4 妹の友達
『兄さんのトコは夏祭りってあるんですか?』
『あるよ。花火もあるから結構大がかりかな。そっちは?』
『ありますよ。花火も有名ですよ。それでですね、今年は浴衣を着ようと思ってます』
『おっ、いいな! 俺去年受験勉強優先して行かなかったんだよな』
『私受験生なんですけど勉強優先した方がいいですか?』
『花火見に行くべきだと思う。俺は後悔してるし』
『問題はどうやって兄貴を誘うかなんですよ』
『友達と行くわけじゃないのか』
『そうなんですよー。友達から誘われてるんだけどその友達、私とある男子をくっつけようとしてるんですよ。うまくかわして兄貴と行く方法ないかなー』
『友達の心証を悪化させずに断って兄貴と行きたいわけだな。確かに難しいな。親を使ったら?「兄妹で行け」って言われてる、とか』
『フツーに不自然でしょw でも『家族で行くから無理』っていえばいいかも。兄貴といるところ見られてもおかしくないし』
『せやな、それやったら「そんなもんか」で済むかもな』
『あとは兄貴を誘いだす方法だけど、これは私の方で考えてみます』
『俺なら妹に誘われたらホイホイついて行くけどな』
『兄貴が兄さん並みにちょろいことを祈るばかりですw』
朝、歯磨きのため洗面所に行くと、ちょうど洗顔を終えた妹が出てきたところだった。
「おはよ」
と言ってきたので「おはよう」と返す。
「兄貴、今日マユが泊まりに来るんだけど」
マユは舞にとっては幼い頃からの友達だ。顔はわかるけど、それ以上の知り合いではない。
「まさか今晩俺に出て行けとか言うんじゃ……」
「なんで兄貴が出て行かなきゃなんないの? ちょっとうるさくするかもしれないから前もって謝っとこうと思って」
「近所迷惑レベルにならない限り文句言わねーよ」
「さんきゅ。で、晩御飯なんだけど……」
今日はオカン夜勤、メシ当番は俺。
「あ、そうか。どうすんの? 俺、外で食ってきてもいいけど……」
「だからなんで兄貴が外で食べなきゃなんないの? 当番振り替えて欲しいの。今日私たちがつくるから、今度の私の当番日に兄貴がつくってよ」
「わかった。なるべくお前らの邪魔にならないよう気をつけるわー」
「うん、さんきゅ」
そんなやり取りだった。
夕方。
帰宅して下足箱を見たとき、客人が来ているとわかった。
リビングに入るとキッチンでエプロン姿の二人の少女が立ち回っているのが見えた。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
茶色の入ったツインテールの子が応えた。この子がマユ。ヨーロッパ人(?)を思わせる日本人離れした顔立ちでムネのデカさがエプロンの上からでもわかる。
「おかえり。用意ができたら呼ぶから部屋にいていいよ」
舞が口を開いた。エプロン姿が堂に入っている。裸エプロンも夢があるが、フツーのエプロン姿もすごくいい。
「わかった」
俺がいても邪魔になるだけだもんな。部屋に引き上げよう。
小一時間してからスマホが鳴った。妹からのワン切り。用意ができたの合図だ。
シャベルにログインしてみたがマイはいないようだ。
『今日は妹が友達を連れてきた。お泊り会なんだと。こういう時どうすればいいんだろ? 邪魔になりたくないんだよな』
DMを送ってから部屋を出た。
階段を下りると二人の弾むような声が聞こえてきた。
リビングを抜けダイニングに入ると食卓は用意が整っていた。
俺の正面に舞、その隣にマユという配置で食卓についた。
テーブルの上には人数分だけ白飯、オムレツ、サラダ、コンソメスープが配膳されていた。
「スゲー、オムレツやん。玉子の衣で包むの難しいんやないの?」
俺には無理だわー。
「料理は全部舞がつくったんですよ。私はちょっと手伝っただけです」
「早く食べよ。いただきます」
舞が先頭を切って手を合わせた。俺とマユも続いて「いただきます」した。
「お兄さん、今年の夏祭り、家族で行くって本当ですか?」
オムレツを貪っている時にマユが聞いてきた。
あれ? そんな話やったっけ? マイとそういうやり取りをした記憶があったが、家族ともそんな話をしたっけか。ひょっとしたら家族で話してるのを俺がテキトーに聞き流してたのかもしれん。
チラッと正面の舞を見ると俺を睨みつけていた。
「……確かそういう予定だったような気がする」
「『ような』じゃなくてそういう予定なの!」
眉間にしわを寄せて怒っている。不謹慎だがカワイイと思った。
覚えてないけど、まぁ家族会議でそう決まったんやろ。
「夏祭り、二人で行く予定だったのか?」
マユに聞くと頭を振った。
「あー、いえ。仲のいいグループで行こうと思ってたんですよ」
舞を横目に見据えてそう答える。
マユの視線に気づいた舞は迷惑そうに言った。
「アンタは射水と私をくっつけたいからそんなこと言ってるんでしょ。友達でいようって断ったのに」
「別に好きな男いないなら付き合ってみたらいいのに。お兄さんどう思います?」
いみず? 誰だそれは? 害虫の名前であることはわかった。殺虫剤をまきたくなってきた。
「いや、マユさん、君の言ってることはおかしいぞ?」
「『お前』でいいですよ。『君』って呼ばれると鳥肌が立ちます」
「……お前は好きな男いんの?」
「今はいません」
「今いないからって、俺と付き合えるか?」
はい論破。人にものを言うときは、そいつの立場に立って言うべきなんだよな。
「はい、ぜひお願いします」
「へ?」
「今度の日曜、早速デートしましょう。どこがいいですか?」
俺の心の中が大草原、そして大炎上。
この受け答えは全く想定してなかったのでうろたえてしまった。すがるように正面の舞を見遣る。
舞はキッと俺を睨みつけていた。
どう始末つけるつもり? と顔に書いてある。
「アハハ!」
だしぬけにマユがカラカラと笑い出した。
「ごめんなさいお兄さん。お兄さんの反応がいちいち面白くて意地悪しちゃいました」
そか、そらそうやろうな。びっくりしたわー。
「マユ、兄貴からかっても面白くない」
不機嫌を隠そうともしない舞をなだめるようにマユが言った。
「まぁまぁ、御飯いただきましょう。今年の夏祭りは諦めます」
「そうか、わかってくれたらいいんだ。舞を取っちまってゴメンな。家族を代表して謝っとくわー」
この後は中学三年ということで高校受験の話や夏期講習、模試についていろいろと質問され、こちらからアドバイスで返すというやり取りをした。
お返しに食器洗いは俺がやった。フツーは食事当番が最後までやるんだけど、キッチンシンクの前なんて一人しか立てないからな。
で、それが終わって自室に引き上げた。
ベッドに寝そべってシャベルにログインする。相変わらずマイはいないみたいだ。DMにも返事はない。
『さっきまで妹とその友達とメシ食ってた。案外邪魔にならないもんだな、俺。高校受験のこと根掘り葉掘り聞かれたよ。マイは進路もう決めたのか?』
これが今日最後のDMになるかもしれん。今日明日には返事をくれるだろう。
コンコンコン。
ドアをノックする音。
「どうぞ」
と応えるとドア向こうから
『お兄さん、お風呂お先にいただきました』
マユの声だ。
「ああ、ありがとう」
『ちょっといいですか?』
「どうぞ」
シーン……
あ、そうか、他人の家の他人の部屋だから入ってこれないのか。
舞は今ので入ってくるから、それが当たり前だと思ってたよ。
立ち上がってドアを開けると、そこにはタオルで髪を巻いた、パジャマ姿のマユが立っていた。
「さっきはごめんなさい。私、舞が嫌がることをしたいわけじゃないんです」
「そりゃそうだろ。そんなヤツならアイツだって友達してないだろうし」
「よかった。今日のお泊り会、本当は私の悩みを聞いてもらうために舞が企画してくれたんです。舞は大切な友達です」
「そっかそっか。後でちゃんと言っといてやるから任せとけ」
「ありがとう。お兄さん、私とライム交換してくれませんか?」
ライムは最もメジャーなSNSだね。
「私と仲良くしておくことはお兄さんにとって絶対プラスですよ?」
アドレス交換後、マユはいたずらっぽくウィンクした。