17 律花との友敵同盟
「何してんの?」
氷点下400度くらいの声。え? 氷点下400度って無いの? ありそうやのにね、フーン。とにかくものすごく冷たい声だったんですよ。
声の主は舞だった。部活帰りのジャージ姿だ。眉間に皺を寄せている表情も超絶かわいいと特筆しておかねばならない。
不機嫌を隠そうともせず、犯罪者を見るような目でセーラー服JKを見据えている。被害者家族が加害者家族を睨んでるわけだから、構図として間違ってはいない。
来島律花女史は落ち着き払って居住まいを正すと舞に頭を下げた。
「鷹城君の妹さんですね? 私は来島律花と申します。このたびは私の兄があなたのお兄さんやご友人に取り返しのつかないことをしてしまい本当にごめんなさい」
「…………」
舞の目が頭を下げ続ける律花から俺の方に向けられた。どういうことなのか説明せよと凄い目力で訴えてくる。
「来島さん、頭を上げてください。妹が困ってます」
俺が促すと律花は顔を上げ、メガネのブリッジを触った。そうそう、舞のことを紹介しておかないとな。
「妹の舞です。毎日見舞いにきて世話をしてくれてます」
さすがに『付き合ってます』とは言えないよな。
「鷹城舞です。……加害者の妹さんが何の御用ですか?」
トゲのある物言いにもまったく動じた様子を見せず、律花女史は神妙な顔付きで答えた。
「今日はお兄さんにお詫びするため父と一緒に参りました。それとごめんなさい。弁護士も連れてきました。諫めたのだけど、聞き入れてくれなくて」
「弁護士……?」
舞の額の険が一層深くなる。弁護士帯同で謝罪に来るなんて被害者感情を超絶逆撫でする行為だもんな。コイツの親父も悪いがノコノコ同行する弁護士も悪いわー。
舞が室内をキョロキョロしだす。律花パパと弁護士センセの姿が見当たらないもんな。
「ああ、親父さんと弁護士センセは先に帰ったよ。来島さんが残ったのは俺の世話をするためだ。親父さんの命令で逆らえないらしい」
「必要ありません。兄の世話は私がしますから」
即座に拒絶する舞。頼もしいなぁ。
「そのようですね。ですが私にも事情があってすんなり帰ることができません。ご退院までの間、面会室で待機させてもらいます」
「だから必要ないと……」
「これはお兄さんから許可をもらっていることです」
舞を遮り毅然と言い放つ。
「っ? …………」
舞は驚いたように目を丸くし、今度は俺を睨みつけてきた。氷点下の視線が説明を求めてくる。
これは俺と律花女史の関係だから本来舞が干渉できることじゃないんだよな。
「娘の来島さんには悪いけど、親父さん、結構厄介そうな感じなんだ。娘に俺の世話をさせるなんて普通じゃないだろ?」
「…………」
舞さん、目が怖い。全然納得してない。
「兄貴のしでかしたことで赤の他人の俺の世話をしろって言われてムカついてるらしい。でもお世話係を仰せつかった以上、すぐ家に帰るわけにはいかない。そこで世話焼きを受け入れる代わりに来島家や弁護士のインサイダー情報を流してもらう。そういうことなんだよ」
「…………」
舞は俺と女史を交互に見比べながら長考している。
「まだ言ってなかったことがあります」
女史が付け加えた。
「私は東京の大学に進学希望なんですが、今回の言いつけを守らなかったら高校も含め学費は出さないと父から言われています。父の本性を知ってもらうためにあえて言いますが、『鷹城君のお世話』というのは性的なお相手を務めることも含まれています。兄の犯罪の性質上、鷹城君が私に手を出せば示談交渉がスムーズになって好都合だと言ってました」
俺絶句。舞も唖然としている。
「鷹城君、妹さん。あなたたちが直面している相手はそういう人間のクズなの。死んでくれれば何もかもがすべてうまくいくのに、機械仕掛けの神は令和の劇場にはいないみたいね」
シニカルな笑みを浮かべる。律花サマ、あんたもそれなりにヤバそうですよ。ちなみにデウス・エクス・マキーナって何やろ?
「弁護士の天羽も裏社会からの顧問料で悪どく稼ぐクズ弁護士。父の依頼なんてまともに請け合ってはくれないでしょうけど、さっきみたいな挑発的な態度を取っていい相手じゃないわ。どう? 私、あなたたちの役に立ってない?」
メガネの奥から試すような視線を向けてくる。『私を信用できないならアンタもクズよ』と言わんばかりの力強い自信を感じる。
今のところ、律花女史からもたらされる情報は貴重だ。もちろん偽情報を掴まされる可能性がなきにしもあらずだけどな。
「舞、この件は俺に任せろ」
舞に目配せしてから律花女史に向き直った。
「来島さん、面会室でいいなら居てもらって結構です。親父さんが来たら適当に口裏合わせておきます」
「……わかりました、ありがとう」
「ただし性的なお相手は絶対に無しです。来島さんの尊厳を踏みにじるような行為だし、ハニートラップにかかるような男と見られてるみたいで胸糞悪いし、第一俺には好きな人がいるので浮気はあり得ません」
ドヤッ! 言ったったよ、聞いてたか舞さん!
「……その件についても了承しました。肝に銘じておきます」
「なら俺たちは仲良くできます。どうだ、舞?」
舞を見遣ると、
「兄がいいなら……」
とだけ答えた。俺の男らしさにデレデレかと思いきや、複雑な表情で視線を外した。この協力関係を理解はできるけど納得はしてないって感じなのかな。
「みんなでライム交換しましょう」
スマホを左右に振って俺は言った。連絡手段がなかったら話にならんもんな。
「ええ、是非」
律花女史は頷き、大事なことを付け加えた。
「でも私のライムは父に読まれる可能性があります。父が読む前提で文章を送って下さい」
マジか、ホントにクソなオッサンだな。
「わかりました。そういうことならむしろどんどん親父さんに読ませるのもいいですね。正しい情報だけじゃなくて偽情報も掴ませる」
「カウンター・インテリジェンスですか……」
律花女史、考え込む。それも数瞬のことで、すぐに頷いた。
「いいでしょう。ですが冒険は慎んでください。『蟻の穴から堤も崩れる』という言葉を知っているでしょう? 小さな穴のために堤防が決壊するという警句の本当の恐ろしさは、小さいゆえにその穴がどこに開いているかわからない点にある。気を付けてください。何気ないSNSの一言が大きな失敗につながるかもしれないのです」
説教臭く世話好きな性格と見た。説教好きで世話焼きなヤツは付き合い方次第で有益な情報源になり得る。
「わかりました、気をつけます」
俺はおとなしく忠告を受け入れることにした。
ここまで、来島律花と仲良くやっていこうって友好的な感じになっているけど、俺は全面的にコイツのことを信用してるわけじゃないからね、そこんとこヨロシク。




