【第六話】 街にて 聖獣(わんこ)お披露目
それからしばらくはわんこと遊び倒す日々が続いた。人里での疲れを癒やすように、戯れまくった。
大型犬の愛は重い。
相手はじゃれついてるつもりのだけなようだが、飛びかかられると支えきれず、反動で毎回倒れてしまう。
草だらけ土だらけ、よだれだらけになって遊んだあとは川で身を清める……が、わんこも一緒なのでここでも揉みくちゃになりながらの行水だ。わんこにとっては遊びの延長なのだろう。
山なので、果実や小動物などの食料にも困ることがなかった。
聖獣ではあるのだろうが、こうしていると普通の犬と変わらない。そうやってしばらくこいつと過ごしていると、面白い発見をした。
こいつに触れながら魔法を発動すると、俺の魔法も漆黒にならない。普通の魔法、いや、普通よりも格上の魔法が放てた。
「どうなってるんだ……??」
「わふ!」
犬語はわからないが、どこか誇らしげだ。おそらくこいつの聖なる力とやらが俺の闇負いの力より勝ってるかなにかで、上書きされるのだろう。
わんこの柔らかな毛の中に掌を埋め、体温を感じながら魔力を練る。いつも体の中を渦巻いていた禍々しい感触がなくなり、心が晴れていくように錯覚さえする。そうして再び作った魔力の塊はやはり白く輝いていた。
何度か試し打ちをし、その威力を確かめる。
「素晴らしい……。いいじゃないか! そうだ。これでいいことを思いついたぞ」
俺はこいつを連れて街に降りることにした。今まで人に疎んじられていた漆黒の魔法。それをどうにかできると知って、心が晴れやかになった。
「こ……これは! 聖獣様!?」
わんこを引き連れて街に入ると、とたんに大騒ぎになる。もちろんダズがいた街とは別の街だ。また会うと面倒だからな。
「冒険者ギルドに行きたいんだが」
近くの人間にそう告げる。驚きすぎて言葉をなくした男がコクコクと頷きながら案内をしてくれた。
聖獣は見た者がいないというほどに、伝説級の珍しい生き物だ。しかし、絵本や芝居やらで一般人にもその存在は浸透している。
すれ違う人すれ違う人絵に描いた驚きようで、笑えるくらいだった。
「どうぞ、こちらへ」
冒険者ギルドの運営する施設に辿り着くと、丁重にもてなされた。
「ワフン!」
通されたのは応接室ではあるが、香り高い紅茶や質の良い軽食も出され、わんこにも何やらご飯と水が、これまた質の良さそうな小さな絨毯のようなものに置かれて差し出されていた。わんこもご満悦だ。尻尾をブンブン振っている。
しばらく待たされてから、慌てて応接室に入ってきたのは、禿頭の大男。ギルドマスターだと紹介された。
「これは……西の神山に住まうとされる雪犬神様……。私も聖獣は見たことがありますが、これほど格式の高い成獣は初めてみました」
大男は遠慮がちにわんこの前に跪き、その顔をしげしげと眺めていた。
「こいつとともに仕事がしたいのだが、とある事故で身分証を失ってしまってな。故郷も遠いので知人もおらず保証人をたてるのも難しい。何か方法はないだろうか。聖獣がいるからといって、やはり贔屓はしてもらえないとは思っているが」
「当ギルドで働いていただけるのですね! もちろん大丈夫です。聖獣様が保証人の代わり、むしろ保証人よりも信用ができる存在です」
そうニコニコと笑いながら歓迎してきた。
内心では笑いが止まらなかった。何が保証されたと言うのか。俺は騙すことしか考えていない。
俺の企てではこうだ。このわんこを使えば、今までの面倒な詐欺への下準備は不要になる。
今までだと、新しい街で人を観察して適任者を見つけたらコンタクトを取り、少しずつ信用を得て、甘言や泣き落としで保証人になってもらってからギルドに登録していた。
犯罪に手を染めている元孤児の俺にはそうやって地道に努力するしか道はなかったんだ。
だが、聖獣さえいれば、そこの面倒な段階はひとっ飛び。
こうやって聖獣を伴って訪れると、勝手にごちそうを用意してくれるし豪華な寝床も用意してくれる。
少し尋ねれば、施設の警備の話もしてくれた。さらに頼んでもいないのに、施設の秘蔵品となる巨大な水晶体も見せてくれた。水晶護衛の依頼を匂わせたいのだろう。
ちなみに、この水晶体を担保として所持しているからギルドは貨幣の賃借行代行もできる、という仕組みらしい。
そうこうしているうちに、計画通り短時間でギルドの信頼を得ることに成功。
本来の冒険者業である狩りの依頼もいくつかこなしてみたが、わんこがいれば瞬殺。
そして冒険者たちからの信頼も無事得られたところで。
全てを掻っ攫って逃亡した。
まず、わんこに魔法を放たせる。衝撃波によって街を壊滅させる。そこはさすがの聖獣様、生き物は傷つかず、家屋だけ破壊できるようだった。いらない機能だ。
ひと手間かけ、魔物寄せという小道具を使うことで、冒険者たちの人員をこちらに割けないようにした。
ついでに、建物が壊れてむき出しになったギルドの水晶体も簡単に奪えた。
「この水晶体、『変わらない信頼の象徴』と呼ばれているらしいぞ。それがこんなにもあっさり手の内からなくなるなんて、やつら驚くな」
ともに逃げるわんこにそう語りかける。わんこは俺に褒められたのがうれしいのか、ウォン! と元気よくひと吠えした。




