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二十二話 それぞれの道

 ディーンがメイベルと結婚したことで、先代王はホッと胸をなでおろした。

 しかし、王であるジョージはそうはいかない。

 二人の結婚式にも臨席していたジョージは、焦りを募らせる。

 魔力量の少ないジョージが愛して結婚した正妃は、同じく魔力量が少ない。

 それに比べて魔力量の多いディーンが愛して結婚したメイベルは、同じく魔力量が多いのだ。

 先代王がいくら魔力量にこだわるなと言っても、従う臣下ばかりではないだろう。


(目が見えるようになったディーンを、王の座に近づけたい勢力が出てくるのではないか?)

 

 これまではディーンの目が見えないからこそ傲慢でいられたジョージ。

 しかし、このままでは王の座は揺らいでしまう。

 自らの地位がおびやかされて初めて、ジョージは自分勝手な考えを止めた。

 アバネシル皇国にいい顔をするだけではなく、渡り合えるような王になろうと己を叱咤し善政を目指す。

 臣下の意見をよく聞き話し合う姿が、それからは見られるようになったという。


 ◇◆◇


 ディーンの目が見えるようになったと聞いて、クラリッサは喜んだ。

 だが続けて、ディーンがメイベルと結婚したと聞いて激怒した。

 

「どうして!? どうしてなんですか、お父さま!? ディーンさまの目が見えるようになったのなら、また私と婚約を結び直してくださるはずでしょう!?」


 クラリッサは、父親のホイストン公爵に詰め寄る。

 婚約の解消は一時的なものだと聞いていた。

 クラリッサが他の令息にエスコートをされてパーティへ遊びに行けるように、取り計らってくれたのだと思っていた。

 ダンスや遊行は魅力的だが、ディーンほど美しい男性はいない。

 クラリッサは手放したくなくてごねた。

 

「まさか、また目が見えるようになるとは思わなかったんだ。そうと知っていれば、婚約の解消などしなかったさ」

「だったら今からでも! なんとかしてください!」

「それがそうもいかない。お前にはもう、新しい婚約者がいるんだ」

「なんですって? 新しい婚約者?」

「そうだ、アバネシル皇国の公爵だ。ちょっと年上だが、爵位も申し分ない」

「アバネシル皇国の公爵と言えば、お母さまの甥でしょう? 私の従兄でしょう? ちょっと年上って、12歳も上ではないですか!?」

「大したことはないだろう? ただ、面食いのお前には申し訳ないんだが……」

「知っていますわ!! 従兄がダンスも出来ないほど太っていることくらい!! どうしてこんな婚約を取り決めてしまったのですか!!」

「お前にとっても都合がいいのではないか? この国にいて、仲の良い王弟夫婦を見て悔しがるよりは、アバネシル皇国に嫁いだ方が気がまぎれるだろう?」


 とってつけたような言い訳をするホイストン公爵を、クラリッサはぎりぎりと奥歯を噛みしめ睨みつける。

 どうあがこうと、クラリッサは嫁がされる。

 これは決定事項なのだ。

 クラリッサは離宮の庭で見たメイベルを思い出す。

 何の取り柄もない、暗いだけの令嬢だと見下したのに。

 今ではクラリッサよりも高い地位にいる。

 

(負けたのだ。私は、あの令嬢に、負けたのだわ)


 そして、笑って虹を見ていたディーンの顔を思い出す。

 一目で好きになった。

 あんなに美しい人を見たのは初めてだった。

 ぼろりと大きな涙がこぼれた。

 それは悔し涙だったか、悲しみの涙だったか。


 ◇◆◇


 メイベルが無事に結婚できたことで、リグリー侯爵は浮かれていた。

 ずっとメイベルをお荷物だと思っていたが、とんでもなかった。

 見事、リグリー侯爵家と王家の縁を繋いでくれた。

 これで侯爵家としても体面が整ったというものだ。

 ところがそこへ、もうひとつの悩みの種が通りかかる。

 髪の色と瞳の色を変えて、またしても邸を抜け出そうとしているシェリーだ。


「監視をしているメイドはどうした!?」


 リグリー侯爵の驚いた声を聞いて、シェリーはビクッと肩をすくめた。

 そして声の方向を確かめると、反対に向かって廊下を走り出した。

 今まで甘やかしてきたつけが、まとめてやってきていた。

 リグリー侯爵の言うことなんて意にも介さない、とんだ跳ねっかえりに育ったシェリー。

 人の迷惑を顧みず、自分の欲望に忠実で、ひたすら騒動ばかりを起こす。

 リグリー侯爵もついに匙を投げた。


「ええい、もうこうなったら誰でもいい! 婿を取るぞ! シェリーの手綱を取れるだけの婿を!」


 さっさと婿を取らなければ、碌なことにならないと悟ったリグリー侯爵は、条件をかなり下げてシェリーの婚約を見繕う。

 逃げてばかりで反省をしなかったシェリーは、気がつけば家に知らない人がいて、あれは誰だとメイドに聞いたら「シェリーさまの旦那さまです」と言われて、真顔になるまであと少しだった。


 ◇◆◇


 マシューは国境の砦から、白く輝く雪山を見上げていた。

 夏も近づいているというのに、山の雪は解ける気配もない。

 ここでは誰の目も気にすることなく、茶色のマフラーをつけていられる。

 そのことがマシューは嬉しかった。

 魔法剣士だったマシューは、魔法師団長のもとで新しく中隊を預かる中隊長となり、国境警備の仕事を任されていた。

 北の砦の先には、ウィロビー王国とは国交のない国がある。

 近々、きな臭い動きがありそうだから、ここの見張りを強化せよとの王弟命令だ。

 だが魔法師団長からは、マシューが抜擢されたのは、概ねディーンの嫉妬だろうと言われた。

 短い間ではあったが、メイベルの元婚約者だったマシュー。

 そんなマシューに、ディーンはわずかたりとも妻のメイベルを近づけたくないのだ。

 だから物理的にマシューを北へ飛ばした。

 ていのいい、中隊長という身分を与えて。

 本当はマシューでなくてもよかったのだ。

 マシューも、魔法師団長の言うことが真相かもしれないと思っている。

 一度だけ会ったディーンは、それはそれは暗い瞳をしていた。


(誰があの緑目を常緑樹に例えたんだ? 魔界の沼のように澱んでいるじゃないか……)


 そんな目に射られたのだ。

 敵対視されていないと思うほうがおかしい。

 メイベルとディーンの仲が、睦まじいことは聞いている。

 マシューが北の砦にいることで、ディーンの嫉妬心が治まるのなら、お安い御用だ。

 ふうと息を吐くと、マフラーに包まれた顔に熱が伝わる。

 このマフラーと思い出があれば、それでいい。

 マシューの気持ちはどこに居ようと変わらない。


 ◇◆◇


「北の砦、ですか?」

「ああ、視えたんだ。近々、そこに敵兵が押し寄せるだろう」

 

 ディーンの持つ特殊魔法は、未来視だった。

 だから盲目のときは使えず、何の特殊魔法持ちなのか不明だったのだ。

 もしかしなくても、それは側妃フロリタから引き継いだ特殊魔法で、フロリタもセリオの未来を視たのかもしれない。

 悲しい未来を変えて欲しくて、一言だけの手紙を残したのかもしれない。

 感傷にひたっていた魔法師団長に、構わずディーンは言いつける。


「だからそこに、マシューを赴任させてくれ」

「なぜマシューなんです?」

「適任だろう? 呪いの件では手柄を上げたんだ。褒美に出世させてやるといい」


 ぬけぬけとそう言うディーンを見て、この人は変わったなと魔法師団長は思った。

 今までは、一歩さがった物言いをする人だった。

 それが今では堂々と、権力で妻の元婚約者を僻地へ飛ばす命を下す。

 嫉妬深いゆえに。

 

(変わりすぎだ……)


 心中、ため息をついて、魔法師団長は命令に従う。

 マシューにとってもいいかもしれない。

 仲がよすぎることで、王城の噂の的になっている王弟夫婦を、間近で見るのはつらいだろう。

 マシューの心がまだメイベルにあることは、手に取るように分かる。


(いつもマシューが手放さないマフラーが、メイベルさまの手編みだとディーンさまが知ったら、どうなることやら)


 マフラーをディーンに取り上げられることを恐れるマシューが、口を滑らせることは絶対にない。

 ぜひともメイベルには、手編みのマフラーをマシューに贈ったことがあるなどと、うっかり口を滑らせないで欲しいと願ってやまない魔法師団長だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] マシューが一番不幸だわぁ 可哀想すぎる
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