18 耳に心地よいアドバイスは大抵……
ある日の夕方、天気は晴れ。
来島律花とゆるゆるな互恵同盟を結んだはいいが、舞がこの展開にご機嫌ななめの様子だ。敵側の女に友好的な態度を取ったわけで、舞にとってはおもしろくないはずだ。
「あの女、いつまでいるの?」
不機嫌を隠そうともせずつっけんどんに訊いてくる。
「本人の言葉を全部信じるなら面会時間いっぱいまでいても不思議じゃないな」
ちなみに舞は家の夕食のタイミングに合わせて帰宅している。なるべく自然な兄妹関係を演じなければならない。ふたりで相談してそう決めたんだ。
「あの女が帰らないなら私も……」
「気持ちはありがたいけど、決めた通り帰ってくれ。あっちが何か言ってきたらちゃんと報告するから」
『俺には好きな人がいるから』とハッキリ言ったのが効いてるのか、舞は「……わかった」と不承不承うなずいた。
「それとマユにも俺からライムで知らせる。間男家族が弁護士連れてきたってな」
「うん」
「マユのお父さんの耳に入れておいた方がいいな。ウチのパパンママンには舞、お前が伝えておいてくれ」
「えーっと、間男の父親は県会議員なんだよね? 次の国会選挙に出たい。そのために息子の不祥事を無かったことにしたがっている」
「そういうことだ。間男がやらかしたことは不倫を除けば大きく二つ。マユに対する性犯罪、俺に対する傷害罪、特にマユに対する性犯罪は深刻だ。未成年の女の子相手なわけだからな。間男が起訴されたら裁判結果を待つまでもなく間男親父の国政進出の夢は断たれる」
「うん」
「すべては間男が起訴されるかどうかにかかっている。起訴するかどうかに示談結果は関係ないが、示談が成立していた場合、不起訴になる可能性が高いらしい。性被害者のプライバシーや将来を守らねばならないし、裁判になったとして被害者は検察に協力しないだろうからな」
舞が頷くのを見て俺は続けた。
「その示談だが、マユは未成年だから法律行為ができない。示談の交渉はマユではなく保護者が行う。両親は……離婚するのか?」
マユから家庭事情をいろいろ聞いてるんじゃないかと思ったが、その通りで舞は頷いた。
「うん、離婚するって。親権はお父さん。お母さんは会社を辞め実家に帰るんだって」
「そうか……」
一つの家庭が崩壊した話。とっくの昔に崩壊してたんだろうけど、正式な死亡診断書を突き付けられたみたいで身につまされる。
「そのようになるなら示談交渉の担い手はマユのお父さんってことになる。相手は間男じゃなくて選挙で目が血走った親父と弁護士、しかも弁護士は元特捜検事で『闇の守護神』と呼ばれる凄腕弁護士だそうだ」
「じゃあマユ達も弁護士雇わないと」
心配そうに舞が眉を伏せた。我が意を得たりと俺は頷く。
「絶対弁護士を立てなきゃダメだ。もちろんウチもな。来島律花は俺たちにこのことを教えてくれたんだよ。少なくとも現段階では彼女をぞんざいには扱えない」
「……それはわかってる」
理解はできるけど納得はできない、ってヤツか。舞は不本意そうだ。機嫌を直してもらいたいけど難しいよな。俺だって立場が逆だったら気が気でないだろうしな。
後でダメもとでマイに相談してみよう。
舞が帰った後、マユにライムで呼びかけた。
『今日俺のとこに間男家族が弁護士連れてきたぞ! お前のところはどうだ?』
すぐに既読がつき、返事が来た。
『ウチには昨日来たよ。そんなことより朗報! ウチの親、離婚決定!』
お、おう……
『舞から聞いた。お母さんは実家に戻るんだってな』
『うん、イケおじと美少女の二人暮らし、何も起きないはずもなく……』
なんという化け物、なんという性欲モンスター。
『辛そうに、寂しそうに振る舞わないとダメっすよ?』
『わかってるわかってる』
本当かなぁ?
『パパが今晩、仕事帰りにタケト君のとこ行くって言ってたからよろしくね』
マジか。そりゃ話が早い。
『わかった。マユ、大丈夫か? 間男のこと思い出して怖くなったりしてないか?』
『フラッシュバックだね? ないよ、大丈夫。心配サンクス』
『つらくなった時は俺や舞に相談してくれよ?』
『ありがとね。私は大丈夫なんだけど、パパが心配なんだ。今いろいろなことを無理してると思うから。今後のことなんだけどね、一度ベトナムに戻って、仕事全部片付けてからこっちに帰ってきてくれるって言ってるの』
そうなんか。マユが単身赴任先に同行する可能性もあったんだけど、日本に帰ってくるんだな。
『いいんじゃないか、マユのためにも、お父さんのためにも』
『うん、パパの重荷じゃなく助けになりたいんだ。で、今料理を研究なのだ』
『そりゃ良いことなのだ』
『舞にいろいろ教わろうと思って。味見役お願いするね』
『毒見役、確かにお引き受けしました』
『毒見www 許せねぇ、ぜってードクサツしてやるwww』
明るい印象を受ける。元気なのか、カラ元気なのか、ちょっとわからんな。
『じゃあな。俺、もうすぐ退院だって言われてるから、退院したらまたよろしくな』
『良かったね。恋愛同盟はまだ生きてるから、引き続きよろしく面倒みてやってください』
『桶』
『桶w』
マユとのやり取りが終わると『シャベル』を立ち上げた。マイからDMが届いていた。
『今日何か変わったことありましたか?』
おお、まさしく変わったことばかり起きたよな。
『あったぞ。悪の親玉が見舞いに来たわー』
『悪の親玉? 間男の親とかですか?』
『さすが我が軍師。俺のこと何でも見抜いてんだな』
『はい、なんでもわかる感じです』
『しかも弁護士連れて来やがった。ケンカの押し売りに来たのかと思ったわー』
『弁護士ですか。他には? それだけですか?』
すげー洞察力。ネット限定の友人ながら恐ろしいヤツだ。リアルのマイ、どんなヤツなんだろうな。
『お前は神か。娘も連れてきた。間男にとっては妹で高2。俺の一つ上だな』
『なんで娘なんか連れてきたんでしょうか?』
『俺の世話をさせるためだと。娘本人いわく、性的な世話をさせる裏の目的があるらしい』
『裏の目的をお兄さんにバラしたんですか?』
『娘もかなり怒ってるんだよ。少なくともそのように見えた』
『信じられない話ですが、本当なら害虫用のスプレーを撒いて追い払わないと』
『ムリムリムリムリムリwww 間男パパ、経済DV親父らしく、学業継続と進学費用を人質にされて、逆らえないみたいなんだ。病院を追い出されて家にも帰れない女子高生ってヤバいだろ? 仕方ないから世話を断る代わりに面会エリアで待機することは認めた。その上で間男側の情報を出してもらう。そういう持ちつ持たれつのゆるい同盟を結んだ』
『経済DVを受けているって、それはあちらの事情でしょう? 犯罪者家族に同情してるんですか?』
『同情はしてるよ。でもあちらの情報を流してくれる約束をしたんだよ』
『そんな約束、信じて大丈夫なんですか?』
『もちろん信じてないよ』
『信じてないんですか?』
『どうせあっちも俺のこと信用してないだろうしな。俺は間男妹の見舞いを認め、間男妹は代わりに間男側の情報を提供する。少しくらいならこちらの情報を流してもいい。そうすりゃ間男妹の点数稼ぎにもなるだろう』
『ローリスク・ハイリターンを狙うんですか?』
『ローコスト・ローリターンなんだと思う。わかりやすい共利共生関係だろ?』
『うーん、でも妹さんは納得しないでしょうね』
『まさしくそれなんだ。やっぱりいい気はしてないみたいだ。そこで軍師に相談したいと思って』
『お兄さん、知ってますか? 女は説得よりも共感を求める生き物なんです』
『聞いたことあるわー。でもそれって悪口じゃないの?』
『悪い意味で受け取られることがあるのは知ってます。理屈じゃなく感情論でしか話ができないって意味ですよね。でもそんな男だって大勢いるんじゃないですか?』
『そりゃそうだろうな』
パワハラ上司が典型例だろう。パワハラ上司に性別なんかないもんな。
『妹さんは今やり場のない怒りとか突如現われた年上の美人にお兄さんを奪われるんじゃないかとか、いろんな感情に苦しんでると思うんですよ。これは理屈じゃないです。自分よりキレイな人が好きな人に近づいてきたら不安になりますよ』
うーむ、律花女史が美人だってことまで見抜くとはまさに神の視力だな。俺、間男妹の外見的なことなんて一言も言ってないもんな。
『わかるよ。同じような経緯で男が妹に近づいてきたら俺だってイヤだもんな』
『ミラーリングですか。そこまで妹さんのことを考えた上での同盟なら仕方ないですね』
『仕方ない、で済むやろか? 俺、ヤバイ選択してしまった?』
『してますね。女として、妹としてアドバイスできるとしたら、退院したらデートに誘うこと。それ以外に妹さんをなだめる方法はありませんね』
『それは願ったり叶ったりだわーww』
耳に心地よい忠言っていうのは大抵間違ってるらしいけど、これもそうなのかなぁ。




