14話 日常で見た悪夢
アルシュとルルアが花火を見ていた頃、ジャミルはルルアとアルシュを見失っていた。
「あいつらどこに行きやがったんだ!?クソッ!」
人混みを探せど探せど二人の姿はない。迂闊だった。串焼きがあまりにも美味そうに見えたため、買いに行っていたら辺りは人混みだらけ。
「こんな事なら、魔力感知の方法をサボらずにちゃんと練習しとくんだったぜ...!」
そしてジャミルは人混みを外れ、人気の少ない暗い路地に出る。そして壁に背を預け、深くため息をついた。
「まさかこんなに人が多いとは、王都じゃないからって油断してたぜ」
そんな体を休めるジャミルの肩に暗闇から伸びた手が触れる。
「少しおとなしくしててもらうぜ」
「なんだ、お前は....っ!?」
一方、祭を楽しんだアルシュはルルアを馬車乗り場まで送り届けようとしていた。
「花火、すごかったね」
「ああ。本当に、あっという間だったな」
「本当だね。楽しい事なんてすぐに終わっちゃう」
楽しむ事に夢中で、アルシュは思わず時間と言うものを忘れていた。
すっかり暗くなってしまった。早く帰らなければジャミルを心配させてしまう。焦りがアルシュの中でジワジワと滲みだす。
ジャミルになんとか許してもらって、来年のエウドラ祭にも行けるといいのだが...
「ら、来年もまた良かったから来ような。また、花火も見たいしさ」
「うん!絶対に一緒に来ようね!」
「や、約束だからな!?絶対だぞ?」
「うん!約束!」
ルルアは目を輝かせながら、来年の展望を願う。彼女にとってもこのエウドラ祭は特別な物だったのだろうか。
アルシュにとってもこの祭は特別だった。初めてジャミル以外の人と来たエウドラ祭。そして今回、彼は自分のルルアへの思いを自覚した。
あのあどけない表情。俺みたいなやつ受け入れてくれる彼女の優しさ。どんなに辛くとも前を向こうとする健気さ。
ルルアを見ていると、いつまでもついててやりたいと思う気持ちが込み上げて来る。
「あの...ルルア」
「うん?」
この思い、伝えたい。しかしいざとなれば言葉が出ない。なぜだ!開け、俺の口!動け俺の喉!アルシュは体の持ちうる機能をフル稼働させるが、声という声が出ない。
アルシュは悔しそうに唇を噛む。その様子にキョトンとするルルア。
「どうしたの?」
「あ、...あの〜、え〜っと....」
顔が火照り、体がカクカクになってろくに動かすことができず、ルルアには顔を向けることすらできない。なんたるヘタレだと自身を責めるアルシュ。
「あ、馬車乗り場見えてきた!」
声を出す前に二人は目的地だった馬車乗り場に着いてしまった。御者が黒い馬に乗り出した。どうやらちょうど今出発するころだったらしい。
ルルアは馬車の元へ駆け足で向かう。
何やってんだ俺!今悩んでる場合じゃないだろう!言えよ!
また今度にするか?いや、覚悟した今じゃないと言えない気がする。来年の祭は?ジャミルが許可を出してくれるか怪しい。
迷っている暇はない。ルルアが馬車へ駆けていく。このままでは帰ってしまう!
「じゃあ、アルシュ!またね!」
「ま、待ってくれ!ルルア!」
ルルアは立ち止まり、肩をすくめて挙動がおかしな少年のいる方へ不思議そうに振り返る。
「アルシュ?どうしたの?さっきからなんか変だよ?」
「あの俺、俺はっ...!グへッ!」
アルシュの腹部に何か強い衝撃が伝わり、地面に転がり痛みに悶える。
「っ.....!?」
「アルシュ!?」
「きゃっ!」
アルシュの視界から、ルルアも地面に貼り倒される様子が確認できた。頬には赤みを帯び。口元からは血が垂れている。
「惜しかったなぁ、もうすぐ帰れたのに。でも俺だって探すのに苦労したんだぜ?」
どうやら俺たちは何者かに襲われたようだ。同族狩りか?いや、違う。
よく見れば、先ほど馬に乗っていた御者だ。青いローブの髭面の男はニヤリと笑いながらアルシュの腹部を強く踏みつけると、胸の辺りにポキリ、という妙な感触と共に、これまでに無い程の激痛が襲う。
骨が折れるほどの激しい痛みにより、アルシュは声にならない叫びをあげて、恐怖と痛みから逃げようとする。
「悪く思うなよガキ、これも大事な仕事なんだ。お前を殺せば俺は遊んで暮らせるんだからな!」
男は腰から短剣を取り出し、アルシュに刃先を向ける。
「やめて!!」
ルルアは必死になって男の体にしがみつこうとするが、動じるはずも無く、
「邪魔だってんだ!」
容赦ない力いっぱいの平手打ちをくらい、ルルアは床に伏せる。涙に濡れ、凄まじい痛みによって彼女は立つこともままならない。
しかし、アルシュは男の足元から逃れる事に成功し、拳を突き上げる。
「なにするんだ髭もじゃ!」
思わぬ反撃は男の顎を直撃し、よろめいた。
しかし、手応えはない、アルシュはただ男の怒りを買っただけだ。
「痛えよ!このクソガキが!!」
怒髪天を着く男の拳が頬を深々と直撃し、地面に叩きつけられた。その衝撃で口腔内が入れ、口からは赤い血が垂れる。
「アッ....ガッ!」
「チッ!無駄な抵抗しやがる。お前はどうせこれから死ぬって言うのによぉ!せっかくなるべく苦しませずに殺してやろうと思ったが、やめだ...」
男は不気味な笑みを浮かべ、後ろの腰から抜いた短剣を地面に投げ捨て、静寂な街並みに金属音が響いた。
「おね...や....て...」
言葉にもできないルルアの渾身の声を男は聞き流し、アルシュを何度も蹴り付ける。肉が裂け、骨が折れる感触と音と共に、アルシュの体は痛めつけられて行く。そして、徐々に体の感覚が遠のいて行く。
「アガッ!」
「クフッ!」
床には返り血が跳ね、黄色い地面に赤い花が咲く。
これが俺の最期なのだろうか。思えばロクな生涯じゃなかったな。やっと友達に会えたのに。やっと好きな人に会えたのに。
やっと幸せって感じられたのに。
嫌だ、そんなの嫌だ!
「生きたい!!」
体の節々の痛みを無視したアルシュの渾身の叫びにより刹那、動揺を見せる。
「いや、お前はここで死ぬんだよ!!」
男の足元から渾身の渾の力を込めた一撃が来る。と思われたが、男の体を、光弾が弾き飛ばす。
「グエッ!」
「全く、約束したよなアルシュ?早く帰って来るって!」
「と、う、さん...!」
死にかけた少年の目に光が宿る。しかし、ジャミルがいるのかアルシュには分からない。
ジャミルが祭にくる事などと聞いてなかったアルシュはボロ雑巾のように痛めつけられた体を動かそうとするが、所々の打撲や、裂傷、肋の骨折により、体を動かす事ができない。
「じっとしてろ、動くと怪我が悪化するぞ」
「あとは父さんに任せとけ」
そう言ってジャミルは息子に背を向けて、男にため息を吐く。
「何者かは知らないが、その物騒な拳をしまってくれ。なるべくなら戦いたくはないんだ。それと、お前の仲間はここから少し離れた路地裏で寝ている。早く迎えに行ってやってほしい」
「なんだ貴様、このガキの親か?」
「それが何か気に障ったか?」
「くっくっく!いいや、別に?俺は運がいいと思っただけだ!今日は特にな!」
男は手のひらか光球を作り出す。眩い光は、やがて剣の形を形成し、片刃が鋸状の禍々しい形状をした剣を出現させた。
男はジャミルが現れた事により、手を引くどころか、むしろ殺る気が急上昇したらしい。
「魔力粒子を剣に?...お前、魔剣使いか...!?」
「ふん、だったらどうする?尻尾巻いて逃げるか?まぁ、俺の姿を見られたからには絶対に逃さないがな。ちなみに俺の名はゲルカ。これでもそこそこ有名でな」
「自分で言うのか...それなら聞いたことがある。血削ぎのゲルカ。クシャトリヤの貴族でありながら、裏では暗殺を生業にしている変態野郎だってな」
「誰が変態野郎だ!!」
ゲルカは容赦無くジャミルに襲いかかる。ジャミルは杖を取り出し対抗するも、間合いを詰められて魔術を発動させる暇がない。
「どうした?かっこ付けて登場した割には防ぐだけか?」
「......っ!」
ゲルカの絶え間ない乱撃がジャミルの杖に打ち付けられる。
辛うじて攻撃を受け続けられるが、どこまで保つか分からない防戦一方のジャミル。
その隙にルルアはなんとか痛みを伴う体を動かして傷だらけのアルシュの元へ向かう。
「ル...ル、ア?」
「アルシュ!なんてこと...!」
ルルアは虫の息の友人の姿に逡巡し、戸惑いを隠せない。急いで治癒魔法を使う。
ひどい怪我だ。果たして私の治癒魔法で治せるものだろうか。お願い、治って!私の全てをアルシュに捧げてもいい。だから死なないで!アルシュ!