13話 予言の儀式
ジルドラス王国、王都ラムハザールで最も大きな建造物であり、王族の住居であるマジュドアル宮の庭園。
エウドラ祭になるとここには遠方から多くの貴族達がやって来る。
周囲を見渡せば国の上流職に就くものや高官、宮廷に住む貴族や顧問団が茶を飲みながら言葉を交わす。
そんな中、アーキルは小太りながらもローブを着飾った禿頭の男と細身の男が談笑している。
「今年の祭りも派手ですなぁ。まさか町の装飾のためにあれだけの金銀を使うとは...それに見せ物として王都に招き入れた劇団はジルドラス屈指のもの」
「都の至る所に配置された料理と酒の数々はどれも我々クシャトリヤの舌をも唸らせる極上のものばかり、それに王主催のパーティ。戦争中であるにも関わらず、陛下は一体どれほど財を投げ打てば気が済むのやら」
「なぁ、アーキル。お前はこの事をどう思うね」
「っ!はい。」
アーキルは話を振られて我に帰った。彼は自身の周りに起こるこれからの出来事を頭に浮かべていた。
しかし、話を所々聞いていたアーキルはうまく話を繋げていく。
「これも戦略でしょう。エウドラ祭では巫女の予言が行われます。カヤールとの戦争が激化する現在において、未来を知り、多く国民たちと共有し、これからの戦況に備える事が陛下の狙いではないかと思います」
「ふむ。違いない。さすがは元密偵部隊隊長様だ。状況が変化するなか、貴族である我々もウカウカしてられんよ」
「危険を察知すれば、家なんぞ放っておいて財産を担ぎ上げて一刻も早く逃げねば。」
一人が冗談を口にすると、ドッと3人の会話の中に花が咲いた。
すると輪の中を割って入るように、体長2メートル程で青いチュニックに黒いマントを羽織り、ロングショーツにブーツを履いた男が歩み寄る。
「おう!アーキルではないか!久しいな!息災か!?」
「ガルムス守備隊長!お久しぶりございます!おかげさまで商いの方は順調でございます!」
「これはこれは守備隊長殿、日頃ますますの...」
小太りの高官がガルムスに声をかけようとするが、
「申し訳ありませんがお二方、俺は今アーキルと二人で話したいのです。彼を貰っていっても構いませんね?」
「え、ええ...構いませんとも」
「ご自由に」
話を遮り、ガルムスは丸太のように太い腕をアーキルの小さな肩に回し、彼を押すようにして連れて行く。その後ろ姿を二人は肩をすくめて眺めていた。
突然のガルムスの言動に、アーキルは逡巡し、動揺した表情で彼に問いかける。
「しゅ、守備隊長?一体どう言った御用でしょうか?」
「なぁアーキルよ、商いはうまく言っていると言っていたが...もう一度軍隊に戻って来る気はないか?」
「と、申しますと...?」
突然の誘いに困惑する。一体何があったと言うのだろうか。まさか...。
「先日、お前の後釜であり、戦友だった密偵組織隊長のエシャルが戦死した」
「な、何だって!?私よりも優秀だった彼が!?一体どうして!?」
「原因は敵の情報誘導だ。安全圏だと思って忍び込んだ区域にカヤールの兵士が潜んでいた。最初に放たれた一発魔弾が腹部に直撃。負それが致命傷だったらしい」
突然の友人の訃報を聞いてアーキルの頭が真っ白になり、そして表情を悲壮で歪め、顔に手を当てた。
「そんな....ッ!エシャル....ッ!」
「カヤールとの戦争は日に日に激化している。こうして、貴族どもが着飾ってふんぞり帰り、安全圏で平和ボケしている今でもな」
「では一体なぜ...?」
「俺だって、陛下からの徴収がなければこんな所にはいない。予言なんて見ているよりも、拠点で作戦を考える方がよっぽど有意義なんだが...」
ガルムスは深くため息をついて冷たい視線を周囲に向ける。軍隊長からは貴族が戦争などどうでもいいように見えるようだ。そしてアーキルに問い直す。
「さあ、答えを聞こうか?もう一度軍に戻る気はないか?」
「わ、私は...」
戦争になど行きたくはない。俺はあの時運が良かったから満期を終え、生還することができた。
俺の知る友や仲間の半数は彼らの魔力爆撃によって粉微塵に消し飛んだ。
友の燃える香が鼻腔を犯した記憶は今でも覚えている...!思い出しだけでもっ...嗚咽しそうだ!
だが、かつての友であり、軍隊長のガルムスが遠い拠点から命を賭けてわざわざこの場に出向いている。断る事はできないものか。
「私は...!」
アーキルは言葉を強めて自分の意思をガルムスに伝えようとした次の瞬間。
甲高い笛の壮大かつ美しい音色が周囲に響き渡り、参加者達が騒ぎ出す。
「始まったのか...?」
「見ろ!ヨルム王と王子たちだ!」
巨大なマジュドアル宮のバルコニーの奥からゾロゾロと人影が姿を現す。
ジルドラス王国現王、ヨルム・ジルドラスは紺のローブに身を包み、赤いマントを靡かせ、周囲に向けて両手を上げると、歓声が湧き起こった。
「ヨルム王〜!!」
「ジルドラス!バンザーイ!」
そしてヨルム王の後から四人の王子と一人の王女が続く。
第一王子 継承権最有力候補 エルドラ・ジルドラス
第二王子 ユグドラ・ジルドラス
第三王子 ヒドラ・ジルドラス
第一王女 クエレ・ジルドラス
第四王子 マラク・ジルドラス
「エルドラ様〜!」
「こっちを向いて〜!」
その中でも特にエルドラへの熱い視線が女性達から送られる。整った目鼻立ちや、凛々しい立ち振る舞いは、彼女達の心を掴んでいた。
しかし、そんな民衆の喝采も、ヨルムが手で合図を送ると、嘘のように一斉に静まり返る。
「皆の者!今宵はよくぞ我がマジュドアル宮の庭園へ集った!これから行われるは、我らがジルドラスの趨勢を図る儀式である!巫女であられるエウドラ様による大予言!あのお方がこれから告げられる予言は必ず的中する!そして、我がジルドラスに影響を与えるであろう!耳を傾け、刮目せよ!そして我れらが国の命運を、共に祈ろうではないか!」
再び大喝采が湧き起こる。中には涙を流す物がいる。栄光に縋る貴族達の姿に、ガルムス守備隊長は深くため息の残す。
「ったく、陛下の言葉がそんなにありがたいか!命懸けで戦うこっちにも歓声を送ってくれってんだ!」
「守備隊長!おやめください!聞こえますよ!」
アーキルはヒヤヒヤしながら必死でガルムスの言動を静止しようとする。
赤いガウンを羽織る長兄エルドラは国中の有力者達からの名声を得る父の姿を見て、黄金色の双眸を煌めかせる。
「さすがは父上だ!あの方の言葉で国民が一つになったようだ!いつかは俺もあの方のように皆から認められる国王になって見せる!」
「兄上ならば必ずなれますとも、なんと言っても我ら王候補で最も力を有している故」
「ケッ!エルドラ兄貴もユグドラ兄貴もなぜ王という身分に拘るのやら...玉座に縛られたままでは敵の血を見れないだろうに」
「それは王になれない言い訳か?ヒドラ」
「なんだと?兄貴分とはいえそれ以上の侮辱は許さんぞ」
群衆が見守る中、ユグドラとヒドラが視線を交えて火花を散らす。
その間を数多もの宝石で装飾された赤いドレスを見に纏い、小さなティアラを頭にチョンと乗せた王女クエレが割って入り、二人の胸にロング手袋を嵌めた赤い手を当てて距離を遠のけようとする。
「兄上、そしてヒドラ!何をやってる?今は祭の席だ!今も群衆が私たちの姿を見ている。これ以上の行いは王族の名に泥を塗ると知れ!」
ヒドラがティアムの圧でたじろいだ。いくら威勢のある彼でも、竜核の中に自分以上の魔力保有量を持つ姉には逆らう事はできなかった。
「チッ!」
「ふん、優秀な妹を持って兄としては誇りに思うよ」
「兄上もおやめください!ほら、マラクもなんか言ってやりなさい!」
「勝手にやらせとけよ、恥をかくのは兄さん達だ。ってか四男の俺は逆らえないし」
マラクはどうせ言っても聞かないだろうと民衆を眺めながら冷静に口を揃えた。
「国民達よ!あの方を見よ!」
ヨルムがマジュドアル宮から見て民衆から左側の庭園の奥を指差す。
すると、周囲の魔力石が灯りを灯し、高台からなる祭壇が姿を現した。
祭壇の上には薄いドレスに身を包み、口元を隠した艶美な女性がいるのが分かる。
「エウドラ様だ!」
「この国で最も尊いお方!」
「皆の者、これより予言の儀を執り行う。良くも悪くも、我が口から放たれるはこの国の行末。心して聞くが良い!」
エウドラがそう言うと、民衆達は息を呑む。一体これから何が起こるのか、このジルドラスはどうなるのか。皆が静まり彼女を見守る。
そして、程なくして、エウドラは踊りを披露する。華麗に舞う彼女の姿は風に揺られる一輪の花のように美しく、儚げ。見る者全ての視線を奪い去る。
その姿に手を合わせる者や、膝をつく者もいる中、彼女は舞を終える。
歓声を起こしたい民衆は、ぐっと堪えて彼女の言動にただ耳を傾けるばかり。
そして儀式を終えたエウドラは民衆や王族達に対して、予言を口にする。
「皆の者よ!これから儀式で得たこの国の末を話そう!」
参加者達がざわめき始める。いよいよ話されるこの国の命運に、ヨルム王や王子、臣下たちも耳を傾ける。
「国民達よ!このままでは、直に選択を迫られるであろう!ジルドラスに残るか、カヤールに移り住むか!」
その一声でざわめきは大きくなった。
「一体どう言う事だ!?」
「この国に危機が及ぶと言うのか!?」
「今、このジルドラスは国内だけを見れば、発展の一途を辿るようにも見える。しかし、すでに国境からはカヤールの戦士達が攻め入ろうとしている!戦況は悪化の一途を辿るだろう!要の要塞が破壊された事を皮切りに、カヤールの兵はますます侵攻を進め、やがてはこの王都を狙うだろう!」
期待を大きく外れた予言によって民衆の不安を煽り続けるエウドラに対し、不満の声が飛び交う。
「嘘つけ!俺たちの国が負けるだと!竜族は世界で最高の種族だ!」
「さてはお前、偽物だな?そこから降りてこい!この卑怯者め!」
参加者達の怒りが沸騰し、やがては泥を投げる者もいた。しかし、エウドラは動じなかった。私はこの国の行末を予言したに過ぎないと、譲るつもりはない。
油が注がれ、怒り燃える国民を、王は誰よりも盛大な声で沈めようとする。
「静まれ!!」
それにより、約半数の参加者達の不満が残った。見かねたヨルム王は、彼らの怒りを沈めるために、兵の一人に合図を送る。すると、杖を取り出し、夜空に向けて魔弾を放つ。
すると、空の漆黒に青い衝撃が炸裂し、凄まじい轟音を上げ、刹那を昼のように明るく染め上げる。
「ハハっ派手だなぁ」
「笑い事じゃありませんよ!」
ガルムスは国王の強攻に思わず笑みが溢れる。しかし、今の爆発が上空でなく正面に放たれていたらと思うとゾッとするアーキル。
国民達は恐怖と共に静まり返り、ヨルムはその場をうまく治め、民衆はマジュドアル宮の庭園を後にする。
アーキルと共に庭園出口に歩みを進める。ガルムス。彼は自分も初めからそれくらい予測していたと豪語する。
「全く、エウドア様ったら、俺と同じ事を言うなんてな」
「まさか、ジルドラスにそんな危機が及ぶ事になろうとは」
このままではこの国は滅びてしまう。それを防ぐために力を貸してくれと、守備隊長が直々に助けを求めにきた。
戦争には行きたくなかったが、このまま放っておけばジルドラス、アルハダート家は滅ぼされてしまう。
力になりたいと思い、アーキルは死の恐怖、失う恐怖をかなぐり捨てて、覚悟を決めてガルムスに先程の答えを伝えようとした。
「ガルムス守備隊長!俺はっ!」
「ああ、全部言うな。戦争になんて行きたく無いんだろ?顔にそう書いてある」
「....っ!」
心を読んだのか?いや、守備隊長にそんな魔術は使えない。ガルムスは冷ややかな視線をアーキルに向け、言い放つ。
「いや、構わんよ。見ていて分かった。お前には戦う覚悟、意志が消えている。今のお前が戦場に行ったら間違いなく死ぬ。役立たずの兵士に犬死されても軍の指揮が落ちるだけだ」
「そんな....俺は.....っ!」
「今まで世話になったな。商いに精進しろ。俺はこの国を守るが、もし危なくなったら客を残して財産背負って死に物狂いでトンズラするんだな」
ガルムスは立ち止まるアーキルを残して庭園を去って行った。失望させた。おそらく彼がアーキルに関わる事は二度とないだろう。
彼の言う通りだった。そのつもりでも、実際に俺には覚悟が足りない。
俺はまだ死ねない。俺にはまだやらなければいけない事が残っているんだ。
「栄光が、手の届くところに、すぐ目の前にあるのだから」