その癖ってそっちの方だったの?
誰も教えてくれるわけがない。
あの壁ドンをした日から、一日経った放課後。
また、告白されている。
体育館裏で美紅先輩と女子生徒でお話していた。先輩がきれいに背筋を伸ばし、お辞儀していのを見て、おそらく振ったんだろうなと推測して、同時に大変そうだと思った。
……私が言えたことでもないけど。
体育館の角で様子を伺って、女子生徒が去るのを待っている。
すると、タッタッタとローファーで地面を蹴る音が近づいてきて。
やばいって思って、物陰に隠れて通り過ぎるのを待った。
しばらくして女子生徒がいなくなるのを確かめてから、美紅先輩の元に近づく。
先輩はしゃがみ俯き、顔を手で覆っていて、泣いてるように見えた。
「美紅先輩も大変ですね」
私を見て、また顔を隠した。
「あなたに何がわかるの」
「大変だって事なら分かります。毎日のように告白され、振って。メンタル持たないでしょう?」
先輩の隣に近づいて、座った。
今日は甘いピーチの香りがした。制汗剤でも付けたのかな? まあ、そんなことは置いといて。
「それ、あなたも告白してる側なのによく言えるわ。自覚無いの?」
若干言葉にトゲがあった。まるで小さいバラのような。
「自覚はありますよ。だから早く終わらせ――」
瞬間、ドンっと肩に衝撃が加わる。
何があった? あれ? 視界が――。
背中は鉄板のようなものに熱せられ、熱い。このゴツゴツした感触は地面……?
――もしかしなくても、押し倒された……?
いやいやまさか。あの先輩がそんなこと。
今の体勢を確認する時間もなく、無造作に触られる。
すると、先輩は前屈みに倒れてきて、何かされるのかと思った私は目を瞑った。
――その瞬間。
「あなたのせいよ」
全身にザワザワと電気が走ったような感覚に襲われて、何故か気持ちよく感じた。
休む間もなく、お腹の下あたりにさわさわと触られ、意志とは関係ない声が出てしまう。
「ちょっ、ちょっと」
「ふふっ、かわいい」
お腹に美紅先輩の手で、くるくると撫でられる。
「私も、あなたが好きよ」
再び囁かれた。そして、耳に直接柔らかい唇が、温かい吐息もあたっている。
急に……何を言って、何をしているの。
意志では発していない、声が漏れる。息が熱い。
思考が定まらなくなる。
それから追い打ちをかけるように美紅先輩は。
口元に人差し指でなぞってきていて、くすぐったいだけど気持ちがいい……そんな感覚に陥る。
この手の動き、どこかで……。
「結愛ちゃん、前、見て」
恐る恐る目を開けるとそこには。
熱く、荒い吐息。内側から照らされているかのような、輝いた赤い瞳。長いまつげは輝いて。長い髪は私の横に落ちて。
それを見た私は、とても火照ってしまい熱かった。
……きれいだ、と思った。
楽譜の休符を現すように少し間が開く。
美紅先輩は口角を少し上げ、微笑んだその瞬間――。
「ん」
息ができない。苦しい。
キスってこんなに甘くて、苦いんだ。
なにもかもチョコレートのように溶けて、私という原型がなくなってしまうんではないかと思った。
胸が脈打ち、ドクドクと心臓が高鳴っている。
様々な感情が入り乱れたキスは、複雑な味をしていて思考をかき回した。
……気持ちいい。このまま沈んでしまいそう。このまま快楽の海に落ちてしまいそう。
でも、何か違う。こんな歪んだ感情のキスなんて私好みじゃない。
正気に戻った私は、力ずくで先輩を起こす。
「なにやってるんですか⁉ こんな場所で」
でも、身体は正直だった。
呼吸は乱れていた。胸も苦しい。体は酸素を欲していて速い速度で取り込みはじめる。
美紅先輩の顔を見ると、なぜか悲しそうな顔をしていた。
頬は桃のようにほんのり赤く、呼吸も乱れ、汗も少し出ていて艶やかだった。
「今回は……抑えられなかったわ。毎回結愛ちゃんが可愛すぎて。いつも自制してるんだけどね」
美紅先輩は自分の口元に手を当て、なぞっていた。
この手の癖ってまさか、そっちの方だったの……?
キスされた唇に手を当てて、私は立ち上がれずにいた。
グミよりも柔らかかった唇、熱い身体。そして甘いピーチの香り。
どれも刻まれたように、感覚が残ったまま。
「結愛ちゃん、とてもおいしかったわ。ありがと」
踵を返すように、スカートをなびかせローファーを楽器のように鳴らして帰っていた。




