11話 ジャミルの作戦
「ハァッ!ハァッ!」
夕暮れ近く、アルシュは汗だくになりながら田畑を分ける一本道をひたすら駆け抜ける。
「この事を、早く父さんに相談しないと...!」
その表情には笑みが溢れていた。彼は家が見えると走力を上げ、勢いよく扉を開けた。
「ただいま父さん!」
「おう、帰ったかアルシュ!もうご飯ができるから待ってろ!」
ジャミルはルルアとの絆を深めるために帰りが遅くなったアルシュを咎めるつもりなど全くなかった。が、アルシュは一つジャミルにあるお願いをする。
「と、父さん、お願いがあるんだ!」
「なんだ?言ってみろ」
アルシュは何を企んでいるのか。何やら嬉しそうな表情をしているが。
まさか男を見せたいから戦士になりたいなんてまた言う気じゃないだろうな。
もしそうなら以前のような失敗はないように父親らしく的確に言ってやらないと。
「俺、ルルアとエウドラ祭に行ってもいいでしょ?」
「へ?」
エウドラ祭とは竜族が崇高する神、エウドラにジルドラスの平和を祈る祭りである。
また、バラモンの巫女が国の趨勢を占う儀式を執り行うため、国王や幹部達もエウドラ祭を見過ごす事などできなかった。
が、アルシュとルルアにとって祭の目的や占いなどどうでも良い。
屋台!見せ物!花火!これらの要素がジルドラス中の幼い子ども達の心を鷲掴みする。
それに、祭は国中で行われるため、わざわざ王都に出向く必要もない。
屋台と花火を楽しみたければクスルゼインに行けば良い。それで二人の意思は合致した。
身構えていたジャミルはアルシュの表情に肩透かしを食らったかのように魔の抜けた表情になり、アルシュもそれを見てキョトンとする。
「今日ルルアから誘われたんだ」
「でも、ルルアちゃんはアルハダートの屋敷で働く使用人だぜ?許可なんて降りるわけないだろ」
「いや、それがアーキルが自分から許可を出したらしいんだ。友達作りに励んで欲しいって」
なんて優しい主人なんだと、ジャミルは思った。いや、優しすぎる。
いくら少女だとしても、ルルアは使用人だ。勝手な行動が許されるのものなのか。
いや、思い過ごしか、思えばクスルゼインでの一件以来、俺はどうかしてたのかもしれない。
だがそれでも
「いいでしょ?」
「すまないが、俺は許可が出せない」
即答だった。快く許可を出してくれると思っていただけに、思アルシュ顔が顔を悲しみに歪める。
「な、なんでだよ、俺せっかく友達ができたのに一緒に祭に行く事もできないの?」
アルシュが祭に行きたい気持ちは痛いほど分かる。こんな大イベントはもう訪れないかもしれない事も。だが、
「エウドラ祭は夕暮れから始まる。最近は治安だって悪いんだ。前に襲われた事を、もう忘れたのか?お前ら二人であんな事態に出会してみろ。立ち向かうどころか、逃げる事もままならないだろう。」
「そんな...!」
「もう少し、お前が大きかったら考えていたかもしれないんだがな。兎に角、俺はお前らガキがエウドラ祭に行くことに対して素直に首を縦には振れないな」
恨まれたっておかしくはない。だが、全ては息子を危険から守るためだ。父親であるなら、こう言う時こそ心を鬼にしなければならない。
だが...行かせてやりたい。そんな葛藤がジャミルの中で揺れ動く。
アルシュは窮地に陥っていた。このままではルルアとの約束を果たせなくなってしまう。せっかくの機会なのに。こうなったら、こっそり家を抜け出して祭に行くか?
いや、祭の開始時間は夕暮れ。ジャミルは家にいる。魔術の心得がある彼の目を掻い潜る事など至難の業。というか無理だ。
こうなったら何がなんでもジャミルを頷かせるしかない!
「でも約束、したんだ...!ルルアとエウドラ祭に行くって約束したんだ!」
「ダメだ...うっ!なんだその眼差しは...!?」
アルシュの哀れみを感じさせる瞳がジャミルの揺れる心を射抜こうとする。
「やめろ!そんな目をしたって...ダメだ!
「頼むよ父さん!俺、絶対にルルアに危険な思いはさせないし、無茶もしないから!」
「やっとできたチャンスなんだ!何年後かなんて待てないよ!」
アルシュは本気だ、男には何がなんでも引き下がれない時がある事をジャミルは知っている。
「クソッ!分かったよ、俺の負けだ!...エウドラ祭、ルルアと楽しんで来い!」
「本当にいいの!?」
「ああ!だがな、なるべく早く帰ってこい!寄り道もするんじゃないぞ、いいな?」
「うん!ありがとう!絶対に約束は守るよ!」
「全く、お前は...」
ジャミルは優しく微笑み、息を吐いた。
そう言ってアルシュは歓喜し、当日を思いワクワクしながら夕食を食べる。
ジャミルは自分の目に当たりに手を当てる。
「俺はダメな父親だ!危険だって分かっているはずなのに!こう言う時、もっと父親らしくアルシュを止められれば良かったが、なにせあいつの 苦労を知っているだけに、俺は....っ!」
しかし、ジャミルは子ども二人だけでエウドラ祭に行かせようなどとは最初から思っていない。
おそらく付いていけば二人のムードをぶち壊して邪魔になる。
「じゃあバレないようについて回る事にするか」
こうして、アルシュとルルアの知らない場所で、ジャミルの見守り作戦は幕を開けた。