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竜族の異端者 〜嫌われ者の大冒険〜  作者: 黒部
無情のジルドラス編
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10話 得体の知れない男

ルルアと出会ってから1ヶ月が経過した今、アルシュもルルアとの付き合いには慣れて来た。

相変わらず麻袋を持ち上げるは大変だったが、それでも前ほど苦痛には感じなくなっている気がする。

「俺って少しは力ついてきたかな」

「何言ってるの?次行くよ!」


叱咤されるようにしてアルシュはルルアに着いていく。香辛料、野菜、肉今日もお使いの内容は一つの少女がこなすにはハードスケジュールだ。


「よし、今日の仕事も終わり」

「ふぅ〜やっと終わった...今日は特に大変じゃなかった?」

「そうだね、でもアルシュがいてくれて助かったよ」

「そ、そうかな?」

夕陽のせいか、アルシュの顔色が火照る。やはり時間は経ってもジャミルの言う通り、彼女への意識が消える事はない。


「おや、ルルアじゃないか!」


聞き覚えのない声が遠方から聞こえてくる。2人が顔を向けると、道沿いに馬車が停まっていた。

ルルアが乗ってくるものとは違い、黒い塗装と金具で絢爛な装飾が施された格式のある馬車。中から出てきたのは黒いガウンに立派な黒い髭を生やした長身の男性だった。


「ご主人様?どうしてここに?」

「え?と言う事はあの人がお前の屋敷の主人って事か?」

「そう、でも一体どうして...?」


ルルアに仕える主人が一体なんのようでこの時間に訪れたのか、アルシュは不思議に思う。


「ごきげんよう、ご主人様」

「ああ、お前もご苦労だったな。ちょうどクスルゼインには商談に来ていてね。そこで偶然お前たちの姿が目に入ったんだが....君がアルシュ君、という事でいいかい?」


「ああ、そうだ」

「ちょっとアルシュ!」


礼儀を知らない農民の息子はアーキルへの言葉遣いを知らない。ルルアは焦りを露わにしてアルシュを咎める。


「フフッ構わんさ」


アルシュは肩をすくめる。何かが引っかかる。なぜこの男は俺の名前を知っているんだ?


「申し遅れた、私の名前はアーキル・アルハダート。この子が働く屋敷で主人をやらせてもらっている。ルルアから話を聞かせてもらってね」


驚いた。仕事を最優先するはずのルルアが、罰を受ける事を承知で主人に俺といる事を話したと言うのか。いや、吐かされたのか。


アルシュはアーキルを信用しきれなかった。ルルアがいじめられていたのも、彼女を闇に捉えたのも全てはこの男の責任にある。


第一、この男の立場が気に入らない。今まで散々俺たちを貶めてきたヴァイシャの中でも上流階級と呼ばれる奴らだ。俺たちをゴミのように見下すに違いない。


「私を快く思わないのも無理はない。ルルアが襲われたのだって私の責任、弁明の余地はないさ。今日は君に感謝と謝罪を言いたくてここに来た」


クシャトリヤの貴族と思われるその男はアルシュに頭を下げ、戸惑いを隠せない。

一体なんなんだこの男は普通ならヴァイシャの奴らでも農民に頭を下げるような真似はしない。そんな事をすれば周囲から笑い者にされ、変わり者だと軽蔑される事なんて目に見えている。


精神誠意の一礼。嘘偽りを感じない彼の動作にアルシュの疑心が揺らぎつつある。


「べ、別に俺だってあの時のルルアを見過ごすことには気が引けたしな」

「さすがだ。君には思いやりがある。私の息子にも見習わせたいものだよ」


アーキルは軽く両手を叩いて拍手をして見せる。

アルシュは表情を見せないと、感情を隠すように俯き、頭を掻いた。


「もう、アルシュったら、褒められるとすぐに調子に乗るんだから」

「うるせえよっ!」


突然口からでたアルシュの荒い口調にも、アーキルは余裕の笑みを浮かべて反応する。


「フッフッフ、全く仲が良い。それと...アルシュ君、私は君がシュードラだと分かっている。この事が何を意味しているか分かるか?」


「それって、どう言う事?」


「必ずしもヴァイシャの者が皆、君たちを見下すわけじゃないと言うことだ。私は昔、シュードラの民に助けられた事があってね。思い過ごしかもしれないが、もしかしたら、君の父親の名前を聞かせて欲しい」


アーキルは父に恩返しがしたいのか?この男が何を考えているのかは分からないが、アルシュは恐る恐る父親の名前を口にする。


「ジャミルだけど...?」


するとアーキルの目が大きく見開かれたような気がしたが、気のせいだったようだ。


「すまない、どうやら思い過ごしだったようだ」

「おっといかん、もうこんな時間だ!早く帰らねばヤーナが心配する!」

突然慌ただしさを見せたアーキルは急いで馬車に乗る。


「ではな、アルシュ君。これからもルルアを頼んだぞ。それとルルア、今日は特別だ、お前も乗れ!」

「は、はい!」

ルルアはジャミルの後に続いて馬車に乗る。ドレスに身を包んだ姫ならまだしも、質素な服を身に纏う彼女が乗る絢爛な装飾が施された馬車は歪に見える。


「じゃあアルシュ、またね!」

「ああ、またな!」

こうしてアーキルとルルアを乗せた馬車は御者が手綱を引くと、軽く歩みを初め、あっという間にアルシュの前から姿を消した。

嵐の過ぎ去った後のような空白がアルシュの元に残った。


「一体、なんだったんだ?」


掴みどころのない男だった。彼を信用してもいいのだろうか。

アーキルと話してからと言うもの、疑問の板が引っかかって外れない。口ぶりからすればルルアを

大切にしているようだったが、どこまで信用していいものか。

アルシュはただ彼の言葉に嘘偽りがないことを願うばかりだった。


アーキルはルルアはと共に、馬車の窓から夕陽を眺めていた。赤みを帯びた空の元、ドームやミナレットに見え隠れするその光は眩く、何物にも変え難いほど美しかった。


「送っていただいてすみません」

「気にするな。アルシュ君、良い子じゃないか」

「はい、彼は私の友だちです」


初めて会うアルシュの姿は、アーキルからしてみれば普通の子どもとなんら変わりはない。だが、いいのだろうか。

そのうち、選択を迫られる事になる。その日が来るまでに私は正気を保っていられるだろうか。

アーキルの優しげな表情とは裏腹に、彼の手には力が籠る。

陽は今にも沈みそうで、ささやかな風が木々を優しく靡かせると共に、ジルドラス王国での一日に終焉がおとずれようとしていた。







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