【第三話】 山奥にて わんこと戯れました
人がいないところはいい。とても落ち着く。
虚ろな意識の中、俺は今までにない安堵感に包まれながらそう思った。
刺された腹はまだ痛む。止血がうまくいかず、血と魔力が流れ出続ける。
こんな傷普段ならすぐに治るのに。きっとあの刃物は呪でもかかっていたのだろう。
このまま死ぬなら、人のいないこんな場所がいい。
俺はクズだ。だけど、いままで関わってきた人間も、俺から見たら大概クズだった。だから、死ぬなら一人で死にたい。そう思ったんだ。
そして、違和感に気がつく。
ムギュ
そんな感触がした。背後から。
恐る恐る後ろを振り返ると、そこには毛皮が。毛皮というか、巨大な獣の腹か? 荒い呼吸に応えるように上下しているそれは、生きていることを示していた。
ーーまさか、この距離にいる魔物の気配にも気が付かないなんて。潮時だな、人生の。流石に魔物に食われての最後なんてイヤだ。最悪、相打ちか、それとも自分自身でケリをつけるか。
そんなことを考えながら、最後の力を振り絞って魔物から距離をおこうとする。
しかし。
(こいつ、瘴気が……ない?)
魔物は多かれ少なかれ、瘴気というものがある。それはどんなに才能がない人間だって感じ取れる、禍々しい空気というべきものだった。
雑魚の魔物からですら感じ取れるそれを、この目の前の毛皮からは全く感じ取れなかった。
(ならば、ただの獣か?)
魔獣ではなくただの獣も存在する。
この地域に生息している獣で毛が生えてるやつ……狼とかか? でもこんな白い長毛種なんていたか?
しかもサイズが半端ではない。
もう一歩後退る。
全貌を視界に入れる。
そこにいたのは、とても大きな白い犬。瘴気はないが、膨大な力を肌で感じる。
ーーつまり、聖獣。
魔力を持ち、闇に落ちた獣を魔獣と呼ぶなら、聖なる力を持ち、その力を昇華させ魂の格を上げた存在を、聖獣と人々は呼んでいる。
聖獣……。なら、いいか。
俺は距離を置くのをやめ、再びこいつの腹を枕にする。聖獣は怒ることなく、俺を受け入れてくれた。ハッハッハッと、聖獣が呼吸をしている音だけがあたりに響く。
腹の傷は痛むし、魔力消耗で俺の命の灯火が消えかけていることを感じる。
だけど。この日人生で初めて、何も考えずに眠ることができた。