【第十四話】 おまけ④ それぞれの事情 メディス
終りの街で再会する前のお話。
メディスは容姿に自信がなかった。
女性らしくまろやかさかな体型であることが好まれる土地柄で生まれ育ったのだが、その中では細すぎたのだ。
「メディスは全然肉がつかないのね。ウエストが細いのはいいけれど、胸も腰も細いのはどうなの? ちゃんと食べなきゃ」
会う人会う人、助言と言う名の中傷をしてくる。
「食べてはいるのよ。でも、あまりたくさんは一度に食べられなくて。少しずつ頑張っているのだけれど」
メディスはそう返すのがやっとだ。
もちろん痩せた女性が好みの者もいたが、メディスはスリムなのではなく病的に痩せていたので、そういう者たちからの評判も芳しくなかった。
「我が家では跡継ぎを望んでいるので。メディス嬢にそれを望むのは少し酷では? 家格も年頃も合うのに残念ですが」
とどのつまり、メディスはモテない女性であった。ただもてないだけなら、それはそれでよかったのだろう。慎ましやかに過ごし、両親の決めた相手と結婚できるなら、彼女は十分だった。
しかし、メディスの実家は下手な貴族よりも富のある豪商の家系だった。その内容は、貴族相手の貴金属売買から異民族相手の呪術具まで幅広い。故郷の町を牛耳るような目立つ一族であったので、『慎ましやかに生きる』というのは無理があるのだ。
「メディス。ああ、哀れで愛おしい娘よ。お前はなぜそんなに痩せぎすなのだ。まるで老婆のようではないか。もっとたくさん食べて肉をつけなさい。妹たちはあんなにも可憐なのだ。比較されると可哀想だから、これ以上太れないなら、もう家を出なさい」
大げさな身振り手振りが癖で、声も大きく雑に物事を捉える父親は、メディスにそう宣言した通り、その数カ月後にも太れなかった彼女を家から追い出した。神経質で声の小さい母親はそんな父親の言いなりだ。
「メディス。幸せになるのよ」
別れ際に声をかけた母親の真意は、メディスには永遠に分からなかった。
理不尽な理由で家を追い出されたメディスは、しかし幸せだった。体型もふくめ、自分は家族には合わないと感じていたからだ。
実家からは十分な仕送りが送られ、治安のいい場所でこじんまりとした住宅を借りたので、苦労はしなかった。メディスはここでささやかな幸せをつかめると思いながら過ごした。
「静かな場所で過ごせることになってよかったわ。大きな声の父親も、金切り声の母親もいない。延々と続く姉妹のおしゃべりも聞こえない。自分の好きな量の食事を食べても、誰にも何も言われない。……これが私の望んだ幸せの形なのかもしれないわね」
生活が落ち着くまではそんな事を考えながら過ごしていた。
それでも、街に出ると故郷と同じように豊満な体つきの女性が煌びやかに着飾り、楽しそうにカフェや雑貨屋、バーなどで人生を謳歌していた。メディスはそこにも溶け込めない。
ささやかで、穏やかだが孤独な人生。それが自分にあたえられた運命なのだと受け入れていたある日、衝撃的な出会いをした。
「素敵なあなたと同席することを許してくださいますか?」
人生で自分には全く縁のないものだと思っていた。カフェの屋外に設えられた席、それも隅の方の目立たぬところでコーヒーを飲んでいたところ、歯の浮くようなセリフを投げかけられ、初めは反応できなかった。
「あれ? だめかな?」
芝居がかったような仕草で小首をかしげる男は、なんと表現すればいいのか、判然としなかった。美男子かと問われるとそうではないが、整った顔立ち。剣呑な気配を隠しきれないでいるが、それを覆い隠すような甘ったるい優しそうな雰囲気。気障でありながら幼稚。
アギトと名乗るその男が何をしようとしているのか、メディスには判断できなかったが、答えは簡単。ナンパだ。なんなら、その先の恋愛詐欺を働く予定で話しかけた。
全くもって胡散臭い男に、メディスは警戒心を無視して早々に貢ぎこむようになる。資金は潤沢にある。足りなければ自分の食事を減らしてでも貯めればいい。
メディスは自分をお姫様として扱う人物に初めて会ったのだ。何か目論見があるだろうということは百も承知だったが、浴びせるほどの賞賛に、心の飢えていた彼女は抗うすべなく溺れた。アギトは自分が渇望したものをくれるし、自分はアギトの望むものを与えられる。つまり、相互の需要と供給が一致していた。
当時この地域を詐欺の拠点としていたアギトは、メディスの家に入り浸った。決して干渉してこない。快適な寝床と食事。富裕層の余裕と品。複数人を罠にかけても、最終的にメディスのところに戻ってきた。メディスもそれを承知の上で彼を家に上げていた。
ある日、アギトが果物ナイフで桃の皮を剥いていた。なんでも器用にこなす彼にしては珍しく、不器用そうな手つきだ。
「剥きましょうか?」
「え、いいの? ありがとう。桃は柔らかすぎて、昔からうまく剥けないんだ」
笑ってそういうアギトの無邪気な笑顔が可笑しくて、つられて笑いながらメディスがアギトの桃を受け取る。この無邪気な笑顔で何人の女を不幸にしたのか、思い浮かべながら。
「あまり無茶をしないでくださいね。いつか刺されやしないかと心配です。アギト」
不意に口からこぼれた言葉。今まで釘を差すような事などしたことがなかったのだが。迂闊だったかと思案していると、桃をナイフとメディスの手のひらごとそっと包み込むアギトの瞳が目の前にあった。
「案外、僕はそれを望んでいるのかもね」
「え……?」
「僕が悪いことをしたと思ったら、メディス、僕を叱って」
そうこうしているうちに、アギトは家を出ていった。
メディスは泣くことはなかった。空っぽになった心で、空っぽの部屋で、二人の思い出をまたなぞる。
そして、気がつく。なぜアギトとともにいるのがあんなにも心地よかったのか。彼は一度もメディスの外見について言及しなかったのだ。見た目に関係なく中身を評価した。
それは、見た目を取り繕うのが常な詐欺師の性の反動か。
そしてもう一つ気づく。メディスの中に芽生えた愛情は本物だと。
そして思い出の果物ナイフを握り、人生で一番の笑みをもって呟く。
「アギトを、叱りに行きましょう」