【第十六話】 おまけ⑥ それぞれの事情 アギト
故郷を捨て、山を越えて隣国の国境警備隊に就職したマガトとラグドという兄弟。
「兄貴。今日は大捕物があったらしいな。これからその事後処理に駆り出されることになっちまった。人ひとりに対して大げさすぎるだろ」
「ああ、そうらしいな。……ちなみに対象のやつの名前はアギトっていうらしい」
二人は兄弟なだけあって風貌がよく似ており、厚手の生地の警備服を揃いできていると、見間違えるほどだった。
「アギト?」
「ああ」
それから二人は口をつぐむ。風貌が似ているのは二人ではなく本来なら三人。そして家族から居なくなった弟の名も、アギト。
別に今回の犯人が弟だなどとは思っていない。しかし、その名には苦い思いが湧き上がる何かがあった。
長兄のラグドは詰所に待機となり、持ち場に向かったのはマガト一人。
他の隊員とともに彼がたどり着いた先は大捕物があったにしては現場は拍子抜けるほど何もなく、平和な山奥の村といったところだった。一つ違和感があるとすれば、その光景に不釣り合いな骸が簡素な広場に、一体。
「あんなちっこいのが各地で大暴れしてたっていうのか?」
誰にともなくぼやくと、近くの同僚が答えた。
「ああ。あいつがアギトらしいな。通り名の方が有名で本名は知らなかったよ。お前となんか名前が似てるな」
「そ、そうか」
改めて名を聞いて、さらに顔も似ていると言われて動揺する。無意識につばを飲み込みながら、その骸の近くにまで寄った。ロープが張られ、近寄れないようになっていたが、頭の方に回るとその顔がよく見えた。
成人して幾分顔立ちは険しくはなっているものの、すぐにわかった。
(……アギトだ)
ーー話題に出さないようにしているが、兄弟2人で晩酌をすると、不意に酒に酔った深夜に弟の名を口にすることがある。『あれは、間違っていた。俺たちが間違っていたんだ』そんな夜、きまって兄のラグドはそうこぼす。弟のマガトもただ頷く。
幼い弟が無邪気に慕う瞳と同時に思い出される、弟を家族が捨てたあの日。
『あの力に一番怯えていたのは、アギト自身だったのに』
自分たちの無力さから逃げ出すように、彼ら二人は家を捨て、生まれ育った町も捨て、山を越えて二人だけで生きてきた。探していた弟とは、生きて会うことはなかったが。
マガトはロープを握りしめ、自覚もないままに涙をこぼした。
「おいそこ、何をやっているんだ。近づくな」
警備隊の一人がマガトを注意し、それに気がついたダズがマガトのそばに寄った。
「……アギトと知り合いなのか?」
「こいつ、俺の弟なんです」
血の気を失った弟の顔は、幼い記憶ではあったが、今まで見た中で不思議と一番穏やかだった。
犯罪者の身内であることを、今この場で打ち明けるメリットは何もなかったが、動揺して気が回らなかった。
自分にはどうすることもできなかった、肉親。大人になってからわかる、自分の罪。せめて、肉体から解放されたあとは……。
複雑な表情で見下ろすダズに尋ねるでもなく、マガトは呟いた。
「救われたんでしょうか」
ダズはその問いには答えない。彼も自分自身に同じことを、問いかけ続けていたからだ。
――聖獣のおわす村。そこでは不思議なことが起きていた。
聖獣ではなく、悪人と名高かったアギトの墓に参る人が時折現れるのだ。綺麗な女性やガタイの良い冒険者、上品な老人など、様々。その誰もが、哀れみとも呆れとも、安堵とも言えない表情を浮かべながら、墓に花を手向ける。
その墓を一番手厚く管理しているのは、元冒険者のダズだ。燃えるような立派な鬣のような髪は、手の焼ける義理の息子を自らの手で殺めたストレスで白髪になってしまっているが、その体躯はかわらない。その頼もしさから今も慕うものが多い。
「ダズ!肩車して!」
村の娘もそんなダズに懐いている。
そしてこの村にまつわるもう一つ不思議な話。
「ダズ! 今日も聖獣様をお山でみたよ!」
聖獣は村を離れ、山に帰っていた。
「今日も白い光が2つあったのよ!」
夜。星の瞬きとは別に山の中を光るものが、二つ。その一つは聖獣様だといわれている。そしてもう一つは……。