリンは動じなかったが首を傾げた。


「なんで?本来君のような子どもは故郷に帰りたくなると思うんだけど...。無理にとは言わないけど少し話してくれない?ジルドラスで一体何があったのかを...」


アルシュはエリンに事情を説明する事を躊躇ったが、慈愛すら感じさせる彼女であれば受けれてくれるのではないかと僅かな期待を抱き、イシュアンとの戦いを除いてジルドラスで自分に何があったのかを説明した。


全てを話した時、アルシュの体は震えていた。父の絶望を宿した瞳が記憶に蘇り、頭から離れない。そして自身の行いの一つ一つを悔いても悔やみきれず、顔を歪めた。


「そう、まさかあなたにそんな辛い事があったなんて。国民を弄び、陥れるなんて最低ね」


エリンは目の前で反芻に苦しめられている少年に寄り添いながら、ジルドラスへの怒りを燻らせる。


「俺はヨルムに全てを奪われた。家族も、住む場所も、ルルアでさえも俺を見捨てたんだ。絶対に許さない」

「そう、まぁ私達にとってジルドラスは敵なわけだし君の考えに口出しするつもりなんてないんだけど。一体どうやって復讐するつもりなわけ?」

「そ、それは...まずは強くなって...」


アルシュの言葉が辿々しくなった事で彼の計画性の無さが露見される。アルシュの拳に包帯を巻きながらエリンは深く息を吐いた。


「無理もないわよね。見た感じ、決意してからまだ間もないって感じだし、少なくとも今の君が故郷に帰ったところで運命は目に見えている」


「じゃあ...俺は一体....どこに帰ればいいんだよ」


アルシュが両手を地面に突き、表情を苦悶に歪ませながら悲観する中、エリンが彼の両肩を掴み、しっかりと目を合わせて力強い笑みで宣言する。


「言ってるでしょ君は好きなだけここにいればいい。辛かった過去なんて考えないで!そんなもの、どこかに捨ててしまいなさい!今の君の家はここなんだから!」


それを聞いたアルシュの頬に涙が搾りでるように伝う。そしてエリンはそんなアルシュ抱きしめ顔を胸に埋めた。そして胸の中でアルシュはようやく答えた。


「俺は、アルシュ...」

「そうか、よろしくねアルシュ」





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