【第九話】 山奥にて わんこと破壊と改心と
「よし、村を壊そう」
かたわらに侍る白い獣に話しかける。
俺たちの目の前には簡素な村が広がっていた。
木の枠組みと植物を混ぜた土で作った家。形ばかりの柵。麓の大きな街とは住人の着ている服も髪型や化粧も違う。どうやら文化圏が周囲とは異なるようだ。
平和な村で、住人たちは穏やかに互いの家を行き交い、村の真ん中の井戸端でおしゃべりをしながら洗濯をしたり、めいめいの家で食べ物を加工したりしていた。
つい先日も大きな街を潰してきたくらいなので、こんな村などは朝飯前。
「今日は趣向を変えてみようと思ってな」
そう言って相棒を撫でると、これから何をするのかわかっているのかいないのか、くーん? とかわいい声を出しながら見上げてくる。
これまでは、大きな街ではド派手な破壊をしてきたので気分は爽快だったが、聖獣のなせる御業なのか、人を直接傷つけることはできなかった。自分の漆黒の魔法を使えばできるだろうが、己の魔法は好きではない。
そこで今回は、直接聖獣をけしかけることにした。
村の入口から正々堂々と入り、相棒とともに宴の開始だ。
最初は聖獣と不審者の突然の登場に固まっていた村人だが、俺の命令で家屋を破壊し、村人の服に噛みついて放り投げる聖獣の様子を見て、やがて悲鳴を上げて逃げ惑った。
その様子を見て、俺は胸のすく思いだった。自然と笑みがこぼれる。
「俺は親切だからね。平穏なんて瞬く間に消えることを教えてあげる」
俺のつぶやきは誰にも聞こえないが、遠くに逃げていく村人が、不気味そうにこちらを見ている。
「皆、俺みたいに生きればいいのに。誰も信じなくていい。欲しいものがあれば人から奪えばいい。とっても気楽だ」
俺の善意の呟きも、聖獣が壊す音と人々の悲鳴によってかき消された。
大型の犬は物事の善悪を知ってか知らずか、楽しそうに走り回っている。小さな家々はわんこが中に入り込むだけで半壊するし、家畜も壊れた策を乗り越えて逃げ出すので楽しい騒ぎになっている。
大体の人間は逃げ出したが、年寄や病気の身内がいるものは動けずにいるようで、物陰に隠れて震えている。中には身内を見捨てて逃げる者もいて、笑えた。
しばらくその景色を眺めて満足していたが、ふと違和感を抱く。
この景色の何かが気に入らない。お手頃な娯楽であるはずなのに、どこか興ざめな。別の自分が自分を見ているような、白けた気持ちになる。
……これが本当に俺の望んだ光景か?
人々が逃げ惑うのは見慣れている。昔からの景色だ。それはいい。しかし、一つだけ、違うものがある。
それは、聖獣。
今相棒は食糧庫を漁って、鼻の頭を泥まみれにしながらズタ袋を咥えて、こちらを向いたところだった。嬉しそうに尻尾を振りながら、自慢げに獲物を掲げる。
それは、俺の望んだ姿か? 山の中、光を浴びながら遠吠えするこいつの気高い姿は、いま泥にまみれている。
それに気がついて、急にやる気がなくなった。
「……面白くない」
広場の中央、簡易的な井戸の周りの石に腰掛ける。座っているのも億劫で、そのまま寝転がり、空を仰いだ。
駆け寄る聖獣がズタ袋を俺の腹にのせ、ちょっとうめき声を上げてしまったが、叱る気にもならない。こちらの気も知らず、聖獣は未だ楽しそうに尻尾を振りながら、鼻面を俺の脇の下に押し込んでくる。
急に襲撃をやめたことを訝しみ、村人たちが遠巻きにこちらを眺めていることにも気がついたが、それもどうでもいい。急に襲ってきた虚無感に、ただ空を眺めていた。
すると俺をつつくのに飽きたのか、わんこがどこかに行っては何かを持って戻ってきて。そんな行動を繰り返し始めた。
初めに持ってきたのはよくわからないガラクタ。次は何やらの干し肉。次は……、人間の子供。ぐったりとしていて、どうやら元々病気で動けなかったみたいだ。
遠くで母親が何かを叫んでいるが、駆け寄る様子は見えない。見捨てられたか。まあ母親は乳飲み子や幼子を抱えていたし、それを父親が押さえつけてるから仕方ないのか?
でも、見捨てられたことには変わりはない。兄弟の中で問題を抱えた子どもは見捨てられるのが運命だろう。
しかし、そんな子どもを連れてきたわんこ。
「……どうしろと」
呆れて、無視しようかと思ったが、しつこく鼻づらで押してくるので、根負けして構ってやることにした。
「これでいいだろ? 見てろ、面白いぞ」
わんこに触れながら子どもに手をかざすと、見る間にこの子は元気になって、不思議そうな顔をしながら起き上がる。わんこもそれを見て大はしゃぎだ。
「遊び相手だ。俺は疲れた。寝かせろ」
そう言うのに、わんこは変わらず俺に乗りかかってゴロゴロ転がるし、子どもはさっさと逃げ出す。
もう疲れたのでわんこにされるがままにして、襲撃した村も放置して寝ようと思ったのだが、再び叫び声が聞こえた。
「なんだよ、人が寝てるのに」そう理不尽な文句を言いながら起き上がると、目の前にはまた子どもが。またというより、先程のことは別の子どもなようだ。一回り小さいし、性別も違う。さっきの病気の子どもの妹か?叫んでいるのは、その母親か。
「あなた、なんで、こんなことするの?」
生意気かつ怖いもの知らずな少女のようで、腰に手を当ててまっすぐこちらを見て問いただす。
「……」
「なんで、人から、とるの!」
「そうしないと誰も俺にくれないだろ?」
「あなた、食べ物が欲しいの?」
「まあ、いろいろ」
「そういうときは、ください! って言うの」
「はあ。対価なく物をくれる奴なんかいないよ」
「たいか……? おかあさんもおとうさんも、くれるよ?」
「そりゃよかったな。でも、俺には何もせずに物をくれる相手なんていないんだ。くれても、哀れみで1回だけとか、代わりのものを奪われたりとか。だから、奪う。それだけ」
俺にしては子供相手に丁寧に話してたつもりだが、この子どもは聞いていなかった。何やら肩にかけた布のカバンからゴソゴソ取り出す。
「はい」
「……?」
「お兄ちゃんを助けてくれたお礼。あと、さみしいならこれから私が毎日ご飯を分けてあげる。だから、暴れちゃだ……」
子どもが言い終わる前に、駆け寄ってきた母親が回収していった。お礼か謝罪か分からないけれど何度も頭を下げながら。
「そうか。くださいって、言えばいいの……か?」そんなことをしたって、俺の過去が変わったとは思えない。幸せな子どもの発言だ。
でも、こいつだけなら。
そう思い、傍らで干し肉を噛むわんこを撫でる。
「こいつのためにお願いしてみたら、案外受け入れてもらえるかもな」
ーークズなのは俺だけでいい。