15話 悲愴
ジャミルはゲルカとの戦いに苦戦を強いられている。ゲルカからの猛撃を防ぐ事しかできない。
刃はジャミルの頬や手足に浅い切り傷を刻んでいく。
やはり剣士との近接戦闘では魔術師は不利だ。ましてや相手は魔剣士。このままではあの刃が俺の体を切り裂くのも時間の問題だ。だが全く策はないわけじゃない!
「距離を作れない?なら、こっちから作らせればいい!」
「何ごちゃごちゃ抜かしてんだ!?さっきの威勢がまるでないぞ!!」
「お前をぶっ飛ばす方法を考えてたんだよ!!」
『肉体強化!』
杖で刃を受け、そう応えると、ジャミルは魔力により自身の筋力を増大させ、ゲルカの体を押し退け、怯ませる。
この瞬間に魔術弾を撃てる暇はない。ならば、なるべくすぐに速攻で使える魔術であいつを俺から引き離す!
「肉体強化は魔力の消費が激しいから使いたくなかったんだが...!」
「へっ!それがどうした!」
男はすぐさまで体勢を戻し、ジャミルへの刃を向けようとした。しかし、
『石柱!』
「うおっ!」
ゲルカの足元から巨大な石柱が出現する。そし助走をつけてゲルカの体を上空へと突き飛ばそうとした。
が、柱が天を衝かんばかりの高さになる前に、ゲルカは軽々と後ろに退く。
「へっ今のは少し焦ったぜ!....な!?」
ゲルカは大きく目を見開く。魔術を解かれ、柱が霧散した瞬間、ジャミルの周りに魔力の光を纏った小石が渦巻いているのが見える。
「あれがアルシュのパパ?すごい...!」
「へっ、当たり前、だっ」
傷が癒えて行くアルシュは強大な魔術を使って見せるジャミルを見て、笑みを浮かべている。
「さすがだ、避けると思ったよ。なんたってお前は魔剣士だ!」
『石礫!』
ジャミルは呪文を唱え、石礫をゲルカに集中させ発射する。
「舐めるなアアアア!」
ゲルカは狂ったように獲物を振り回す。ただ力任せに振り回しているだけに見えるその一撃一撃は、確かにジャミルの攻撃を悉く打ち砕き相殺していた。
並みの剣では成せない威力と、ゲルカ自身の人外とも言える異常な膂力があってこそ成せる所業。
やがて、攻撃を全て相殺したゲルカは息を切らしながら勝ち誇った笑みでジャミルを称賛の罵声を浴びせながら歩みを進めようとする。
「ハァっ!さすがは魔術師だな。シュードラの分際で手こずらせやがって...ハァッ!だが、お前が死に物狂いで作った時間も、俺の前ではむい........なっ!?」
ゲルカは動けなかった。足が地面に埋まって抜け出す事ができない。
「ま、まさか今の石礫はこのための揺動...!!」
「お褒めの言葉をどうも」
ジャミルは再度杖を構え、渾身の溜めから魔力弾を発射する。
ゲルカの目は巨大な光に自分の体が包まれて行くのを感じながら、
「クソッタレがあああああああ!!」
怒声と恐怖の入り混じった強烈な奇声をあげ、魔力弾を全身で受けた。
その衝撃で、ゲルカ周りの地面は粉砕し、周りに土煙が舞う。
アルシュが治癒によって完治し、起き上がった頃には、ゲルカが横たわっていた。
「大丈夫か!?アルシュ、ルルアちゃん!」
「私は大丈夫だけど、アルシュが...!」
「大丈夫だよ、ルルアが治してくれたからっ?」
ジャミルは安堵のあまり、アルシュを力いっぱい抱擁する。
「よかった、本当によかった!心配かけさせやがってこの野郎...っ!」
ジャミルの涙を含んだ声はアルシュの耳から心へ届き、感情を揺さぶった。
「父さん、ごめんなさい...!」
「大丈夫だ。それよりも今はここを離れよう!」
「ルルアちゃん、馬車乗り場は通りを挟んだ向こう側にもある。急いでそこへ向かうといい」
「分かりました!」
そう言ってルルアは振り向くと、過ぎ去ったはずの戦慄が蘇り、凍えるよう震え出す。
「あ...!あぁ....っ!?」
「どうした?ルルア...」
「クソッお前みたいな...雑魚に俺が....負けてたまるかあああああああ!!」
ゲルカは半分意識を取り戻し、死に物狂いで息子を抱くジャミルに襲いかかる。
ジャミルもそれに気付いたが、先程の戦いで魔力はもう残っていない。この一瞬で判断しなければ....!
「ああああああ!!」
足元に偶然短剣が落ちている。ジャミルはそれを拾ってゲルカに突進する。
「え?俺、何やってんだ?」
気付けば、手元に鈍い感触と、生暖かい何かに濡れる感触があった。ゲルカの腹部を短剣が深々と抉っていた。口元からは赤黒い血が吹き出し、返り血が無数の赤い点となってジャミルの頬に付着する。
「ぐっふぉ!!」
ゲルカは膝をつき、苦しみ悶える。しかし、明滅するギラついた目をジャミルに見せ、笑顔で答える。
「ハハハッ!やっちまったな....これであんたも俺と....同じ....」
そう言って腹部と口から出る大量の鮮血で地面を赤く染め上げ、鈍い音を立てて崩れ落ちた。
「と、父さん?」
一体何が起こったんだ?父さんが、人を?
殺した?
いやいや、そんなわけがない。冗談は止めてくれ。人を思いやり続けた父がよりにもよって....そんな....そんな!
「なんて...事を....!」
ルルアは表情に悲愴を浮かべてで口元に手を当てて膝をついたジャミルを見る。
彼は頭を両手で掻きむしる事で、手に付着していた血の色がジャミルの茶色い髪の色に混ざる。
「ち、違うんだ...!俺は、俺は!!」
「なんださっきから騒がしいなぁ」
祭で飲んだくれて自宅に戻ろうとしていた住民が戻ってくる。
「な、なんだ!これは...!おい!衛兵!」
「待ってくれ!違う...!俺は!」
男の呼びかけにより、衛兵がすぐさま駆けつけてくる。
「なんだ?一体何事....なっ!?これの有様は...!」
惨状を目の当たりにし、動揺を隠せず思わず口元に手を当て、槍の先をジャミルに向ける。
「貴様!そこを一歩も動くな!!」
そして首元にかかる角笛を高らかに吹くと衛兵たちがすぐさま駆けつけて来る。
そしてジャミルは衛兵七人に囲まれ、槍を向けられた。
「あの方は、ゲレタ公...!?死んでいる?貴様がやったのか...?」
「違う!...!そんなつもりじゃ...!」
「違うんだ!父さんは、俺たちを守る為に...!」
「うるさい、黙らんか!」
衛兵の一人がアルシュの頬に平手打ちを浴びせ、地面に倒れ込む。
「待ってくれよ!父さんは俺たちを守る為にやったんだ!」
渾身の声でジャミルを囲む衛兵達の耳に届けるが、誰も殺人者の息子に声を貸すものはいない。
「なぁ、そうだろ?ルルア!」
「本当だって言ってくれよ!!」
しかし、ルルアは沈黙を突き通したまま、涙ぐんでいる。なぜだ、なぜ父さんを止めようとしないんだ。お前にとっても命の恩人じゃないか。おかしいだろ。
「なんの騒ぎだ?」
「し、死体だ!」
「衛兵に囲まれてるって事はあいつがやったのか?」
気付けば、祭を楽しんだ大勢の人々がこの場に集う。彼らは必死で息子とルルアを救うために戦ったジャミルを「人殺し」と罵り、まるで珍獣でも眺めるかのように見下す。吐き気を催すような群がりをアルシュは睨めつけた。
「皆の者、ご苦労」
「あ、アミーナ隊長!お疲れ様です!」
衛兵達は、その姿を見て額に手を添え、敬礼する。
群がりが避け、その奥から一人の女性がやってくる。紺色のマントをはおり、レザーアーマー着用、腰に一本の剣を携え、長い髪を結ぶ彼女はどこかで見覚えのある姿だった。
「あ、あんたは...!」
「おや?小僧、お前とはどこかで会ったか」
彼女は覚えていない様子を見せたが、すぐに「ああ、そうだ」と思い出す。
「あの酒場での騒動出会っていたか、確か私に弟子にしてくれとせがんで来たな。あの時は道場に行けと提案してやったが、お前の父親が法に背くカスだったとは...最早お前の願いも叶いそうにないな」
アミーナは憎らしく微笑み、アルシュに哀れみを持って彼の父を侮蔑する。
「なんだと....父さんを侮辱するな!!」
「お前の怒る気持ちも分からんでもないが、罪を犯した者の扱いに困る私ではない。そして...お前もだ。小僧」
アルシュは衛兵に片腕を掴まれる。必死に抵抗しようと試みるが、身動きが取れない。
「お前のろくでなしの父が殺めた男はゲレタ・ハイヤート。クシャトリヤ階級の貴族の家の出だ」
「そんな....!こんなやつが...!?
アルシュはアミーナの言葉が信じられない。こんな人を喜んで殺すような奴のおかげで国が成り立っていたなんて。
いくら戦争中とはいえ、狂っている。
「シュードラやヴァイシャ階級の民を殺せば禁錮数年で済んだだろうが、大抵がこの国の中枢を担っているクシャトリヤ階級の民を殺すことは重罪中の重罪だ。この罪はこの親父だけでは済まされない」
「よって、お前たち親子を連行する。連れて行け!」
アミーナが衛兵達に命ずると、親子二人の腕を掴み、鎖をつけようとする。
「離って言ってるだろ!!」
「ルルア!助けてくれ!」
アルシュはルルアに助けを求めたが、悲しみの表情を浮かべたまま呆然とこちらを眺めるだけだった。
「なんでだよ!答えてくれ!ルルア!!」
アミーナはアルシュが立ちすくむ少女への返答を求めていたため、何か知っているのかと思い声をかける。
「ルルア?そこの少女の事か。どうだルルア?お前はこの事件について知っているらしいが...」
「はい...」
そう言ってルルアはアルシュとジャミルの方を指差して答えた。
「あの人たちが、ゲレタを殺害しました...」
アルシュは目を見開き、やがて失望の眼差しでかつての友を見る。
「なんでだ...なんでだよルルア...!!俺たち、友達だったんじゃないのかよ!!よくも!よくも俺たちを!ルルアああああああ!!」
ルルアは表情を曇らせ、親子へ向けた人差し指が震えている。やがて涙が頬を伝い、「ごめん...なさい.....」とそっと呟く。
「ぐあっ....!!」
ルルアの異変に戸惑うアルシュの腕に衛兵が手錠をはめようとしたが、そのまま諦める事はなかった。
「やめろ!!」
アルシュは残った力を最大限に生かし、衛兵の手に喰らい付いた。
「離さんかクソガキ!!」
衛兵は動揺し、痛みに焦燥しながらも、そのまま地面に叩きつけ、ねじ伏せた。
地面に項垂れ、大人しくなったアルシュは衛兵に抱えられ、放心状態で俯くジャミルと共にルルアとざわめく有象無象を残して去って行った。