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桜嵐~古今東西人外異聞録~  作者: 堂宮ツキ乃
化け狐の嫁

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 謎の少年たちは諦めたようだ。山から気配が消えた。


 女狐が大きなキセルで黒い雲をつつくと、地上が近くなった。


 雲は土にふれると消え、女狐は裸足で地上に降り立つ。同時にキセルが指先で持てる大きさにまで縮んだ。


 歩くと、体の前で締めた帯の先が地面に擦れる。


(忌々しいのう……)


 先ほどの少年たちを思い出すと顔が歪んだ。


 化け狐退治目的の人間を見たのは久しぶりだった。しかし、あんな子どもは初めてだ。しかも武装までして。


 後ろで髪を結び、能天気そうな少年が持った立派な刀。自分たち人外が見ればすぐに分かる。あれには聖なる力が込められている。


 持ち主の清らかな魂が力を増幅させていた。あの場では抜くこともままならなかったようだが。


(よい……。そのままあきらめてしまえばよい……)


 女狐が草むらをかきわけると、三匹のキツネがお昼寝をしていた。


 油揚げのような色をした体とふっくらとした尾。彼女は唇を薄く開くと手を伸ばした。


 一匹のキツネが女狐に気づいて瞼を開ける。突然現れた人外に驚き、短く鳴いて仲間を起こした。


 キツネたちは怯えながら体を起こしたが、地面から伸びてきた黒い蔓によって手足をとらえられた。


 女狐は悲痛な鳴き声を上げるキツネたちに紫煙を吹きかけた。


 煙に包まれたキツネたちは体毛が黒くなり、つぶらな瞳は真っ赤に染まった。かわいらしかった鳴き声は獰猛で荒い息遣いに変わっていく。


 煙を振り払ったキツネたちは蔓を引きちぎり、女狐に向かって頭をたれた。


 彼女はしゃがみ、一匹の額にふれる。焼き印を入れたように細い煙が上がっているのに、キツネは痛がる様子を見せない。そこには十字型の傷が出来上がった。


「……昼間の小僧たちを探すのじゃ」


 女狐は十字傷のキツネの額に人差し指を当てた。キツネはおとなしく彼女のことを見上げている。残りの二匹は付き従うように一歩引いて控えていた。


 彼女は獣を操り、その獣を通して景色を見ることができる。この山のヌシから受け継いだ力の一つだ。


 彼女は少年たちの人相をキツネの脳内に送り込む。後ろで髪を結んだ少年、狼の尾のように髪を束ねた少年、白髪の少女のような少年、御空色の髪を高い位置で結んだ────


 薄く唇を開くとあごをしゃくった。











『今から甘味でも食べに行かないか? 二人で』


『お前は可愛いよ』


『今だって十分綺麗じゃないですか。旦那さんがうらやましいなぁ』


 成長するにつれ麗しさが増す細面。切れ長の瞳は皮が弾けた柘榴と同じ色。同年代の少年たちよりも高い背丈。


 京弥は幼い頃から甘い顔立ちと高身長を手にし、同年代の少女だけでなく親世代の女も虜にしていた。


 外を歩けば京弥に見とれる女ばかり。


『京弥君、好きだな……』


『あんなかっこいい人は他にいない!』


『旦那よりいい男だわぁ』


 誰といても必ず京弥が注目される。手を振ったり片目をとじてみせれば黄色い声が上がった。恋文も何通渡されたことか。


 マセた年上の少女に口づけを迫られたらいくらでも応えた。それからは口づけや抱擁の一つで女を虜にするのが一種の遊戯になった。


 中には京弥が誰彼構わず甘い言葉をささやくことを知ると、”私だけじゃなかったの?”と激昂する少女もいた。


 ”そうだよ?”と返せば泣かれるか火に油を注ぐことになる。それが原因で小紅の友だちを何人も泣かせ、以来彼女には心底嫌われている。


 小紅と言えば征司にベタボレだ。村の少女は誰も振り返らない男に。


 小紅は母親譲りの美しい桃色の髪を持ち、顔立ちも可愛いらしい。だが、心を開いていない相手には口調がキツくなる。


 征司は”小紅は人見知りだから警戒心を抱き過ぎているんだよ”と笑っていた。彼女のことを征司は、小紅の足りない言葉を補っていた。


 彼女がもっと多くの人と仲良くなれるように、誤解なく意思を通じ合えるように。


 そこが征司のいいところだ。そんな彼を好いてくれる小紅には感謝している。親友には幸せになってほしいから。


『征司はいい男だが……鈍感なのが玉に(きず)だろ。俺にしとけば?』


『絶対に嫌。あんたなんか大っ嫌い』


 甘い言葉をささやけば鼻にシワを寄せる。


 頑なになびかない彼女をからかうのがおもしろくてやめられなかった。


 しかし、それは村を出ることになって終わった。


 両親の仕事の関係で村や町を転々とするようになったのだ。


 京弥の両親は様々な土地で噂話を収集し、真実かどうかを調べては編纂して本にして出版している。その手が好きな若者たちの間で人気があるようだ。


 現在、両親は遠い村で静かに暮らしている。


 征司たちと幼少期を過ごした村で両親は、忠之に様々な伝承を取材していたらしい。


 京弥は十五で独り立ちしてからは旅を始め、知らない町や村を回っている。


 目的があるわけではないが、自分が知らない世界を知るのは楽しかった。


 旅の間も多くの女に声をかけられた。成長してからはますます見た目の良さに磨きがかかったらしい、と自負するほど。


 宿代に困った時は女が切り盛りをしている宿屋を探し、宿代の値引き交渉をした。もちろん自分の顔の良さを使って。

 

 そんなある時、運命的な出会いを果たした。






 その日の京弥は鹿子村近くの町をぶらついていた。


 ただ訪れるだけの旅に飽き、短期の仕事をしながら滞在するようになった。


 旅費を稼げるし、その土地の話を聞かせてもらえるのが面白い。


 いつの間にか両親がやってきたことと同じようなことをしている。ネタが集まったらいつか、旅を記録した本を出すのもありかもなと半分本気で考えるようになった。


 この日の仕事は髪飾り売りの手伝いだった。


 色とりどりのちりめん、美しい紋様が入った絞り染め、平たく編まれた組紐。それらで蝶々結びや花をかたどった髪飾りは、店主の一押しで流行らせたいらしい。


「君のその顔なら! ぜぇったいにおなごが近寄ってくるはず! 通りすがりのおなごたちにぜおすすめしてくれ!」


 癖が強い長い髪、ずり落ちた鼻眼鏡。奇抜な色の着物を着こなした女店主は熱く語った。


 いつものように仕事を探していたら、彼女に”君のような美形を探していたんだ!”と力強く手を握られた。いつも落ち着いている京弥が驚き、曖昧な笑みを浮かべることしかできなかったほど。


 店の入り口で呼びかけると、何人もの女が興味を持って近づいてきた。


 いくつか見本を持たせてもらっているので、女の頭に当ててやる。”もっと似合うのが他にあるはず”とほほえみかければ百発百中だ。見事に全員、店の中へ吸い込まれていく。


 たまには肉体労働じゃないのもいいな。己の見た目の良さを活かした仕事は、悪くないどころかかなりいい。


「人気作家先生の新作だ。どれも一点物だよ」


 店先で呼び込んでいたら、美しい少女が通った。


 正確には市女笠から垂らした薄布で顔を隠しているが、立ち居振る舞いが美しい。


 その後ろには同じ笠を被った女が二人。どちらもそれなりに年齢がいっているのだろう。背中がやや曲がっている。


「どうだいお嬢さん。見ていかないかい」


「あなたが持っているのが商品なの?」


「そうだよ。どれもいいだろ、ほら」


 髪飾りを手の平に乗せてやった。白い手だが、所々タコができているのが気になった。


 空いた自分の手を見ると、長年の剣道経験によるタコがいくつもある。はじめの頃はヘタクソで何度もマメを作り、それが破れては風呂でしみて泣いたものだ。


 箸より重い物を持ったことがなさそうだが、よく聞けば凛とした声は勇ましさを秘めている。


「可愛い! いいなぁ……」


 だが、髪飾りを見つめる姿と弾んだ声は年頃の娘そのもの。可愛らしい一面は京弥でも心惹かれるものがある。


「姫様、いけません。先を急がなければ」


「お(やかた)様がお待ちですよ」


 後ろに控えていた女たちが戒める。姫様と呼ばれた娘は、いたずらっぽい笑顔で後ろを向いた。


「いいじゃない。父上も分かってくれるはずだ」


 京弥は乗り気の彼女に手を伸ばすと、市女笠の布の境目に差し込んだ。


「どうだい、お姫様。店の中にはもっといろいろあるぞ。似合うのを俺が見繕ってやろう────」


 布をめくろうとしたら一瞬だけ見えた。秋の空のような薄い青と、くちなしの実のような鮮やかな黄色。


 その黄色が鋭くなったかと思ったら手をはたかれた。マメがある力強い手に。


「何をする!」


 気づいたら京弥は地面に尻もちをつき、彼女に見下ろされていた。


 一瞬の出来事過ぎて記憶が曖昧だが、彼女にどつかれた感覚がある。肩に鈍い痛みが残っていた。


(何が起きた……?)


 お姫様とは思えない力強さに信じられず、呆けてしまった。


「姫様! いくらなんでもやり過ぎです」


 京弥の母親よりも年上であろう女二人が、娘の行動を諫めた。


 彼女は拳を握って憤慨している。無理もない。京弥が無理やり顔を見ようとしたのだから。


「いや……俺が悪いんだ。すまなかった」


 京弥はゆっくりと立ち上がり、頭を下げた。


 娘はまだ怒っていたようだが、お付きの二人はすまなさそう眉を落としている。


「お詫びと言ってはなんだが、それはあなたに差し上げる」


 京弥は先ほど持たせた髪飾りを指さした。


「別に……よい」


 娘がフイッと顔を背け、布がさらりと揺れた。


 声に怒りがにじんでいるが、どこか嬉しさももれている。凛々しい娘だが、本当は可愛らしい物に目がないのだろう。髪飾りを離そうとしない。


 素直じゃないおなごだ。京弥の口元がゆるむ。


 娘の手に持たせたのは赤い打紐を蝶々結びにし、色違いの硝子玉をぶらさげたかんざし。


「綺麗……」


 彼女は日にかざしてかんざしを眺めた。硝子玉は陽光を受け、きらきらと反射している。


 かんざしをそっと持ち上げる白い手。無骨な手と言う男がいるかもしれない。しかし、京弥にはどんな白木よりも美しく思えた。


 空を見上げた時に一瞬だけ見えた、綺麗な空色の髪。腰まで届く長い髪をだんご状にし、かんざしを挿せばよく似合うだろう。


(綺麗なのはお前だよ……)


 京弥は娘の一挙手一投足に釘付けになっていたが、胸に痛みを感じた気がした。ジンジンと脈打つ静かな痛みだったが、次第に重く速くなっていく。


「こんなに可愛いかんざしは初めて見たよ」


 振り返った彼女と目が合ったような気がした。薄布が邪魔をしているのに。


 彼女のことをよく見たくて、布なんて透かしてしまえる能力がほしいとさえ思った。


 弾んだ声の甘い響きは京弥の鼓膜をなで、体中に染みていくようだ。


(なんておなごだ……)


 心臓を撃ち抜かれる感覚、というのを今この瞬間に初めて知った。重く鈍く、甘さが包みこむ。いつまでも感じていたい。


 彼は早鐘を打つ胸あたりの着流しを掴んだ。


「……あなたの色によく合うと思う。受け取ってもらえるだろうか」


「こんなに素敵な物、タダ(無料)でもらうわけには……」


「いいんだ。おなごに失礼なことをしたのは俺だ」


 京弥は背を向けると手をひらひらと振り、足早に店へ戻った。


 どれだけ甘い言葉をささやいても、とろける表情を向けてもなびかない彼女のことが胸に焼き付いた。


 これまで女と付き合うのは一種の遊戯だと考えていた。コイツは可愛いかも、と思っても本気で好きになることなんて一切なかった。


 封印してたつもりのない恋心の暴走は、自分なんかじゃ止められやしない。


 顔も体も熱い。心臓が口から飛び出そうなほど激しい鼓動を続けている。


 京弥は真っ赤な顔を手で覆うと、店の壁にもたれかかった。力が抜け、ズルズルと落ちていく。


 戻ってこない京弥を心配した女店主が様子を見にくるまで、彼はずっとへたりこんでいた。











「……俺にだって心から好きになったおなごくらいいるさ」


「はぁ?」


 鍛冶屋の帰り、突然つぶやいた京弥のことを菊光は不審な顔で見上げる。


「小紅から入れ知恵されているんだろ。汚名は返上しておきたいからさ」


「別にどうでもいいんだが……」


 菊光は細目で京弥を見た後、すぐに前を向いた。京弥の話すことに興味がないらしく、関心を示そうともしない。


(誰かを本気で好きになることなんてない、と思っていたんだがな……)


 菊光の高く結い上げた髪が、足を踏み出すたびに揺れる。


 揺れる髪先にふれたくなって手を伸ばしかけたが、威嚇されるのが目にみえているのでやめておいた。

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