【第五話】 山奥にて わんこに昔話
幼少期。記憶にある限りの最初の頃は、普通の家族だった。
小金持ちでそこそこいい暮らしをしていたし、家族仲もそれほど悪くはなかった、はずだ。兄がたしか二人いたかな。
おかしくなり始めたのは、俺が魔法を使えるようになった頃から。話せるようになるくらいで魔法も使えた。早い方だと思わないか? 両親も鼻が高そうだった。
でも、俺の魔法はどこかおかしかった。
魔力総量は甚大だったし、器用に操ることもできた。見本を見せてもらえば即真似できたし、なんなら見本よりも上出来だ。
だけど、その魔法でできたもの全てが漆黒だった。
周りの人間は気味悪がりはしたものの、しばらくは様子見だった。何らかの才能を持っている場合もあるしな。
やがて俺は魔力を抑えきれない様になって、暴走するようになった。
この段にきてようやく両親も本腰を入れて対策をしはじめたんだ。
教会の神父に診断を仰いだところ、闇負いと呼ばれる症状だと言われた。魔物が取り憑いているんだとさ。
母はそれでも愛情を持って接しようとしてくれた。でも愛情の深さの分、反動も大きかったようだ。可愛い息子から暴発する、禍々しい魔力にやがて耐えられなくなって、じきに幼い俺から距離を置くようになった。
父親はもともと三男坊の俺にはあまり興味がなかったのだろう。いくつか対策はしてみたが手立てがないとわかったら放置することに決めたようだった。
兄弟はよりひどい。親や周りの大人の反応を見て、俺への扱いは雑でいいと判断したようだ。周りに悪ガキが多かったのもあってか、口撃も攻撃も半端なかった。
俺自身も俺の魔力に怯えていたから、そんな扱いをされても、誰かを攻撃することは、まだその頃はなかったんだ。
でも、何がきっかけだったかは忘れたが、ある日父親の態度に腹が立って仕方がなかったことがあった。鬱憤が溜まりに溜まってたんだろうな。
父親に対して、魔法を放ってしまった。しかも、兄弟からよく聞かされてた悪口とともにね。
あのときの親父の驚愕した表情は今でも覚えてるよ。間抜け面だった。魔法はぎりぎり掠るだけで、死にはしなかったものの父親は重傷を負った。
加害者の俺はまだ五歳ほどと幼かったんだが、魔力量、使った魔法の悪質さ、そして『死んじゃえ』っていう言葉から明確な殺意ありと判断されて、異例の幼年加害者と判定された。
保護施設に送られることになった俺はまともな未来が待ってるわけないと判断して、輸送中に逃げ出したがな。
その後の俺はどうなったかって? まあ、ストリートチルドレンってやつだ。思えばそこで出会ったアニキというやつは、俺が今まで出会った中で一番のまともな人間だったよ。
人間に必要なのは、食料とまともな寝床だ。
とりあえず周りの人間全てが敵に見えていた俺は、安全な場所を求めて街をさまよっていた。つまり食料よりもさきに寝床探しをしたわけだ。
幸いなことに俺が輸送車から脱走して逃げ込んだ先の街はストリートチルドレンが多いところだった。
子どもが一人でウロウロしていても、多少警戒されるくらいで、気にはされなかった。
大通りから少し離れた小道に古い木材が積まれてたから、その隅に隠れるように座っていると、近くにいた兄弟らしき子供に睨まれた。当時の俺より少し年上くらいかな。ちなみに兄のほうが、俺がさっき言ってたアニキだ。
「ここは俺らの縄張りだ。ウロウロするな」
まだ子どもなのに、言葉には剣があり、無視したら危害を加えられるだろうことは容易く想像できた。普通ならビビってすぐ逃げ出す。
「わかったよ。安全な場所を見つけたらすぐに移動する」
俺はそう答えたが、多少動いたくらいで、完全にはいうことを聞かずに兄弟の様子をみることにした。
兄弟の方もそれを察しながらもおれのことをすぐに追い出したりはしなかった。同じような境遇だという事を理解してたんだろうな。
魔法?使わなかったさ。嫌な記憶がフラッシュバックするから、しばらく使えなかった。
兄弟は近くの大通り沿いの市場で盗みをして生きているようだった。
食料を分けてはくれなかったが、そこにいることは見逃してくれてたみたいだったから、兄弟の盗みをする様子を観察することにした。
二人は協力しながら盗みをしていた。時折街の他の孤児たちと組んで盗みをすることもあるが、派閥があるのか基本は兄弟で動いていた。
四割がた成功するが、そのうちの半分は街のもっと悪い大人に持っていかれたり、ほかの派閥の奴らに盗られたりしていた。
生きるのは楽じゃないだろう。しかし、アニキは弟のために立派に盗みをし、俺のような小さな子度にさえ警戒して身内を守っていた。というか、聞くと弟は血のつながりはないのだと。
俺も見様見真似で何度か市場の果物をくすね、場所代としてアニキに少し手渡した。それもあってか、たまに俺にも収穫物を分けてくれたり、情報を流してくれたりした。
でも、俺がその方法で盗みをしていた時期はそう長くはなかった。
街なかの子どもをよく観察していると、面白いことに気づく。警戒されるやつと全く警戒されないやつがいるんだ。
なんの違いだと思う?
服装さ。身なりが整ってるやつは全く警戒されてない。それどころか、店主とにこやかに会話をして時には味見までしている。
そんな奴らはもちろん孤児なんかじゃなく、ちゃんとした家の子だ。貧乏そうな子もいるが、金持ちの子ほど優遇されている。
だから、俺はそれからは果物じゃなくて服を盗むようになった。
面白いことに、よっぽど人は見かけで判断するのだろう。小綺麗にした俺を見て今までになかったにこやかな笑顔を向けるようになった。
さり気なく手元で盗むのがやりやすくなった。
ここには俺が闇負いだと知る人間もいない。だから俺も普通の人間のふりをした。
当然服を変えただけではない。櫛も盗んでワックスも盗んで髪型を整え、いい匂いのする石鹸を盗んで川で体をきれいに磨いた。歯磨きもちゃんとしたんだぞ。
仕草も、街にいる身綺麗な子どもだけでなく、背筋の伸びた品の良い紳士の所作を盗み見て真似た。
コツは、見てすぐに真似ること。真似てみると、不思議と目が良くなってさらに詳しいところまで読み取れるようになる。視線の配り方の意図とかな。
そのうち適当な街の人間に話しかけるようにして、コミュニケーションのコツも学んだ。ここらへんから俺の生活は変わってくる。
店員も買い物客も、当然忙しい。いくら身ぎれいにしたところで、子どもとそんなに長話するわけもない。その頃の俺は十歳くらいだったかな。
それで目をつけたのが、カフェで暇そうにしている客だ。
人待ちをしてそうなやつとか、ボケっとしてるやつに適当に話しかけて街の情報を得た。笑えることに、どうやら俺の顔は女ウケがいいらしい。あきらかに不審者なのに割と歓待してもらえた。
「お姉さんみたいなきれいな人をまたすのって、どんないい男なのさ」
そんな感じで話しかけると、ませた口調の子どもが面白いのか、苦笑しながら返事をするんだ。
反応を見るのが面白かったから、いろんなセリフを考えて、相手に合わせていろいろ試してみた。俺にとっての遊びだな。
うまくいくと、美味しいケーキやらココアやらを奢ってもらえた。ピザとかパスタみたいなのだとさらに嬉しい。
更にうまくいくと、小遣いももらえた。
そんな行動をしていると、やがて本職の奴らに目をつけられるようになる。俺に敵意がありそうなやつの気配を感じたらさっさと逃げたが、面白そうにしてるやつが近寄ってきたらあえて話に乗るようにした。
本職ってなんだって? そりゃ、結婚詐欺師だ。もしくは恋愛詐欺師。もう少しライトなやつはそういう店で働く奴ら。
プロから面白半分に手ほどきを受けて、俺はメキメキと腕を上げた。働くのが面白くて仕方ない。とても努力した。努力して、人から金をまき上げた。
「僕、詐欺師なんですよ。あまり信用しないほうがいいですよ」
最初にそう言うと、より相手は面白がって話に食いついてくる。自分だけは騙されないぞって思うのか、それとも単に面白いやつだと思うのか。こうすることで話を進めるときのハードルがさがる。これが俺の詐欺の特徴かな。
そのうち女だけでなく男や老人も相手に詐欺をするようになった。
おれには才能があったみたいで、面白いほど人は騙される。表面しか見てないんだなって、改めて実感したよ。
俺は街を転々としてたから、バレる前にすぐにお別れしてたし、詐欺の相手に再会することまあまりなかった。
それもあってか、俺は遠慮なく相手の財産をかっそらっていった。同業者によく言われたよ。お前のやり方はえげつないって。
その後は冒険者を相手に詐欺をするようになったな。あいつら意外と金持ちなんだ。しかも成金だから隙がある。意外と情に脆い。
そんな暮らしをしてたから、案の定腹を刺されてこの様さ。
隣でくつろぐ聖獣に、そう言って、俺は未だに疼く腹を擦った。
汚れのない目で見上げるわんこを見て、責められているわけでもないのに言い訳が口をつく。
「仕方ないじゃないかと思うときもある。でも、同じような境遇のアニキは真面目に生きていた。生まれは恵まれなかったが、その後の生き方を選んだのは、俺だ」