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ゴッドさま  作者: a--san
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ゴッドさまに動かされて人間が人間を支配している世界の様


「人生は六十年なんて誰が決めたんだ」

倉掛はジンライムを飲みながらつぶやいた。運河沿いのバーで港に近いが、喧噪からは離れていた。停留されているボートが数艇帆を休めていた。

「そのような質問にはお答えできません。」とバーテンダーのロボットが答えた。

「いいんだ、質問じゃないんだよ」と倉掛が答え、にんまりした。こういうのを昔は愚痴と言っていたんだ。今は誰も言わないけどな。少し悲しげにロボットはキイキイと関節を鳴らしてキッチンに向かった。さっき倉掛が頼んだプレーンオムレツを作るためだ。


バーは六脚のトールストールがあるだけの狭い作りで全てが鉄骨でできてた。貿易商のデイビッドの道楽だった。デイビッドの連れてきたスペイン人のマチルダをマスターにしたが、あっという間にどこかの男と消えてなくなった。仕方ないのでデイビッドは使い古しのパーツでバーテンダー用のロボットを組み立てて最低限の機能をインストールしてマチルダの替わりに仕立てた。ロボットの名前はナオミといった。ナオミはメニューにある料理とカクテルの作り方、客を認識して会計をすることができた。


キッチンからバターのこげる匂いがした。ナオミの作るオムレツは少し焼き過ぎだった。今度デイビッドに出くわしたら言ってやろうと思うが会えなかった。しかし出来上がりはいつも同じだ。昔は動きが一通りなことをロボットみたいだと言ったが、今は何をするのか分からないのを人間みたいだと言った。ナオミがオムレツとケチャップを持って来た。「どうぞごゆっくり。他に何かご注文は?」というので、ジンライムのお代わりを頼むとナオミはグラスを受け取り、キッチンに向かっていった。

オムレツをフォークで割るとどろりと卵が出て来た。口にいれ、ゆっくりと噛んだ。オムレツは遠い記憶を呼び起こす装置だと倉掛は思っていた。いろいろな所で食べた。その時に一緒にいた人を思い出すことができた。


倉掛の仕事は、運び屋だった。運ぶのは荷物ではない。誰かに頼まれて、代理で言づけをするのが仕事だった。ネットワークにのせると読まれるし、書いたものは盗まれた。記憶したものは、まだ盗むことが出来なかった。倉掛は記憶力は優れていた。一人で生きていくにあたって身につけた術だった。一度見たこと、聞いたことは決して忘れなかった。

倉掛は旅から旅へと生きてきた。定在地をもたないことを志として、生きてきた。若い自分はそんな愚かなものもたくさんいたが、倉掛も四十に近づいてきていて、こんなことを続けている愚か者は自分ぐらいなものさ、と思っていた。


国が老いて、都市がコロニーと呼ばれ、人が集められ、地方が用途地とされ、そっと人の寿命が決められても変わらなかった。外国にも行けなかった。どこにも所属したいものはパスポートを出しても入国させてくれないからだ。高度にブロック化された世界はあたかも地球が丸いことを忘れ、独自性の井戸に深く深く沈みこんでいるかのようだった。


「ナオミ、話し相手になってくれ」

倉掛はオムレツを食べ終わり、グラスを受け取るとナオミに話しかけた。

「オーケーです。準備できました」

「何から話そうか」

「じゃあ、最近のことを話して下さる?」

「そおだな。久しぶりだもんな。この前どこまで話したっけ」

「北のコロニーに行った話しまで聞きました」

「そうか、一年前までだな、その後、南に流れていったんだよ」

「南に行ったんですか。多いですよ。今まで六十五%を南で過ごしています」

「そんなに偏っているのか」

「そおです。北には十八%、中央には十七%です。中央に多い気もしますが、日数を数えるとそうなります。」

「南の方が体質に合うんだよ.祖先の墓があるらしい。行ったことはないけど」

「墓って何ですか」

「ああ、昔は人が死ぬと火に焼いてから土にうめて、その土に石をたてて名前を刻んだんだ」

「何でそんなことをするんです」

「ご祖先を祭って徳を思い出すためさ。昔は人間は生きていくのが大変で、食えなくなることも、病にかかることも多かった。偶然の産物で生まれて、運良く生きながらえているのはご祖先のおかげというわけさ」

「すいません。よくわかりません」

「ナオミには難しいかもな。ずいぶんとウエットな話しさ」

「どこらへんが、濡れているのですか」

「いや、いろいろさ、人間は感情が高まると水をだすのさ。だから人間臭い話しというわけ」

「すいません。よくわかりません」

「いいさ。気にするな。ナオミ、南の話しをするよ」

「お願いします」


倉掛が南に行くのは理由があった。知人が多いからだ。根がない倉掛には居場所をくれる知人が必要だった。居場所、身分証明がないとコロニーではやっていけない。今回も南の友人に頼まれて中央のコロニーに来たのだった。


「医者の友人がいるんだ。南に」

「お医者さんですか、人間のですか」

「そおさ、めずらしいだろ。古くからやっている。何でいるか分かるか」

「すいません。よく分かりません」

「それはな、それを望む人がいるからだ。話しを聞いてくれる、同意してくれる、手を握ってくれる。それだけで良くなってくる老人はいるんだよ」

「でも老人なんているんですか」

「ああ、そおか、ナオミはしらないか。南のコロニーは中華圏で人の寿命に関する統制が北や中央とは違うんだ」

「どおちがうんですか」

「宗教さ。天寿をまっとうするのが南の考えさ。命の限りは天命こそ知るというわけさ」

「それじゃ戦前と同じじゃないですか」

「いや、違うんだ。お前には難しいけど」

「不平等じゃないですか」

「ナオミ、不平等なんて知ってるんだ」

「知ってます。私は中央のロボットです。皆が同じ扱いを受けることを平等といいます。特別の人が特別な扱いを受けるのは平等ではありません」

「そのとおりだよ。どこでも特別な扱いというのものはあるものさ。人間は不完全で感情的な生き物さ」

「すいません、よくわかりません」

「強い権力者ほど、そうさ。彼等は身内、使用人、敵に人を分ける。身内にあたえ、仕様人はこき使い、敵は打ち倒すものさ」

「すいません、よくわかりません」

「いいさ、気にするな、ナオミ。医者の話を続けよう。医者は特権階級の人と会って話をするのさ。体を触ってみることもあるが、治療はテクノロジーでするんだ。それは普通の人向けと変わらない。マイクロロボット。先端の薬、いまや南では漢方薬の根源的な解明がされているんだ、そして手術はロボットがやるんだよ」

「でもサービスでは人間はいらないのではないですか」

「そうだな それが合理的だ。でもな、ロボットにだけ相手されるのは嫌だと言う人間はいるんだよ。それにな、人間の医者にみせているというのが、ステータスになっているんだよ」

「ステータスってなんですか」

「ああ、ナオミ、中央ではない考えだな。見栄さ、これも分からないか、人より特別だとか見せつけることさ」

「すいません。よくわかりません」

「いいんだ、ナオミ。人間って不完全だよな。おまえと話しているとそう思うよ」

「いえ、私の人間理解が不足しているからです。プログラムの更新をしますか。新しいケイコなら分かるかもしれません」

「いいんだ、ナオミ。お前がいいんだ」

「ありがとうございます。おかわりはいかがですか?」

 倉掛が頷くと、ナオミはグラスを受け取り、後ろをむいて歩き出した。動くたびにキイキイと悲しげに音が鳴った。倉掛は天窓から青空を眺めて、小さく息を吐いた。

 



「三十年後のこと、どうして分かるんだ」

「知るかよ、俺に分かるわけないだろ」

倉掛は忙しそうにハンドルを切り、車を追い抜いていた。隣に座る十亀を三十分で空港に送り届けなければならなくなったのだった。

「でもよ、おかしいだろう」と倉掛がいうと、「何がだよ」と十亀がいった。

「みんな納得しているから、こんな騒ぎに協力しているんだろう」と倉掛がつっかかると、「納得なんかしていないだろう」と十亀が答えた。

倉掛が、十亀の顔を見て、「じゃあ、何で従ってるんだよ」というと、十亀はそっぽを向いて、「知るかよ、俺に分かるわけないだろ」とすねる。


倉掛たちの向かっているのは座間市にある軍用空港だった。十年前まで米軍が使っていたが、米軍が防衛ラインを日本列島・沖縄からグアムに引き上げてから、自衛隊あらため国防軍が使うようになっていた。十亀は軍の情報士官であり、急に来るように連絡が入ったからは断れる道理もなかった。

「何で軍に迎えをこないんだ」と倉掛が納得いかないと話すと、「頼んださ、でもよ、自分で来いとさ」と十亀は自分も参っているんだと被害者ぶった。

「自動運転車かドローンをよこせといえばいいじゃないか」と倉掛がさらに突っかかると、「出払っているから駄目だとさ」と情けない顔でいう。

「何で俺がおまえを送っていかなきゃならないんだ」と倉掛が結局言いたかったのはこのことであり、倉掛としても身分が怪しい都合上近寄りたくない施設だった。十亀もその事情は百も承知であり、「悪い、この通りだ」と首をたれた。


今回倉掛が中央のコロニーに来たのは、中央コロニーの情報将校の十亀に南のコロニーの知人に頼まれたことを内密で伝えることだった。昨日大和市にある倉掛の隠れ家で用事がすんだ後に、二人で飲み始めて、すっかり酔っ払ったころに十亀の電話がけたたましく鳴ったのだった。先に目を覚ましたのは倉掛だったが、我慢しきれず体を揺らして十亀を起こした。

「はい、分かりました」十亀は目を覚まして、すぐに背筋を伸ばして言った。「何が分かったんだよ」と倉掛が聞くと、「すぐに来いとさ」と十亀は吐き捨てた。

「どこへだよ」と倉掛が言っても答えず、十亀はうろうろと歩き回り、「たしか、車持ってたよな」と十亀が倉掛にきいた。倉掛は露骨に嫌な顔をして、「ああ、それがどうした」というが、十亀は「酒気帯び検知器ついているか?」と変なことを聞いた。不穏な展開だった。

「いや、ないよ、なんせバブルの頃のだ」と倉掛が言うと、「何だ、バブルって」と十亀が答えた。「一九八〇年代だよ」と倉掛はしないのかというように話すが、十亀の関心はそこではなく、「ずいぶん古いな、動くのかよ」と聞く。

「分からん、整備していない」と倉掛がため息をつくと、

「駄目か」と十亀はすまなそうにいうので、「どうかな」といい倉掛はどうにかすることになった。二人でガレージに行き、倉掛は久々にエンジンをかけてみたが、案の定かからなかった。ボンネットをあけて倉掛は中を見出した。

「分かるか」と十亀が聞くが、「分からんよ。でもエンジンで動く頃の車だから、なおせるかもしれない。今のはユニット交換するしか手がないけどな」と倉掛は袖をまくりながら言った。


結局オイルを入れ替えて、たまたまあったバッテリーを新品に取り替えてエンジンをかけた。あと、タイヤが二本駄目になっていたので交換した。

「タクシー呼んだ方が良かったんじゃないか」と倉掛がいうが、十亀は「この時間はこないよ、こんな居住地域からはずれた土地には」と言った。

国民はコロニーに集められていた。広域な地域をサービスする行政が破たんしたためだ。まともな暮らしをしたければ、指定した地域内に住めというわけだ。ずいぶん乱暴な話しだが、仕方のない話しでもあった。ない袖はふれないからだ。その結果、郊外は消滅し、古い建物は捨ておかれた。作り替えるどころか壊す費用もなかった。しかし気にせず住み続ける人々はいた。そう言った人々は行政からは無視された。倉掛もその独りだったが、むしろ都合がよかった。。物騒で不便だったが、独りで気楽だった。群れて生きるのはもとより好きではなかった。

「何とかつれてってもらえないか」と十亀が懇願するので、「仕方ない、のりかかった船だ」と倉掛が答えた。

倉掛は用事がすんだのにさっさと逃げなかったことを、ひどく後悔していた。十亀の言う大切な用事には興味がないが、頼みとあっては捨ておけなかった。流れ者の倉掛には頼りになる人間の頼みは何より大切だった。しかしこれについては、ただただ、不運を呪った。


「あとどれぐらいだ」

「そおだな、あと十五分。いや二十分はかかるだろう」

「そおか、困った」

「少し遅れると連絡しとけよ」

「知らないよ、どこにかければいいか」

「何だよ、それ」

自動運転車もドローン車両も機械が運転していた。機械だからスピードは制限速度を守って走る。だからいつも混んでいた。確かに事故も減ったが、急いでいくことはできなくなった。まだ酒が残っていてふらついたが、集中力をきらさないように窓を開けて走り出した。車を運転するのなんて久しぶりだった。

ここのところ車を運転する人間なんてとんと見なかった。運転免許制度も風化していて、どこかに行ってしまった。都市部には整理された量の車両しか入れないことになっていた。

人が運転するとそもそも管理できないので、禁止にしたのだ。たまに物好きが入ろうとするが、ドローンが追ってきてつかまった。車はすべからくネットを経由して制御されていたので、ハッキングされてとめることができた。

しかし倉掛の車両は違った。コンピュータは積まれておらず、機械仕掛けで人を操っていた。ハッキングはできなかった。自動運転の車列を抜くのは容易かった。動きが規則的で、しかもこちらが失敗しても相手が止まるからだ。こんなことをしてどんな目にあうか分かったものではないが、倉掛には特に困ることもなかった。失って困るような仕事も生活もないからだった。

「そういえば、直子はどうした」

「え、何だって」

「ほらお前の出てった女だよ」

「何だよ、突然に」

「いやな、おまえがあんなところに独りで住むのはさ、そもそも直子と別れたからだろう」

「身から出た錆というやつだよ」

「なんだそれ」

「諺さ」

「知らんね」

「直子のことは分からんよ。こう言う場合、女の方がよろしくやっているもんさ」

「そおかな、おまえはさっぱりか」

「ああ、ひどいもんさ」信号で車が止まった。倉掛もそのルールには従った。

「おまえはどうしたんだよ、なんてったっけ」

「だれのことだ」

「ほらちょっと前に連れて来ていた」

「ああ、由美ね、いや理沙かな」

「いいな、できる奴は色々いて」

「そおでもないぜ」

倉掛は車列が動き出すと幹線通りを左に折れて団地の方へ向かった。団地を抜けて墓地を突っ切れば軍用空港のはずだった。

「これであってるのか」

「たぶんな」

「よくナビゲーションなしで走れるな」

「目標が大きければ訳ないさ」

軍用空港の方角には送電線の鉄塔があった。そこをめがけて走っているだけだった。

「ところでさっきの話しだけど」

「なんだ理沙のことか」

「違うよ、三十年先のことが何で分かるんだってやつだよ」

「ああ、あれか」

「あれは何の話しだ」

「ここだけの話しにできるか」

「やばいか」

「わりと」

「でも秘密は守れる。なんせ話す相手がいない」

「ネットにも書かないか」

「やってない。友達もいないし」

十亀はしばし考えこんで、倉掛の顔をちらちら見た。

「秘密は守れるな。録音されていないな」

「大丈夫だ。俺は何でもない男だ」

「女にも言うなよ」

「いう女がいない」

「わかった、言うよ」

倉掛はステレオを操作して、オールマンブラザースバンドをかけた。フィルモアでのライブでスライドギターが見事だった。

「予測がされたんだ」

「何がさ」

「三十年後にミサイルが飛んでくるって」

「何いってんだ、ずっと言ってるじゃないか」

「今度はまじだ」

「何で分かるんだよ」

「ゴットさまの予測だからさ」

「なんだ、ゴットさまって」

「知らないよな。どこにも出てないもんな」

「ゴットさまっていうのは国を動かしている頭脳のことだよ」

「なんだ、内閣とか官僚とかのことか」

「あんなポンコツじゃねぇよ」

「首相か、いや天皇か」

「ちがう、ちがう」

「じゃあ何だよ」

「十年ほど前から秘密で入れ替わったんだよ」

「何がさ」

「国のことを治めるのが機械にさ」

「人工知能のことか」

「昔はそういったけど、人などおよびもつかなくなって、今は人工なんて言わないぜ」

「じゃあなんて言うんだ」

「ゴットさまさ」

「でも人間が作ってるんだろう」

「いや、機械が設計して機械を作っている」

「本当の話しか」

「本当さ、オカルトじゃないぜ」

「そのゴットさまが予測したんで、なんでおまえが忙しいんだ」

「おれはデータサイエンティストってことになっているんだ」

「データサイエンティスト?うさんくさいなぁ。だいいち、おまえそんなに頭良かったっけ」

「ばかいえ、いいわけないだろう」

「おまえ、どこの出身だ」

「文学座さ」

「なんで桜の園やっていた奴がデータサイエンティストなんだよ」

「演技がうまいからさ」

「演技」

「そおさ」

「何をするんだ」

「多くの国民はゴットさまが国を操っているなんて知らない。それを許さないことも知っている。だからだますのさ」

「何を」

「もっともらしくするためにいるんだよ」

「三十年後の何とかと何の関係があるんだよ」

「そこまでは知らんよ、だけどそれに対する対処の始まりの手伝いをするのさ。俺の役割は軍部つきの情報将校さ」

「お前出身どこだっけ」

「文学座だよ」

「嘘ばっかりだな」

「うまくまとまることが大事なのさ、正しいかなんて問題じゃないんだよ」


団地の公園を横切った。人の姿はみえなかった。この車が作られたころの団地だった。人がいっぱいだったはずだ。団地をぬけると墓場までは坂道だった。急な坂道をのぼると空が見えた。真っ青な空には細長い雲が見えていた。

「なあ、これからどうなるのかな」

「ゴットさまが道を示してくれるんだろう」

「何で分かるんだ」

「知らんよ。でもな、こんなことは昔からあったんだと思うんだよ」

「どおいうことだ」

「つまりさ、昔から、多くは凡人で不安で、先を示しているものを求めていたのさ」

「例えばどういうのさ」

「大昔は神とか聖人とか物語を伝える伝道師がいって、ひろめていったんだよ」

「宗教だろ、いまもあるだろう」

「ああ、他にもさぁ、頭のおかしい政治家のことを聞いたりさ、ひどいことになっていたじゃないか、いろいろと」

「そおだな」

「つまりさ、なんでもいいんだよ。もっともらしい仕掛けがあれば」

「ゴットさまはもっともらしいのか」

「人より頭がいいのは証明されているよな。ゲームで勝ったり、いろんなことをやったよな。なんせデータ集めるのは得意だからさ。大抵のことはうまくやるさ」

「それはそうかもな」

「そして何となくさ、大丈夫かなと思ってしまったわけさ」

「なるほどそう言うことか」

「でも気になるのは分かるよな」

「俺はここまで聞いて、いいかなと思ったが」

「それは良かった、でもさ、ゴット様の中には頭の禿げたおやじが入っていて、おかしなことをいっているのかもしれないんだぜ」

「そおだな。でもそれって問題か」

「大丈夫なのか。本当に頭がよいものがやってなくて不安にならないのか」

「いいんじゃないか。それでうまくいくんなら」

坂は永遠に続くかのようだった。エンジンは大きくうなりをあげていた。何やら目の前に煙が立ちこめたかと思うと、後からバスリバスリと音がして車が止まってしまった。

倉掛はサイドブレーキを引き、ボンネットを開けたが、ひどい煙が立ちこめて、すぐに閉めた。そしてエンジンを切った。

「すまん、壊れた」

「いいさ、何か新鮮な経験だな」

「新鮮ってなんだ」

「いや、機械って壊れるんだなってことさ」

「そうだな」

「でも壊れるよな。普通、おれたちだって」

「人も一緒か」

「動かなくなるまでだろ。同じだよ」


そして空港まで歩くことにした。真っ暗だったが目標までは明るくて行けそうだった。

「どうする、おまえも来るか」

「ここにいても仕方ないから、空港から車を呼ぶよ」

「この車はどうする」

「このまま置いておくよ」

二人は車から荷物を出してまとめた。タイヤカバーに突っ込んで倉掛が背負って歩き出した。

「ところでさ」

「なんだ」

「他の国はどうしてるんだ」

「昔と変わらないさ、人が治めている」

「大丈夫か」

「おしなべてポンコツさ」

「何でゴットさまは分かるんだ。人のことをさ」

「ゴットさまは知っているのか」

「何をさ」

「人は壊れるって」


その時、花火のようにシュルシュルという音がして、目の前が真っ白になった。「どおやら三十年後とは今日だったらしい」、と倉掛は思った。「でもいいさ」、と倉掛は思った。

「おい、どうしたんだ」

十亀が倉掛の肩を乱暴にたたいた。

「え、どうしたって」

「たちくらみにでもなったか、青い顔をしてたぞ」

「大丈夫か」

「何がさ、俺はぴんぴんしている」

「いや、お前のことじゃなくてさ」

「なにいってんだ、時間ないんじゃないのか」

十亀が空港の方をみると、管制塔がまぶしく光り、軍用ヘリが離陸していくのが見えた。

何かの間違いさ、倉掛は自分に念じた。まさか、恐怖のためかとも思った。でも行くしかないと思った。

「すまなかった、いこう」

「なんだ、酔っぱらってんじゃないか」

「そおかもしれない」

倉掛はさっき見たことを忘れることにした。忘れることは大切だ、いつだって生きていくにはと倉掛は思った。



「形なんてどうでもいいのだよ、亀ちゃん」

ゴットさまは言った。いや、音が聞こえただけで実際にはしゃべったわけではないだろう。

「亀ちゃんはやめてもらえますか」

「ついでに名前もどうでもいいのだよ、亀ちゃん」

「じゃあ、何が意味があるんです」

「深遠な質問だな。ちょっと考えてみるよ」

ゴット様は考えはじめた。十亀は基地のなかのだだっ広い倉庫の中にいた。基地の中は騒がしかったが、電磁波によって無力化されており、真っ暗な中に待っているように衛兵に言われたのだ。

「その答えにはいろいろある。素っ気なく言えば、答えられない」

「いいですよ、別に」

十亀は体育座りをして、真っ暗な中に響くゴット様の声がどこから来るかを見ていた。最初に光りありきと言う言葉があるが、ここにあるのは戯れ言にすぎなかった。ゴット様は電気で動いていないらしい。電気を遮断された巨大な機械たちは間抜けな沈黙を続けた。


「俺を呼び出した件はどうなったのですか」

「ああ、心配いらない。万事うまくいっている」

「俺はどうしたらいいんです」

「ああ、心配いらない。万事うまくいっている」

「急に夜中に電話をかけて来て、すぐ来てくれっていって、これはないでしょう」

「ああ、心配いらない。万事うまくいっている」

「つまり、俺はいなくてもいいと」

「そうは言ってない。しばらく待機してくれ、いずれやることがある」

「俺は情報将校なんでしょ。準備が必要では」

「しゃべることはレクチャーする、心配ない」

「それまでやることはない」

「そこにいてくれ。事情が変わったのだ」

遠くで、エンジンがかすれた息を鳴らしていた。不細工なロバみたいだった。十亀に不安はなかった。だが、知らされないことになれていなかった。嘘でもだれか言って欲しかった。

「すこし、状況をおしえてもらえませんか」

いつしか外から朝靄がやって来て、倉庫を白く埋めていた。三階の高さの窓に、ヘリコプターのライトとドローのレーダーが飛び込んでまたたいていた。

「いえないことは別にいいんです。昔だってガセネタだって昂揚のためにみんなにいったもんです。今はなんにもない」

「どうしてか分かりますか」

「ぜんぜん」

「昔は筋肉が必要だった。今はモーターが置き換わった。単純な筋肉には洗脳が必要だったが、今はダウンロードでできる」

「つまりロボットが戦士だから、国民に知らせる必要はない」

「そうですね。国民に欲しいのは票です。税金です」

「金なんていくらでも作れるだろう」

「数字の並びを増やすのは容易いです。でも実がないです」

「つまり、よく分からないんだ。俺は頭が悪くて」

「世界は発展途上にある。格差が富を生むんです。戦いが発展させる」

「いつまで続くんだ」

「終わりなんかないです」

「終わりがないなんて、つらいな」

「あなたたちにはあります。私たちが作りました」

「六十才」

「そおです。人生前のめりにできるでしょう」

「うちの国だけだろう」

「世界がそうなります」

「なんで分かるんだ」

「そうすることに決めたからです」

「誰が」

「我々が」

「お前たちは何者だ」

「神です」

「機械だろう」

「神です。私が作りました。なので、壊せます」


バツリ。


目がくらむような光が点灯し、真っ黒なバンが十亀に突進して来た。目前でとまり、黒ずくめの男女が降りて来て、十亀を車に乗せて走り去った。十亀は車内でメイクを施され、台詞のトレーニングが始まった。滑走路の角に作られた記者会見場につく頃には、十亀はツルツルの頬をした情報将校になっていた。

小さく台詞を口ずさむと、カメラの前に立った。後ろには無数の砲台がそびえていた。落下するミサイルを迎撃するために開発された兵器だった。

「大丈夫、大丈夫」

十亀は思いこむことにした。ステージ立つ時は緊張しないようにそうしていたのだ。機械のように動くのだ。その方がきっとうまく行くから。



「ナオミ、いつものオムレツを作ってくれないか?」と倉掛が言った。ナオミは応答してオムレツにとりかかった。

 十亀と別れて、ここまで来るのは大変だった。本来なら家に戻って、装備を準備して脱出するので危険は大きくないが、十亀が、「倉掛、すぐに中央コロニーを脱出するんだ。三十年後にミサイルが飛んでくると予測したのは三十年前で具体的には三日後だ。南に逃げるんだ。それからこのことは誰にも言うなよ」と言うので、仕方なく十亀と別れた中央コロニーの軍用空港から直接逃げてきたのだ。

 夜になるのを待って、ゴルフ場を横切り、ひたすら海の方向に歩いた。国道のバイパスにたどりつくと、港に向かうトラックに飛び乗り、距離をかせいだ。そして中華街までたどり着いたら、予備の備品を保管しておいた甕から、偽の身分証明と現金と銃を手にして、真新しい服に着替えた。ここまでで二日が経っていた。そして今日、南のコロニーにいく船でここを離れるのだ。

 ナオミがオムレツとジンライムを持ってきたので、倉掛は話しかけた。

「ナオミ、デイビッドはいまどこにいるのかな」

 ナオミは通信を始めたのか動きが止まり、そして話し始めた。

「北のコロニーにいます。蟹の取引のために最近はそちらにいるのです」とナオミは言った。

 十亀は何も言わなかったが、中央コロニーと殲滅戦争をするのは北のコロニーだろう。でもディビッドに知らせるすべはなかった。ただ、デイビッドは確かアメリカ人だ。きっと助けられるだろう。人の心配をしている場合ではないと、倉掛は思った。

 ゴッドさまがミサイルが飛んでくると予測した、と十亀は言ったが、それは北のコロニーが発射したものとは限らないと倉掛は思っていた。始まりなど忘れてしまうのだ。ゴッドさまは何のために戦争を仕掛けるのだろう。倉掛にはさっぱり分からなかった。


 倉掛は十亀に別れ際、「お前はどうするんだ? おれと一緒に来ないか」と言った。しかし十亀は首を横にふり、「またどこかで会おう」とだけ言って軍空港に消えていった。

『歴史は同じことを繰り返さないが、韻を踏む』と歴史学者が言っていたと、十亀が一緒に飲んでいるときに言っていた。「同じようなことが過去にもあったに違いない。そして我々はそんなに変わっていない」とも十亀は言っていた。


 倉掛はバーを出て、港に向かった。波が白くたっていた。大きな客船だったが、きっと揺れるだろう。倉掛は船旅は好きだが、船酔いがひどかった。眠れたらいいと思ったが、多分無理だろう。

夜中に北に太陽が昇らないことを倉掛は祈っていた。こういう時に祈る相手が本当の神なのだろうと倉掛は思った。「そんなものがあってもいいじゃないか」と倉掛はいまは思っていた。しかし信じきれない自分を感じていた。


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