【第四話】 山奥にて わんこと交流
気絶したときに見る夢はいい夢が多い。
そんなことを昔誰かに話したら怪訝な顔をされた。しかし、本当のことだ。現に今も、幸せな気持ちで、ふわふわとした心地で目が覚めた。
出血が多すぎて、寝たと言うより失神したのだろう。ふわふわ心地よい気分とは裏腹に、未だに腹は痛い。が、不思議と命の危機を脱する程には回復したようだ。諦めの悪さに苦笑がこぼれる。
面倒だが、あたりを確認するために目を開けると、一面の白。……いや、これはわんこの顔だ。ピンク色の鼻先を俺の顔にグイグイ押し当てて、起こしてくる。
「あー。はいはい、わかったよ、わかった。起きるよ」
その言葉が伝わったのかどうか、わんこは俺を押すのをやめて突然立ち上がった。枕にしていたわんこの腹が突然消失したので、頭が落ちる。
「いて」っと不満を口にしたが、わんこは気にもとめない。立ち上がって、ぐるぐると楽しそうに8の字に回っていた。何がしたいのかわからない。が、とてもたのしそうだ。
なぜここにいたのか。なぜ俺のそばにいてくれたのか。その理由はわからないが、俺を敵視していないことはわかる。そして、俺も犬は嫌いではない。俺の寝ている間も番をしてくれていたのだ、お礼に遊んでやることにした。
遊ぶといっても何をすればいいのかわからないし、立ち上がるのはしんどい。とりあえずもふもふのでかい腹を思う存分に撫でたり、そこら辺の小枝を拾ってこさせ、投げたりしてやった。傷をかばってなのでややぎこちないが。まだ腹が痛い。
「聖獣は悪人には懐かないと聞いていたんだが」
腹の傷はズクズクと痛む。わんこの目の前だが自然治癒を待たずに治癒の魔法を使うことにした。いままでも、仲良くなれた人間がこの魔法を見るやいなや、俺を疎んじるようになった魔法。漆黒の、魔法。
こいつも怯えるはず……。そう思い、少し緊張しながら治癒を施す。
なのに、全く動じる気配がない。
「お前、これが怖くないのか?」
そう言って、手のひらの上に浮かべた魔力の塊をわんこの方に向けてみる。特に指向性を与えていない、ただの魔力。大き目なボールのような形だ。前に差し出した掌の上にふわふわと浮かんでいる黒い塊。自分でも禍々しさを感じるこの魔法……。
でも、この魔法のおぞましさを知ったら。これでこいつともお別れか。じゃれつく姿もかわいかったから、一抹の残念さはある。不愉快なことはさっさと終わらせたほうがいい。
手のひらの上で派手に爆発させた。
なのに! まねっこしてくる!
聖獣も鼻先に同じように力の塊を浮かべて見せたのだ。聖獣なので、もちろん漆黒なんかじゃない。白というか、透き通った光の塊。
「すごいな! お前。じゃあ、これはどうだ?」
俺が黒い魔力の塊を適当に山の麓に向かって投げると、聖獣も鼻先を器用に使ってポーンと飛ばす。
「それじゃ、これは?」
今度は俺が魔力を身に纏わすと、同じように魔力を身に纏う。無邪気に俺の真似をしてくる。
なんというか……。かわいいじゃないか、こいつ!
俺は、謎に懐いてくるわんこにメロメロになった。
「なんで腹を刺されたのかって? そりゃ、恨まれてるからだ」
「わふっ!」
夜。生き物の多くが寝静まった頃。
俺と聖獣は山から見える、遠くの街の光を眺めながらくつろいでいた。
「誰からだって言うのか? おれを恨んでるやつなんて腐る程いるからな」
本来なら山は闇に染まっているのだろうが、聖獣のおかげで仄かに明るい。かつてこのあたりの山でみた光は、もしかしたらランタンの光ではなくこいつだったのかもしれない。
俺の言葉をわかっているのか、いないのか、聖獣は澄んだ瞳でまっすぐ俺を見上げる。
「まあちょうどいい。時間も有り余ってるし、俺の昔話でも聞いてくれ」
「ウォン!」