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19 マユパパと今後の方針を話し合う

「やぁ、お加減はどうだい?」

 マユパパの訪問を受けたのはマイとのやり取りが終わって一時間ほど後のことだった。今は19時半。夕食はとっくに食ったよ。おいしいね監獄食。いや、入院食。


 ベッドの上で胡坐をかいてダラダラしていた俺は立ち上がり椅子を勧めようとしたがマユパパは手でそれを制した。自分で椅子をベッドの脇に持ってきて腰掛ける。

「退院が近いらしいね、マユから聞いたよ」

 我が事のように喜んでくれるマユパパは心労が積み重なっているのかやつれて見えた。浮気された挙句離婚だもんな。しかも娘が間男に襲われかけたわけで本当に多事多難な人だ。

「はい。『明日退院だ』と急に言われるかもしれないから覚悟しとけと母から言われてます」

 ウチのオカン、看護師なんだよ。勤め先は別の病院だけどな。


「そうか、退院したらぜひお祝いを兼ねてお礼をさせてくれ。娘のことで君には感謝をしてもし足りないんだ」

 こういうのって、どう返事したらいいんだろ? 丁重に辞退したいんやけど。

「お気持ちだけいただきます。おじさん、ずっと日本にいるんですか?」

 などと話題を変えてみる。

「そのつもりだ。でも残務整理があるから明日には一度あっちに戻らなくてはならない」

「ベトナムでしたっけ?」

「ああ。引き継ぎが終わればこっちに帰ってマユの傍にいてやるつもりだ」

 知ってます。娘さん、ウッキウキでしたよ! もちろんそんなことは言えませんですが。


 しばし俺を見つめるマユパパ。決心したように頷くとこんなことを訊いてきた。

「……君は本当にマユと付き合ってるわけではないのか? マユからはそういう関係ではないと聞いてるが……」

 とんでもない、あり得ないことです、勘弁してくださいよ、間違っても舞の前で絶対そんなこと言わないでくださいお願いしますパパ様。


「本当にそういう関係じゃないんですよ。マユさんは妹の親友なんです。こないだもウチに泊まりに来ました。ゲームを一緒にしたり受験の話をしたり、仲良くなりましたよ」

「そうなのか。あの子のために体を張ってくれたから、つい交際中なのかと思ったんだよ」


「誤解は当然と思います。そのマユさんですが、家ではどうですか? その、こないだのこと、トラウマになってたりしませんか?」

「今のところ、私の見る限りではそういうことはなさそうだ。だが私は人を見る目がない。妻の心変わりにも気づかなかったくらいだからね」

 自嘲気味に笑う。男として生まれて今、人生の逆境なんだろうな。


「鷹城君、聞いてほしい」

 マユパパは本題に入るようだ。俺も居住まいを正して次の言葉を待つ。

「妻とは離婚することになった。マユの親権者には私がなる。あの子が妻を強く拒絶するので母子おやこの面会交流もしばらくは見合わせる」

「そうですか……」

 しょうもない相槌しか打ちようがない。本来なら子供の俺に話すべき内容じゃないもんな。そんな感想が表情に出てしまったのか、俺の顔を見てマユパパは続けた。

「君にこんなことを話すのは、我が家の内情を包み隠すことなく説明して、マユの力になってほしいからだ。付き合ってないことはわかったが、それにしても娘は君のことを慕っている。あれは兄に対する妹のような感情なのかもしれない」

 ホントに、マジで、絶対そんなことマイシスターの前で言わないでくださいよ、くれぐれも頼んます。


「妻は会社を辞めて実家に帰ることになる。再就職できなければ生活は苦しいものになるだろう。だからあいつには慰謝料を求めない。財産分与もきっちりする。養育費は娘の権利だから受け取りはするが形だけのものでいい」

「そのことはマユさんには?」

「迷ったが結局話したよ。あの子は悪くない。全部私と妻が悪いんだが、どんな情けない親でも、子供は親を替えられないだろ? ならばせめて隠し事はなしで、あの子が知りたいことは全部教えようと決めたんだ」

 ということはマユが望んだわけか。マユの取り組み態度は正しい。マユのライバルは母親だったわけだからな。マユママの処遇を具体的に知っておくことは重要だ。マイも言ってたけど、恋は情報戦争なんだよ。


「それでいいんじゃないでしょうか。おじさんのことを信頼してるからこそ、おばさんのことを知りたがったんでしょうし」

「うん、そうであってほしいな」

 マユパパは頷いた。

「あらためて鷹城君、君にお願いしたい。あの子の力になってやってくれ」

 なんとマユパパ、俺に頭を下げた。

「あ、頭を上げてください! もちろんマユさんの味方です。俺も、妹の舞も」

「ありがとう。妹さんとは会えずに国を離れることになるが、よろしく伝えてほしい」

「わかりました」


 ここでこちらから話を切り出すことにした。間男パパと弁護士の件だ。

「ところでおじさん、来島の父親が弁護士を連れてここに来たんですよ。おじさんのところにも来たそうですね、これはマユさんから聞いています」

 来島の名前にマユパパは顔を曇らせた。

「そうか、君のところにも来たのか……」

「挨拶だけして帰りましたが、どうやら急いで示談したい事情があるみたいです。知ってますか? あの父親、国政選挙に打って出るつもりなんですよ。民自党の公認を得られるかどうかってタイミングで今回の事件が起こり、困っているようです」


 マユパパは合点がいったようにウンウンと頷いた。

「なるほど、そういう裏があったのか……。今回の不倫は妻の方が来島より一回り年上だったんだ。来島の父親は『大事な跡取り息子が年上の人妻にかどわかされた』と被害者意識を持っているらしい。でも同時に来島はマユにまで手を出そうとした。娘への暴行未遂を、妻に人生を狂わされたことで帳消しにしてほしい、そんなことを言っていたよ」

 マジか。ウジ虫すぎて笑ってしまうわー(怒)


「不倫は共同不法行為ですからおばさんだけが悪いとか来島だけが悪いとか、そういう話じゃないですよね。一方マユさんを襲ったことは一から百まで来島が悪い。この二つは天秤にかけられませんよ」

「共同不法行為、そんな言葉、よく知ってるね。相手が弁護士を連れてきたから、今日私も伝手つてを頼って弁護士を雇うことにした」

「あの天羽あもうという弁護士は元東京地検特捜部出身のヤメ検弁護士で『闇の守護神』と呼ばれるくらいの有名人なんですよ。ネット百科事典にも載ってます」

「らしいね。天羽弁護士の名刺をこちらの弁護士に見せたら、同じようなことを言っていたよ。一般企業だけでなく暴力団や仕手集団なんかの顧問もやってるらしい。仕手集団というのは株価を操って大儲けしようとする連中のことだ」

 暗澹たる思いにさせられるな。


「相手の弁護士が誰であれ、私の弁護士からも示談を勧められたよ。今回のマユの事件は不同意わいせつ罪っていう犯罪なんだけど、裁判のなりゆき次第では犯罪として成立しないかもしれないと言われたよ」

 え、マジ? なんで?

「本当ですか? 俺的には不同意性交罪未遂くらいだと思ってたんですが」

不同意わいせつと不同意性交未遂のどっちの罪が重いかは知らんけど、重い方でいいやんと思う。


「『体をさわる』とか『キスをする』とか、そういう具体的な被害がないとダメみたいだ」

「服を脱がされてましたよ? 十分不同意わいせつだと思いますが……」

「どうやら来島は『部屋に入ったら上着を脱いだ娘がいた』と供述しているらしい。娘が着替えているときにたまたま部屋に入ってしまったとの主張だ」

 そもそもわいせつな行為をしてないって論法で来るわけか。え~? うーん……


「……そんな主張、通るんですか?」

「来島本人は性犯罪者になるかどうかの瀬戸際だから死に物狂いで否認するし、君の話だと来島の父親も選挙があるから必死だろう。裁判は長期化し、マユのことも公になってしまう。娘は傷つくはずだ。弁護士はそう言っていた」


「こういう性犯罪って匿名裁判になるんじゃないですか? 被害者はもちろん、加害者も名前を非公開にされる」

 加害者の名前を公開したら自動的に被害者の名前もわかってしまう可能性があるからな。


「君への暴行傷害が問題になるかもしれない。君にケガをさせた罪も来島は問われることになるが、こちらが匿名裁判にならなければやっぱりマユのことが公になってしまうだろう」

 ああそうか、俺がケガをしたのはマユの家だからな。

「裁判が長引けば相手も苦しいが、被害者であるマユはもっと苦しむことになる」

 なるほど、相手に斬りかかったら返り血を浴びる程度では済まないってことか。


「裁判は我々一般人が思ってるようなお上品な議論の場ではないと言われたよ。示談で終わらせて、一刻も早く娘を平穏な日常に帰してやった方がいい……そういう話だった」

「それってマユさんのためを思ってのアドバイスなのか、裁判に勝つ自信がないから言ってるのか、どっちなんでしょうか?」

 言葉通り受け取れば弁護士のアドバイスも理解できるけど、悪く受け取れば逃げ腰に見える。


「両方だ。わいせつ行為があったのかなかったのか、この事実認定の問題は簡単には解決しないとのことだ。言ってみれば、痴漢冤罪の構図に似てるんだよ」

 そういうことか……納得がいった。痴漢冤罪を例に出されたら急にこちらが不利に見えてきた。俺は今でも『間男がマユを襲ってる場面』に出くわしたと思ってるけど、『間男がマユにわいせつ行為をした場面』を見たわけじゃないからな。


「わいせつ行為があったかどうかで揉めるということは、裁判になればマユが何度も法廷に呼ばれて証言を求められる可能性が高いということだ。そんな目に娘を遭わせることはできない」

 そりゃごもっともだ。あの天羽って弁護士はマユに対して容赦しないだろうしな。


「……示談して一刻も早く幕引きすることがマユさんのためになるのだったら、俺も被害届取り下げますよ」

 実際の取り下げは親がするんやろうけどね。

「ありがとう。でもまだ決まったわけじゃないからね。弁護士の説明には私も釈然としてないんだ」

 そりゃそうだろう。被害者感情を満足させるザマァ展開じゃないもんな。マユ的には両親が離婚することになったから戦略目標は達成したわけだよな。これでいいのかなぁ……

 

 結論としては、示談する方向で俺たちは動く。


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