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24 【他人事で】天羽弁護士の詰め方怖すぎワロタ【よかった】

 戦国時代、この辺りに寒川城って山城があった。観光名所として有名な皐月こうげつ城の支城の一つで城主は寒川入道観月という武将。戦国時代の無双ゲーに必ず出てくる猛将ですわ。

豊臣秀吉に攻められて落城、徳川秀忠の時代に廃城となった。その名残である石垣を中心に広い公園が営まれていて、それがリツカとの待ち合わせである城南公園だ。出典? もちろんウィキペディアですけど?


 公園を潰して大型ショッピングセンターを建てる計画があったのは、JRの駅から南に徒歩5分という好立地だったためだがいつの間にか聞かなくなってしまったな。公園のままでいくってことなのかな。隣町に映画館付きの大型ショッピングモールがあるから別にいらんよな。


 石垣の上は平地になっていて東屋あずまやしつらえられている。東屋っていうのは壁のない、屋根と柱だけの建物のことやね。屋根の下にベンチがあって休憩所になっている。ここでリツカと落ち合う予定である。


 リツカはまだ来ていない。

公園は俺の学校からも自転車で5分で着く。リツカのゆずりは女子からは少し遠いかな。多分徒歩だしな。


ベンチに腰掛け、舞に第一報を入れておく。

『リツカが間男と親父と弁護士の会議内容を録音したらしい。急いで聴かせたいというから城南公園で会う。内容は後で話す』

 舞は今部活中のはず。あいつがスマホを確認する頃にはとっくに第二報を入れた後かもしれん。


 マイから何か来てないかシャベルを確認したが、来てなかった。こちらからDMを送っておく。

『全世界の妹を代表して答えてほしい。放課後、外で兄貴殿が他校女子と二人きりで会ったら激怒する? 行きがかり上、やむなく二人で会うことになったんですけど。それと今晩は多分俺の退院祝いがあるから返事は遅れると思う』

 頼むぞ、軍師。


 スマホをポケットに仕舞ってベンチから立ち上がる。

春の陽気に誘われて石垣のへりに立って園内を見渡すと、並木道を散策するお年寄りやベビーカーを押すお母さん、公園遊具の周りを元気に駆け回る小学生たちが目に入った。

 さらに遠く、石畳の並木道をこちらに向かって歩いてくるセーラー服の女がいた。あちらも俺を発見しているらしく、まっすぐこっちを見上げていた。




「早速だけど、録音を聞く前に状況説明」

 二人ベンチに腰掛け、リツカが口火を切った。リツカは育ちの良さなのか女の常識なのか、ベンチに座るときハンカチを尻に敷いたよ。

「兄は県立中央病院に入院中なんだけど、病院側の特別な配慮で警察の事情聴取がストップしている状態。県立病院の予算は県議会の承認が必要だから今のところ父に協力的で助かっている」

 なるほど、ズブズブの関係ってヤツですね、素敵です。

「実は警察は今まで二回しか事情聴取できてないの。父が天羽を雇ったからよ」

「天羽弁護士の入れ知恵で、警察を追い返すよう病院に求めたのか」

 リツカは頷いた。


「兄は中3少女への暴行もあなたへの暴行も住居不法侵入も完全否認。そのつもりで聴いてほしい」

 言ってICレコーダーを取り出した。イヤホンの片方を自分の耳につけ、もう片方を俺に差し出してくる。え? そういう視聴方法? 傍から見たら恋人同士でイチャコラしてるように見えたりしない? 


 俺がイヤホンを装着するのを見届けるとリツカはレコーダーを再生した。

 すぐに低い男の声が聞こえた。発言内容から天羽弁護士の声だとわかった。


『……君は殺人事件のテレビ報道なんかで被疑者が捕まった時、まず死体遺棄罪の容疑で逮捕されていることに気づいているか? コロシの場合、最初に死体遺棄で捕まえ、2、3週間してから今度は殺人容疑で再逮捕する。だいたいそのように刑事捜査は行われる。定石ってヤツだな』

 へぇ、知らんかったわー。


『このことを踏まえた上で、これから君の身に起こることを説明しよう』

 天羽の声が続く。

『君は今三つの犯罪の捜査対象になっている。住居不法侵入罪、強制わいせつ罪、傷害罪』

『だから、なんべんも言ってるようにオレは……!』

『爽くん、私の話は終わっていない』

『っ! …………』

 怖すぎワロータ。間男、ビビッて押し黙ったわー。


『……俗にいう逮捕状は検察や警察の請求に応じて裁判所が発行する逮捕令状のことだ。令状は1件の被疑事実につき1件発行される。つまり君の場合、3件の令状が発行されるだろう。ここまではわかるか?』

『…………』

 場は沈黙。間男パパも一言も発せないんだろうな。


『……もし示談が成立しなければ、君はこの後警察に逮捕される。被疑事実……『逮捕容疑』と言い換えようか、容疑は住居不法侵入罪だ。君は断固として否認する。鍵は不倫相手から預かっていたので不法侵入ではないと主張する。そうだね?』

 ビビッてるのか、ふてくされてるのか、とにかく間男は黙って聞いている。


『警察は逮捕したら48時間以内に送検するか釈放するか決めなければならない。警察は48時間ギリギリまで君を拘束してから送検する。送検されると検事の出番だ。検事は24時間以内に起訴か不起訴か、あるいはもっと勾留して取り調べを続けるか決めなければならない。君は否認してるわけだから24時間目いっぱい身柄拘束して勾留手続きに入る。勾留期間は10日間。警察の逮捕から勾留まで13日間。わかるか?』


 沈黙。再び天羽の声。

『君は尚も否認を続けるから検察は勾留延長手続きを取る。これも10日間なので、合計23日間君は拘束されるわけだ』

『3週間くらいなら何とか……』

『勾留期間が満了するタイミングで、次に君は傷害罪で再逮捕されるだろう。これも君は否認するから23日間勾留。これにも耐え抜いた君は強制わいせつ罪で再逮捕される。もちろん23日間拘束される。しかもこの間に住居不法侵入と傷害罪で起訴されるはずだ。起訴されると今度は『被告人勾留』という名の身柄拘束が待っている。こちらの勾留期間は2か月以上となる。検察は君を精神的に疲弊させる目的で、勾留期間をできるだけ引き延ばす作戦を取る。精神困憊させて自白を取るためだ。耐えられそうかね? もちろん起訴された時点で君は会社をクビになるだろう』


 またもや沈黙。天羽独演会はなおも続く。

『見事君が検察を打ち破って無罪を勝ち取ったとしても、検察は控訴するだろう。長い裁判の末、最終的に無罪が確定した。おめでとう、君はとっくに会社をクビになっているし、法律上は真っ白な体でも、世間は君を性犯罪者と見るだろう』


 そうなったら詰みだよな。

『今までの説明は刑事裁判の話だ。平行して女子中学生の親と男子高校生の親から民事で裁判を起こされる。民事裁判の審理は刑事裁判への結果とは無関係に進められる。刑事で無罪になっても民事では損害賠償や慰謝料の支払いを命じられる可能性がある。損賠や慰謝料は自己破産しても免責にならない。今君はそういう危機的状況に立たされているわけだ』


『先生、保釈金を支払えば拘束はされないのでは?』

 これは間男パパの声だ。

『保釈は起訴された後にしか認められません。しかも息子さんは否認しているので保釈すると逃亡の恐れがある。裁判所が認めるかはわかりませんな』

『そんな……オレはどうすれば……』

 絶望的な状況に呻く間男。いい気味である。


『爽くん、示談しなさい』

 天羽弁護士は示談を提案した。

『君に他の選択肢はない。示談交渉をして相手の条件を飲む代わりに被害届を取り下げさせる。強制わいせつは君が嘘をついてなければ、おそらく検察は証拠を持っていない。被害少女の証言だのみになっているはずだ。ここで少女側が被害届を取り下げたら検察は公判を維持できなくなる。傷害罪もそうだ。少年が被害届を取り下げ、『君に突き落とされた』という証言を撤回させれば検察はお手上げとなる』

 

 次に住居侵入罪か。

『……住居不法侵入についても家の名義人は不倫相手の夫、ローンの契約者も夫なので、夫との示談が成立すれば不起訴になるだろう。家に入ったことを夫に許してもらうことが必要だ』

 立て板に水のように滔々と語る天羽弁護士。元検事なんだから当たり前か。


『むむむ……示談、示談するぞ、爽! 何としてでも示談を成立させる。いいな、これは厳命だ!』

 間男パパ……リツカの親父殿の気色ばんだ声が聞こえたところでリツカはICレコーダーを止めた。


「どう? 私は役に立った」

 じっと俺を見つめて訊いてきた。眼鏡の奥で黒い瞳が俺を試すように明滅している。この問いへの答えは明快だ。

「役に立ったよ、ものすごく。音声データ、コピらせてほしい」

 リツカは満足そうに頷いた。


「今度は俺がリツカの役に立つ番だ。任せてくれ。示談条件にリツカの学業継続と自由な進路選択を盛り込むよ」

「……どうも」

 まだあるんだよな。コイツの親父、人間の屑オーラが漂ってるから釘を刺す必要を感じる。

「まだある」

「?」

「リツカの意に染まない異性関係の強要、政略結婚の禁止、これをキツく言ってやるよ」

 そうしておかないと国会議員になった後、無理矢理結婚とかさせられそうやん?


 俺の申し出が意外だったらしく、リツカは目を丸くした。

「それは……ありがとう」

 言葉少なに礼を言ってくる。

「気にすんなって。それだけの価値があるんだよ、今回のスパイ活動は。とりあえず親父殿と話がしたいな。ライムに今から書き込むわ」

 言ってライムを起動、俺、舞、リツカのチャットグループに投下した。


『リツカさん、そちらは示談に興味あるんですか?』


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