恋は戦闘
私の恋が、放課後の町を走り回る羽目になった理由、どこから述べたほうがわかりやすいだろうか。
やはり恋愛神の存在は外せないだろう。
今から三年前にそいつは現れた。
「私は神。恋愛を司る恋愛神である」
自称神はあらゆる顔が写るものに対して世界同時に時差なく現れた。日本っていうか私でいえば学校にいく前の朝って時間だった。
それはまさしく神の所業に他ならなかった。でなれけば超技術。だってさ、本当に顔が写るものなら何でも恋愛神の顔が現れたんだもの。テレビ、スマホ、鏡、トイレの水が溜まるあの部分ですらも。びっくりして3日ぶりの便意が引っ込んだの、私まだ許してないからな。あの油断したらすぐにも忘れ去りそうな凡庸な顔を。
困惑する全人類に向けて、恋愛神はのたもうた。
「私は“恋する純粋な心”を力に変える」
たったその言葉だけ残して恋愛神は掻き消えた。意味わかんないよね。
当時は集団幻覚が疑われた。もちろん、全世界の全人類が同時に幻覚にかかるなんて有り得ない。だってさ、その時間に寝てた人は、その夢に恋愛神が現れて、まったく同じ内容を喋ったてんだから、幻覚は有り得ない。
でも、わかるよ。幻覚だってことにしたかったんだよね。意味わかんないし。でもそれは残念ながら夢でも幻でもなかったんだ。
異変はこれまた全世界で報告された。
そうだな、私が一番最初に見聞きした事件は、交通事故のニュース。歩道に突っ込んだ車にひかれた女子高生が傷一つなかったってやつ。その車はぐっちゃぐちゃだったのに。
もちろんこの一件だけならさ、奇跡ーとか偶然ーで済ませられたんだろうけど、似たような事がぼろぼろ起こりはじめちゃったんだよね。
最初の頃で一番驚いたのはやはりあれかな、銃弾弾いたってやつ。
おかしいのはさ、みんながみんな直感しちゃったんだよね。あ、これ恋愛神の仕業だって。すんなり腑に落ちたというか、そうなんだろうなって感想が植え付けられた感じ。
私は今でも忘れていない。助かった女子高生のインタビュー。
「私、恋してたから助かったんです」
本当にさ、むちゃくちゃな奴なんだよ恋愛神は。本当に恋する想いを力に変えやがったんだ。
それが一体どんなことなのか、私達人類はこの三年で思い知ることになる。
どんなに抵抗したって月曜日は来るように、私達は受け入れるしかなかったんだ。
話を今朝に戻そうか。今日は快晴、週始めのバレンタインデー。私はクリーニングから卸したばかりの制服を着て、通学路を歩いていた。そんな爽やかな陽光が降り注ぐ住宅街に一喝が響き渡る。
「小童ぁ!」
あのドスのきいた叫び声は私の大親友、桃香だ。いやね、普段はご尊顔に相応しいもっと可愛いらしい声なのよ。ただ、なんでだろうね、テンパるとああなっちゃうの。でも私は別に気にしない。どんな一面があろうとも受け入れるのが親友よね。
手にしたプレゼントらしき物ごと、桃香に告白した名も知らぬ男子がホームラン軌道を描いて失恋の空へと飛んでゆく。今年も盛大じゃのう。
「楓花ちゃん、おはようございます」
今し方、凄みを煮詰めたような声を放った人間とは到底信じられない超絶美少女、桃香が私に微笑みかける。控えめに言って彼女は天使だ。さらに才色兼備、文武両道、おまけに実家は超がつく大金持ち。おい与え過ぎだろ、天、加減しろや。
そしてなによりも、恋愛力を極めた世界百傑の一人。
そう、恋愛力。この頭が痛くなりそうな単語はもはや世界の常識だ。
すげー簡単に言うと誰かに恋する気持ち、それが物理干渉する。
ただし、人を始め生き物は怪我はしない。だからさっき空を飛んでいった名も知らぬ男の子も無事だ。学校には遅刻するだろうけど。桃香も残酷よね。反対方向に吹き飛ばすんだから。
そう、そんなに吹き飛んでも怪我はしない。ただ心が折れる。さっきの男の子で言えば、桃香の事を好きな気持ちが失われるのだ。嫌いになるとかじゃない、無関心になる。これは恐ろしい。どれだけの間無関心になるのかはデータがない。永遠というわけでもなさそうだ、ぐらいしかわかっていないのは、まだまだ研究が始まったばかりだから仕方ないよな。
まぁ、いい面もある。いわゆる振られた腹いせ的なものがなくなった。
逆恨みされないとはいえ、今日も派手に飛ばしたねぇ。
「お恥ずかしいところをお見せしました……」
しっかし天下の美少女、桃香様に挑もうなんて無謀な男だ。
「そんなこと……。今日はイベント日じゃないですか」
恋愛力は一途で純粋であればあるほど高まるが、もう一つ高まる要素として恋愛イベントがある。面白いもんで、社会人はクリスマス、学生はバレンタインデーでより高まる傾向があった。
私達はもう少しで卒業する。彼はその前にブーストに期待して挑んだのだろう。こういう奴多いんだよねー。ま、恋愛力で想いが通じればその相手が自分に“ドキドキ”するようになる。
それにしてもなんでこんな完璧美少女桃香が、一般人代表みたいな私なんかとつるんでるんだろ? だってこの子の親、学校にヘリポート作ってヘリ通学させようとするくらいぶっ飛んでるんだぜ? 結局使わないで私と歩いているけどさ。私ならヘリ一択。
「だってヘリだと五分かからないのよ。そんなのもったいないわ」
はあ、よくわからんが……。
「それより今日はね、楓花ちゃん。私、特別な日になる予感がするの」
特別、ね。
「楓花ちゃんは覚えてない? あの十年前のバレンタインデー……」
十年前っていうと、純粋無垢な小学三年生やん。四年生にあがる直前の。あは、全然覚えてないや。あの頃は復刻したビック○マンチョコのシール集めるのに夢中だったし。あれびっくりするくらいまわり誰も集めてねぇの。あのちっちゃいシールに精巧に描かれた鎧の良さが分からないなんて世も末だね。私が大人になった頃、絶対価値上がる。
「ほら、クレオくんっていたでしょう?」
あーあーいたような、そんな名前の男子。
「ボクの分のチョコがないって騒ぎはじめたことがあったじゃない?」
そうだった、そうだった。当時のクラスには女子は男子全員にチョコあげるべきみたいな糞そのものの風習があった。でも桃香はきたばかりの転校生。そんなもん知るわけないからまだ数少ない女友達の分しか用意しなかった。それでクレオくんが平等じゃないとか不公平とか責めはじめたんだ。いるよねー、わけわかんねートンチンカンな屁理屈を大声でいって我を通そうとする馬鹿。
「その時助けてくれたのが楓花ちゃん。『平等ゥ?、不公平ィ? この世の真理は弱肉強食! チョコが欲しけりゃお前、私を倒すんだな』。そう言って楓花ちゃんは私が用意した手作りチョコをとても美味しそうに食べてくれたの、全部」
ウッソー、私もうちょっとお淑やかに注意シテタヨー。『ちょっと男子ー』とかくらい。
「一言一句覚えてる。私、感動したの。女の子って強くていいんだって」
さいですか。まあ、そのあと殴りかかってきたクレオくんに当時開発してたスーパーコンボで返り討ち決めたから、親と一緒に謝りに行った記憶。ウルトラ黒歴史じゃん、忘れてくんねぇかな。
「今日はね、その日みたいな私にとって特別な日になる。そう確信しているの」
そうこう思い出に浸る通学路、新たなる告白者が闖入してきた。さすが聖ウォレンティーヌスの祝祭日。恋愛力高まるこの日は逃せぬか、片思いの兵たちよ。
「拙者、姓はコクマイ、名はガイと申す! いざ! 告白参る!」
あのさぁ、桃香は別に時代劇好きってわけじゃないのよ? ただテンパると口調が時代がかっちゃうだけで。誰の影響だろね。何にせよリサーチ不足、減点!
なんて私に採点されてることなんて露知らずのコクマイ某は恋愛力で槍を生成した。ほう、やるじゃん。恋愛力ではっきりとした形を象るのはなかなかの恋愛強者だ。本当に桃香の事好きなんだね。
そう、恋愛力は形に出力することができる。普段は身体の周りを薄ーく覆い、バリアのように恋愛力の強さに応じて守ってくれている。誰がに恋いする力が強ければ銃弾すら弾くのは前述した通り。
そして恋愛力を好きな人にぶつけた時、どれだけ好きかの想いが伝わるのだ。
え? じゃあ一方的な想いをぶつけて相手にドキドキしてもらえるなんて洗脳じゃないかって?
あー違う違う。恋愛神はそんな甘い奴じゃなかったんだよ。
「リンドウ流恋愛槍術、一点突破!」
ほう、おまけにリンドウ流とはなかなか。今度の挑戦者は恋愛術を学んでおるな。おまけに槍の先端部分には○ディバの高級チョコレートまであるではないか。推定一万か!? 奢りなら喰いたいぞ!
「一点突破ぁ!? 笑止千万!」
ほーらまた可愛いらしい桃香の口調が侍ちっくになってしまったじゃんか、コクマイおめーのせいだかんな。
そこそこ恋愛強者だけど、相手が悪い。なんたってあの桃香よ? 大学生百人飛ばしの伝説を知らぬのか、お主! 普通知らねぇよな、今私がつくったんだし。
恋愛力で生み出された装飾ゴテゴテのピンクの槍は桃香に当然突き刺さってはいない。その手前で薄紅色の透明なオーラに阻まれていた。これが通称“無関心の壁”
「恋愛エクステンション!」
桃香が右手を天に突き上げると、キラキラした光と風が桃香の全身を包み込む。それはさながらアニメの魔法少女の変身シーンだ。そのものと言っていい。ま、桃香の変身後のデザインはどう間違ったって日曜日の朝には流れないだろうけど。
光と風が晴れた後に出てきたのは完全武装の鎧武者だった。全身蛍光ピンク。ご丁寧に鬼の形相の面頬まで装備して可憐な桃香の顔を隠している。
ねぇ桃香、あんたのどんな闇がこんな武装を生み出したの? あたしゃ友として心配だよ。
ん? ああコクマイ君? とっくに空の旅を楽しんでるよ。“無関心の壁”に阻まれた時にね。
そう、どんなに強い想いでも相手がなんとも思わなければ弾かれちゃうんだよね。恋愛力の多寡が関係あるのは身体能力、物理耐性だけで、後は『どれだけ好きか』を伝えるだけ。
想いが伝わって、『この人いいな』って思った時、はじめてドキドキするようになる。
にしても鎧まで出す必要あった?
「私が鎧を出すのは本気の時と、数が多い時です」
気がつくば桃香に群がろうとしてた男どもが空に打ちあがった。
桃香の鎧には物理特性『雑魚接近禁止』があるんだった。
ようやく学校に着くと、今度は校庭でなんとかオブザデッドの始まりだ。
巨大な蛇のような女の子の大集団が、一人の男子高校生を追いかけている。
その高校生はなにを隠そう私の幼なじみで、その、す、す、好きな人、シュージだ。
今の光景はもちろん告白の現場なんだけど、桃香の時とは勝手が違う。
寸での所で相手の恋愛力をのせた攻撃(告白)を避けているのだ。フィギュアスケーターがリンクを踊るように、華麗な舞で女の子達を次々といなしていく。
ついた渾名が“氷上の貴公子”。ちなみに桃香は“鬼武者”です。
あいつ、顔整ってるし、いつの間にか私より背高くなったしな。鼻水垂らして私の後をついてくるようなガキだったのによー。
でもこのやり方には批判もある。想いを受け止めていないから、無関心にならない。だから諦めきれない女の子達がいつまでもシュージを追いかけまわしてしまう。つーか校庭でそんなに暴れるんじゃねぇ!
モテを演出しているとかいろんな陰口叩かれているけどシュージはこの方法を止めない。それはシュージの優しさ、そして恐れだ。
私とシュージにはもう1人幼稚園時代からの幼なじみがいた。本当にいつも一緒に馬鹿やってた。桃香が加わってからは四人でよく遊んだよ。でもさシュージは美形とは裏腹に致命的なくらい鈍感で恋愛に興味がなかった。
まだ恋愛神が現れて間もない頃、その幼なじみがシュージに告った。まだ恋愛力がなんなのか、よくわかってない時期に。
“無関心の壁”は無慈悲だ。『友達としては好き』じゃ“壁”が発動してしまうんだ。
幼稚園から続いた私達の楽しい時間はあっさりと終わりを告げた。
それ以来シュージは誰とも連まずたった一人で踊り避け続けている。
でもさ、シュージ。それは恋愛神のことがなくても当たり前の事なんだよ。恋愛神はいつか私がボコるとして、人と人との関係は時間ともに変化してしまうんだ。悲しいことだけど、ずっと同じじゃいられない。それが自然なんだよ。
ごめんな、シュージ。私は曖昧なままじゃいられない。だから今日、私はあんたに告る。この気まずいだけの関係に終止符を打つ。例え恋人になれなくても、神様が決めた事であっても、私達はいつかまた笑いあえる。
桃香もまたシュージに面貌の奥から視線を注いでいた。
だよね。百傑に選ばれるほどの恋愛強者で美少女の桃香が恋人を作らない理由。桃香は優しいから遠慮してたんだよな。でも大丈夫。どっちがシュージの恋人になったって、あるいは二人とも駄目でも、私達はずっと親友さ。でもそろそろ鬼の面は外してくんねぇかな、こえーよ。
放課後。
シュージは授業終了と同時に窓をぶち破り、三階から校庭へと飛び降りる。その後をゾンビ映画よろしく女子達が続く。完全に壁が破られた時のゾンビじゃん。ロメ○御大もビックリだぜ。
なんて余裕かましてる場合じゃねえ。
「楓花ちゃん」
向かおうとする私を呼び止めたのは、もちろん桃香だ。
桃香、どっちがシュージの恋人になってもなれなくても、私達はズッ友だよ。
「シュージくん? 私、あんな男に興味はないわ」
あんな男て。私の想い人だよ。
いやまてなんか雰囲気おかしいぞ。
「見て、この手作りチョコ。ジャン=○ール・エヴァンを呼んで、監修させながら作ったのよ」
ショコラティエ界の法王呼んじゃったのかよ……。どんだけ金持ちなんだ。
「食べてよし、身体に塗りあいっこもよし……」
おいどうして私へにじり寄る? 私の趣味に塗りあいはねぇぞ。つーかそんなことしたら監修したジャンがむせび泣いちゃうだろ。
「十年前のあの日から、ずっと楓花ちゃんが好きでした。私と付き合ってください」
じょ、冗談ダヨネー?
「冗談!? この恋愛力が冗談に見える!?」
桃香の右手が天を突く! やべーこの女本気じゃねぇか、仕方ねぇ!
「恋愛エクステンション!」
その言葉は桃香の愛らしい唇からだけ放たれたものじゃない。なにを隠そうこの私の腹の底からもまろびでた。
「きゃー楓花ちゃん! か、わ、い、い~!」
まっきいろな歓声はもちろん桃香からあげられた。おいおい足をバタバタさせるんじゃないよ、ガッシャンガッシャン床にヒビ入ってんじゃんか鎧武者ぁ。ちなみに恋愛力武装の余波で天井は屋上ごとなくなった。先生! 怪我人はいません、校舎の弁償は桃香がします!
かく言う私の恰好は、ふりっふりのふわふわだ。すいませんこんな私ですがジャンルは甘ロリです。
「楓花ちゃん、あとで8K撮影会ね」
ふざけろ、こんな姿を地上波より鮮明に記録されてたまるか。
「やっぱり隠してたんだぁ恋愛力、この私にも。ドローンも10台は用意しなきゃ」
こんなところで披露する気は私にもなかったよ。でも恋愛力で武装すると身体能力が爆上がりするからな。対抗しなければ一方的に想いをぶつけられてしまう。あとドローンそんなに用意してどんなアングルで私をせめるつもりだよこいつ。
「あ、いいのいいの。別に責めてるとかじゃないの。私も一緒だから」
なにが!?
「これ全力じゃないから」
桃香の突き出した掌に光が集まり、武器が顕現化する!
「百合棒」
アウトォォォ! そのネーミングセンスアウトォォォ
つーか見た目まんま金棒じゃねぇかYO! そんな凶悪な棒を神聖な学びやで振り回す気かYO!
「ふんぬらばぁ!」
美少女にあるまじき叫び声とともに百合棒が薙払われる。
あはれ、まだ教室にすみっこぐらししてた桃香狙いの男どもが、その一振りの余波だけで空の彼方へ消えてゆく。所詮モブ男には手の届かぬ高嶺の花よ! 供養はせぬがせめての情け! ま、死んじゃいないしさ。
なんて言ってる場合じゃねぇな。マジやべーよ。ねぇ桃香、あんたの愛私には重すぎるみたい。いままで通り親友でいよ? そのチョコレートは友チョコとして分け合お? 来日したジャンのためにも。
「楓花ちゃん、私の想い、避けちゃうんだぁ」
そう私は避けた。当たらなかったにも関わらず桃香はさも嬉しそうに笑う。
「それって受けたら危ないってことですよねー?」
図星だった。桃香の私を思う気持ちは本物だ。こんな美少女に強く想われて嬉しくないはずがない。食らったら私は恋に落ちるだろう。でもな桃香。
私は幸せにしてもらいたいんじゃない。この手で幸せにしたい男がいるんだ!
その一言にキュンときた桃香の隙をついて私は崩壊した校舎からぴょんと飛び降りる。
慌てて追いかけてくる素直な桃香。甘っちょろいぜ。
そのまま勢いよく校庭に着地する桃香に、理由は知らねーけどよく校庭によく生えてる木に掴まる私。
桃香よ、私が準備しない女と思ったら大間違いだぞ。宿題はしなくても、『修学旅行 教師 欺く プラン』はチャットAIが泣き言出力するまで調べるぞ。
隠してたボタンをポチッとすると、前日から仕込んだ爆弾が炸裂し校庭の大部分を陥没させた。
はっはー! わりぃな桃香、シュージ狙い女用の罠だったけどしばらく埋まってなぁ! ダメージはないにしても時間稼ぎにはなるだろ。
「恋愛エクステンション! ローラーブレードスタイル!」
私は恋愛力で足にローラーブレードを具現して降り立つ。
シュージも無事だ。あいつも運動神経はかなりいい。
私の考えた最強のローラーブレードは地面を削る度にソニックブームを撒き散らし、落とし穴にはまらなかった女どもを吹き飛ばす。
ふん、恋愛雑魚どもが。その程度の実力で私の前に立つんじゃねえ!
私の曇りなき眼はついにシュージをロックオン。
「シュージぃぃぃぃ! 私の言いたい事はわかるよなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
オッケ、みなまで言うな。私だって反省してる。これじゃ告白じゃなくて恐喝だ。
でも、いまや大恋愛力時代。言葉じゃなくて行動が全て。私はこの行動に魂を懸ける。
その告白をシュージは避けない。ちゃんと私の想いを受け止めてくれる。私にはその確信がある。
でもさ、ほら、万が一ってあるじゃん。
だから私はあくまでも念のため編み出しておいたんだ。不測の事態に備えるのはできる乙女のたしなみ。おい、念のためっつってんだろ。
私はローラーブレードを解除して大地を蹴り最後の加速をする。その先にはもちろんシュージ。
独身の夜を数えろ! いまや私の拳は光を超える! 時すら止める! これぞ!
「スターライトフィニッシュブロゥ!」
やったか!?
のらりくらりとかわすシュージの舞に私が出した解。
それは避けられぬ拳の連撃。
拳の連続殴打の風圧で舞い上がった砂塵がシュージの姿を覆い隠している。しかし手応えは確実にあった。
拳にスピードを乗せるためには効率よく身体を連動させなければならない。即ち下半身の粘り、腰の回転、そこから肩、肘、最後にインパクトの瞬間に拳を固める。コンマ1の狂いも許さない完璧な身体操作が拳に高速をもたらし、そこに恋愛力を上乗せさせれば光速を破る。
私は身体操作に恋愛力をスムースに上乗せることに一年費やした! 危うく留年するところだっだぜ。
厳しい修行の日々のフラッシュバックが止んだとき、ついに砂塵が晴れてシュージが姿をあらわす。
「いつの頃か、楓花、お前の気持ちに気づいてた」
馬鹿なまるで無傷だと!?
「その気持ちは嬉しいよ。でも、でも僕は」
高まるシュージの恋愛力、まさか!
「僕は桃香ちゃんが好きなんだぁぁぁぁぁ」
はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
おまっ。
はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
幼なじみは負けフラグは都市伝説だろうが!
お前現実みろよ! 結婚相手の馴れ初めはだいたい幼いころからのご学友エピソードから語れるって親戚のおばさん言ってたぞ!
いや、現実を見なきゃいけないのは私のほうか。てことは。
あれ? これ私、ふら、ふられ、ふ、ふ、ふ!
私は今一度大きくコンクリの大地を踏み砕く。衝撃に下水道の水が噴水の如く吹き上がり、校庭外近くの通学路のマンホールというマンホールの蓋が一斉に弾け飛んだ。
この程度で私の恋が終わると思うてか!
そう、シュージの恋人になれなくてもいいと言ったな、あれは真っ赤な嘘さ! 負け戦とわかって挑む馬鹿がどこにいる!
私はひかない! 折れない! 諦めない!
「私は今までの恋心を否定しない!」
ぶっちゃけ叫けんだ内容に意味はない。会話になってないし。
でも恋とは言葉ではない。利他なる心。そうだろ恋愛神! この男を幸せにするのは、幼なじみたるこの私。
恐らく、私の想いは恋愛神に引っかかった。純粋な想いが恋愛力で物理的に結実し、明確な形となりてヤコブの梯子とともに天から私へと舞い落ちる。おおそうか、恋のライバルは例え親友でも遠慮は無用ということか。いや、桃香は兄じゃないし私が欲しいのは家督じゃないんだけど。
神々しい光を伴って顕現した大きな剣は聖剣“約束された幼なじみの勝利”。
私は握った瞬間に悟る。これを喰らって落ちぬ男は絶無! つまり振り下ろせば私の勝確! みろ、奴(想い人)の顔も恐怖に歪んでおるわ。
「往生せいやぁぁぁぁぁー!」
裂帛の気合いともに振り下ろした大剣は、火花伴う轟音とともに差し止められた。
「格好良かったわ、楓花ちゃん。惚れ直すほどに。いえ、惚れ増すほどに!」
おぃぃぃ! これを受け止めちゃうのかよ、桃香ぁぁぁぁぁ!
落とし穴から脱出してきた桃香は百合棒で私の聖剣を受け止めていた。さすがに金棒は今にも砕けそうにボロボロだ。
「今、私に新たな力が芽生える!」
桃香の叫びともに大剣を防いでひび割れた金棒は脱皮のこどく表層が剥がれ落ち、そこに新たなる武器が姿を現した。
「私の想いの結晶! 聖槍“御百合杵”!」
柄も刀身もとにかくクソなげぇ槍に私の“約束された幼なじみの勝利”がはじかれる。
「この槍は防御不可よ楓花ちゃん。私の想いは必ずあなたのハートを貫き通ぉす!」
なんてアブネーもん生み出しちゃってんだこの女。そんな危険なシロモノぶんぶんバトンみたいに振り回すんじゃないよ。
「お覚悟!」
覚悟なんぞ完了してたまるか、私の狙いはあくまでシュージ。
て、あれ? 肝心のシュージは?
「さっきの衝撃でコロコロと転がって行きました。軟弱な男」
私の想い人をそんな風に言うんじゃないよ。いや転がってっただと! それを早くいえ~。逃がすか、シュージぃぃぃぃ!
「あ、お待ちなさない楓花ちゃん!」
そして、今に至るのよ。私は聖槍振り回す桃香に追われながら、大剣ひっさげてシュージ探して東奔西走してるってわけ。
あ、言い忘れてたんだけど、誰か恋愛神見かけたら教えてくんない?
ちょっと100発くらいストマックパンチぶちかまさないと気が済まないからさ。