【第十五話】 おまけ⑤
この回はバッドエンドです。
また、一部残酷な描写があります。
ハッピーエンドが好きな方は、ブラウザバックをお願いします。
アギトは山奥のささやかな村に住み着いた。村人を懐柔したのか、村人に懐柔されたのか、お互いを受け入れて過ごし始めていた。
「こんなに安心して過ごせたのは、今まで生きてきて初めてだ」
ややトゲトゲしさがなくなり、丸くなったアギトが村の柵を一つ引き抜く。アギトの隣にいる男が笑う。
「俺たちはお前のせいで大忙しだがな」
男もアギト同様、柵を引き抜く。村を囲んでいたボロボロの柵を新しいものと交換しているのだ。
村に住み着いた聖獣の噂を聞きつけ、町の人間が村に頻繁にやってくるようになったので、見栄えと安全面を考慮してあちこち直すことになった。
村に来るのは、聖獣を見に来た者だけではない。マスターであるアギトに会いに来るものもちらほらいた。むしろ、マスターであるということも関係なく、ただアギトに会いに来る者も多かった。
概ねアギトに騙された者達だ。だいたいの人間は怒りながら「ようやく見つけた!」とやってくる。最初は村人も驚いていたが、アギトの人となりをすでに知っているので、すぐに慣れて、なんならなだめる側にまわっていた。
「なんか、アギトのことが嫌いというよりかは、叱りつけに来てるような気が……」
仲良くなった村人は、あまりにもアギトを叱る客人が多いことにあきれて、ある日そうこぼした。言われた方のアギトは、ただ肩をすくめるだけだったが。
そんな中、大柄のいかにも実力者らしい風貌をした冒険者が村を訪れた。見かけのいかつさに反して、その所作は丁寧だ。
「ダズも来たのか。マスターソードは質流れしちゃったのかな?」
開口一番の皮肉に、やってきた冒険者ーーダズは怒ることはせず呆れて首をふる。
「期待に添えなくて悪いが、これでも俺は有名なんだ。何店舗か転売で流れかけたが、知人が気づいて留め置いてくれてたから問題はない」
「なーんだ」
村の中に誰彼構わず通すわけにはいかないので、たいていはアギトが簡素な門の前まで来客を出迎え、そこで対応する。
ダズのような有名な冒険者であっても、この辺鄙な村ではただの一般人だ。大袈裟にもてなされることもなく、そこら辺の切り株に腰を下ろして、アギトを見上げる。
「相変わらずだな。アギト」
「ところでなんのよう?」
アギトはダズと接するときはなぜか若干幼くなる。アギト自身はこの方がダマしやすいからだと思っているが、はたから見るといかにも親に甘えている子どものようだ。
「お前に要望がある。この村をでろ。ここを出て、どこか遠くへ行け」
「え〜。それは聞けないな」
アギトは視線を逸らして、ダズから距離を置くようにぶらぶらと周囲をうろつく。どこにでもついてくる聖獣はアギトのそんな様子をじっと観察していた。
「頼む」
「なんでさ」
「連合軍が麓でお前を張っている。捕まったらただじゃすまない」
「でもな。ここは居心地がいいから。それに、ここを離れたら誰が俺を叱ってくれるって言うんだ」
「そもそも、悪さをしなければいい」
「おれはとうとうダズにも見放されるわけか」
「そういうことではない。おまえも子どもじゃないんだ、もうそろそろ自立しろ。」
「……おれ、ダズのこと父親代わりにしてたのかもな」
その言葉を聞いて、ダズの表情が歪む。
「そんな嫌な顔しないでくれよ。ただの冗談だよ。お節介なおじさん」
笑いながらさっさと別れを告げて村に戻っていくアギトは、ダズが悲痛な顔をしているのには気がつかなかった。
数日後。ダズが再びやってきた。
「そういえば、お前の知人だと言うやつからものを預かった。これを返してやってほしいそうだ」
ダズの持つそれは布に包まれていてよくわからない。何かを確かめるため、近寄るアギト。
ダズの手には布でくるまれた桃が。あと体一つ分の距離まで近づき、怪訝そうにダズを見上げた一呼吸あと。
アギトの体には、見覚えのある果物ナイフが。今回は腹ではなく、胸。
そのナイフは肺に達したのだろうか。ヒューヒューという、呼吸とは異なる空気が漏れるような音が聞こえ始める。
自分の胸に刺さるナイフに縋り付くように手を置くアギトは、そのまま高身長のダズを見上げた。そのまま親子ほどの身長差がある。
わけの分からぬまま胸を刺され、しかし、アギトの表情には疑問符は浮かんでいなかった。どこか納得したような眼差しでダズを眺め、何も言わぬままやがて口から血だけをこぼし、息絶えた。
「ダズ……本当にこれでよかったの? これしかなかったの?」
遅れてやってきたミーティアがダズに寄り添う。
村人は遠巻きに見ているだけだ。
「わからない。だが、もうこいつにも俺らにも時間はなかった。連合軍は本気だ。こいつは暴れすぎた。見せしめにどんな目に遭わされるか、わからない。それにこいつは闇負いだ。見せしめでなくとも、捕まれば実験体として一生幽閉だ」
「この山を越えて隣の国にいけば……」
「それも言ってみた。まあもしこいつが頷いたとしても、もうあちら側にも当然手が回っている。俺たちがこいつを見つけるのが遅すぎたんだ」
ダズはうつむき、自分に言い聞かせるように再度つぶやく。
「遅すぎたんだ……」