【第十二話】 おまけ② それぞれの事情 ダズ
終わりの街であったあとのお話です。
ミーティアは年若い女の子の冒険者だ。同年代の少女同様、髪の毛に気を使いファッションにも気を使う。そのサラサラなボブヘアーを揺らしながら、不機嫌な表情でナッツを投げていた。
投げた先に居るのは、ダズだ。筋骨隆々、鬣のような髪型をした逞しい冒険者の彼だが、少女のいたずらにされるがままにしている。
「いい加減、そのブレスレット見る癖やめなよ」
「……そうか? そんなに頻繁に見てるつもりはないんだがな。ふとした時に思い出す程度だ」
「わたしあいつ嫌い。アギト」
ミーティアは心底嫌そうに顔をゆがめ、八つ当たりのようにまた手元のナッツをダズにポイポイ投げつける。
ダズはそんな少女を叱りもせずに、哀れにも床に落ちたナッツを拾っていた。ダズの見ていたのは、アギトの残した腕輪。チームに大打撃を与えた借金を作るために利用された、小道具。
「ダズ。ミーティアは嫉妬してるんですよ。面倒見の良いあなたが、一番目をかけていたのがアギトだから」
ふてくされるミーティアの様子を笑いながら分析するのはオズワルド。陰気な男だが、伸ばしっぱなしの前髪の下はなかなかに男前だ。片腕を無くして仕事に難儀してたところをダズに拾われた。
「ミーティアをあまりからかってくれるな、オズワルド。アギトには、目をかけたというより手がかかったという感じだったがな」
「嫉妬じゃない。ダズがいなくても、あいつ、嫌い」
ミーティアは羽織っていた外套のフードを頭まですっぽり被って、ダズに背を向けてしまう。
その様子を見守るのは、妙齢の女性冒険者アスカ。物言いたそうな瞳をしているものの、彼女が喋ることはない。
今四人がいる場所はダズのチームが拠点としている貸家。赤茶けた土埃の舞う『終りの街』に、画一的に立てられた二階建てのアパート群。その木造の部屋には夕日が差し込み、いい塩梅でチームの心情を表しているかのようだった。
アギトがチームを裏切ってからはや三年。そしてダズが終りの町でアギトを見つけてからひと月。ダズは召集したチームメンバーに事の顛末を告げ、今後の方針を相談しているところだった。
このチームはダズが拾ってきた冒険者の集まりだ。落ちこぼれ冒険者と揶揄されることもある。コネのない新人冒険者だったり、体や心に傷を負った冒険者たちを、お節介焼きのダズが面倒を見るために集めた。
かつてはアギトもそのメンバーの一人であった。アギトはコネのない新人。戦闘にはまるで初心者だったが、筋が良く、教えたことを面白いほど素直に飲み込んだ。そしてすぐ、ダズをも超えた。
教えることがなくなれば、ダズの手元を離れるのが今までの常だったのだが、アギトの時はそうはならなかった。明らかに、アギトは不安定な人物だった。
「アギトなんか嫌いだ」
「まだ言うか」
いつまでも不貞腐れるミーティアをオズワルドが叱る。
ダズは叱らずに、ミーティアのそばに腰を掛けた。
「アギトはな。不器用だったんだ。それに犯罪を犯して生きてきたから、結局抜け出せなかった」
「わたしが嫌いなのは、そこじゃない。勝手に、自滅していくところ。平気で人を傷つけるし、平気で自分も傷つきにいく。うざい」
アギトは不思議と人を惹きつける人物だった。見るからに妖しい笑顔。言葉もうますぎて、詐欺師感丸出しだし、本人も初めからそう自己紹介する。なのに、皆、騙される。なんなら、騙されにいく。そして騙されたあとも、腹は立てども心底憎むということはなぜかできなかった。
「あいつ、前に、わたしが相談したときなんて言ったと思う? 親に捨てられた直後で病んでたとき、『ミーティア、君に生きてる価値なんかないさ』って言ったのよ」
「それは……。でもまあ、あいつが言いそうなことではある」
ミーティアの言葉にオズワルドは変に納得して半笑い。
「『むしろ生きてる価値のある人間って、誰さ。俺にも別に価値はない。だから、好き勝手に生きているんだよ』って笑うんだ。あの笑い方、キモチ悪い」
「ミーティア。あいつは残念ながらやはり戻ってこない。でも、会うことはできる。一度は逃げられたが、居場所を突き止めたからな」
愚痴が止まらないミーティアの言葉を押し留めるようにダズが口を挟んだ。不貞腐れているわりに、アギトと会えるかもとわかったミーティアの瞳には期待と不安が込められていたことに、メンバーは笑いを隠す。
「とりあえず、あいつを訴えることはしない、という方針でいいんだな? オズワルドもアスカも」
皆一様にダズの言葉に頷いた。
アギトのせいでチームは手酷い損害を被った。裏切られたという心の傷もたしかにあった。しかし、数年間行動をともにしていた彼らがアギトを追いかけていた理由は、恨みからだけではない。
「アギトの暴走を止めないとな」
仲間が救われることを望んでいた。