9話 結局のところ
日が沈む頃、ジャミルはアルシュの帰りが遅く、心配していた。
「あいつ、なんでこんなに帰りが遅いんだ?夕食はもう出来てるって言うのに。まさか、野党に襲われたんじゃないだろうな!?」
ジャミルは落ち着かず、腕を組みながら小さな家の中を行ったり来たりと動き回っていた。
そんな時に、家の扉が勢いよく開き、息子が慌てた表情で帰ってくる。
「ただいま!」
「アルシュ、またこんなに遅くなって、お前どこ行ってたんだ?今回ばかりは説明してもらうからな」
「ごめん、ちょ、ちょっとね」
アルシュは頭を掻き、俯き、両手の人差し指を互いに突きながら細々とルルアの事を説明した。
「つまり、お前に友達が出来たって事か!?」
「と、友達かどうかは分からないけど、あったばかりで、俺はただあいつについててやってるだけだし...」
どうやらアルシュはルルアとまだ親密な関係を築けていないと話すが、事情を聞いたジャミルは嬉しさのあまり、帰りが遅くなった事を咎める事を忘れ、息子の背中を強く叩いた。
「はははっ、よかったな!やっとお前に友達ができたんだな!」
「い、痛いよ!」
「すまんすまん。つい嬉しくってな!」
息子の苦労を知っているだけに父の喜びもひとしおだ。
「ほらな?やっぱり父さんの言う通りだっただろ!誰かに優しくしてやれば分かってくれるんだよ!」
ジャミルは何度もウンウンと頷きながら納得する。アルシュは相変わらずなぜ父がこれほどまでに元気なのかが分かりなかった。
しかし、とりあえずは遅くなった事を怒られずに済んだ事に安堵する。
「それでアルシュ?どうなんだよ」
「どうってなんだよ」
息子の返答に、ジャミルは呆れたように深くため息を吐き、小指を立ててアルシュに近寄る。
アルシュは肩をすくめ、ジャミルが声に耳を傾ける。
「だ〜か〜ら、そのルルアちゃんって子とは付き合ってるのかって聞いてるんだよ!」
「なっ!?」
ジャミルは「照れるなって」と言いながら笑顔で顔を紅潮させるアルシュの背中を再度叩く。
全く意識しなかった訳じゃない。ルルアとは年齢も近いし、顔立ちも整ってて、優しくて...
考えれば考えるほどその事を意識して、彼の体はカチカチに固まっていく。
「なんだよいきなり!べ、別にそんなんじゃねよ!」
アルシュは逡巡した表情で反論する。付き合ってなどいない。彼はただ手伝いをしたかっただけなのだ、と。
それ逡巡とアルシュはこの手の話には慣れていないのだからもう少し謹んでほしいと願う。
「あのな、男が近い歳の女の子と大きな街で買い物に手伝うって言ったらそれはデートなんだよ!
いつまでも付いててやるって言ったらそれは告白なんだよ!お前のは口実だアルシュ!自覚しろ!お前はルルアちゃんが好きなんだよ!」
「あ....がっ!?」
反論ができなかった。雷に打たれたかのような衝撃がアルシュの迷う心を伝う。
「懐かしいぜ、俺も母さんと初めて会った時には緊張したもんだ」
「母...さん?」
突然、ジャミルの口から「母さん」と言う言葉が出てきた。普段、彼は妻の話をしようとはしなかっただけに、アルシュは珍しいと思っただけに興味のあった彼は父の言葉に耳を傾けた。
が、やはり父はそれ以上母親の事について話そうとはしなかったため、アルシュもそれ以上は深い追いしようとはしなかった。
親子の間に静寂が漂う。
うっかり妻の事を口にしたジャミルはゴホンと咳払いをし、話を切り替える。
「まぁ兎に角だアルシュ、お前にも遂に女ができたんだ。絶対に話すんじゃないぞ?大丈夫だ。お前の優しさを見せつけてやれば、ルルアちゃんもイチコロだぜ!」
「だ、だから付き合ってないって〜!」
何度そう言ってもジャミルは自身の考察を信じて止まない。
アルシュは赤く染めた顔を手で覆い隠す。そんな息子を見て、ジャミルはケラケラと笑っていた。