14 マユとの恋愛同盟
『NTRってわかる?』
『けっこう好きなジャンルです』
『マジか』
朝5時半。俺はSNS『シャベル』で交信中であった。相手はマイこと『ただいま兄貴攻略中』氏。
『男の俺が言うところのNTRって、男が想い人を寝取られる話なんスけど』
『身持ちの固い女が性的なテクニックで陥落しちゃうんですよね? 大好きなジャンルですよ』
『そうか~。俺は苦手だわー』
『さっさと退院しないといつの間にか妹さんが悪い男の毒牙にかかるかもしれませんよ?』
『そう、まさにそれ! 俺の妹、超絶かわいいし人付き合いもいいみたいやから心配なんスよ』
『妹さんのこと信用してないんスか?』
『その信用を打ち砕くところにNTRの奥義があるわけでして』
『奥義www ならNTRれないように兄さんの性的なテクニックでつなぎ留めておかないとですね』
『入院中やから何もできないやないですか』
『個室だったらできるでしょ』
『ムリムリムリムリムリw てか俺、個室って言ったっけ?』
『どうだったかな? 過去ログ見たらわかるんじゃないですか?』
『わかた』
『絶対しないやつw いろいろわかるかもしれないのに』
時は過ぎて夕方。部活を終えた舞が見舞いにきてくれた。俺はベッドの上で胡坐をかいて差し入れのジュースを飲んでいる。
痛みの正体は打ち身らしい。肩甲骨のヒビはどうなのか医師に聞いたら「本当にわずかなヒビ。大きなヒビが入ってたら痛すぎてそんな質問できないよ」と笑われた。
自分でメシ食えてトイレに行けたら退院なんだと。どっちもできるからさっさとオサラバしたいぜ病院なんて。
ゴールデンウィークが見えてきて、その先には夏休みがある。GWが入院生活で消えるのは勘弁願いたい。
舞は部活と受験があるから遊べないんだよな。兄としても恋人としても我慢せんと。
「ゴールデンウィーク、映画行こ」
舞とイチャコラするわけにはいかんなと悲壮なる決意を固めた尻からこの言葉である。
「あの、舞さん、お受験は?」
「何? 一緒にいたくないの?」
眉間に皺を寄せる。
「いたいけど、受験も大事だろ?」
俺の言葉は無視して、
「……同じ家に住んでるのに一緒にいられない」
ムスッとした表情でそう言った。俺とイチャコラできないことにおかんむり。超絶かわいすぎ、幸せで死にそう。
「……勉強教えてよ」
「俺より勉強できるヤツに教えるのはおかしいだろ。でも手伝うことはできる」
「手伝う? たとえば?」
「一問一答とか単語帳クイズとか」
「そんなの自分一人でやる」
だよなー。俺も一人でやったしな。
ぐうの音も出ずポカンとアホ面してるといつもの看護師が病室に入ってきた。
「あ、来てたんだ」
軽やかな足取りでベッドまで来ると、
「仲良いわねぇ。ウチのガキどもも見習ってほしい」看護師はそう笑った。
兄妹仲を探るようないやらしさはない。さっぱりした笑顔。裏の顔は違うのかもしれんけど。
この人に裏表がなくとも、熱心に通い妻する妹は院内では目立ってるかもな。
「俺のケガの原因がコイツの友だちだから罪悪感があるみたいで」
何となく言い訳がましい弁解がましいことを口走ってしまう俺。
「そうね、ヒーローだもんね」
そうか、当然事情は聞いてるか。刑事も来たもんな。
「気分はどう? 吐き気がしたりとかは?」
「全然ないです」
「そう。清拭があるんだけどどうする?」
入浴に関する医師の許可はまだ下りていない。
「自分で拭けます」
「じゃあ後で用意だけ持ってくるわ」
それだけ言うと看護師は会釈して出て行った。
「『せいしき』って体を拭くこと?」
「ああ。まだ風呂には入れないから代わりに体を濡れタオルで拭くんだ」
「……私が拭いたげようか?」
「遠慮しときます」
「え? なんで?」
断られると思ってなかったのか、舞は軽く目を瞠った。
「お前に触られたら理性が飛びそうになるからだよ」
「やらしい拭き方なんてしないわよ」
「やらしく拭かなくても男はコーフンする悲しき生き物なんだよ」
「看護師さんに触られても?」
「それはないな。フツーに医療行為を受けてる感じしかしない」
「フーン」
疑いの目を向けてくる。やきもちならすごく嬉しい。
そろそろマユとの恋愛同盟について舞に話しておこうか。
「舞、マユのことなんだけど」
「マユ?」
「ああ。マユに好きな人がいてさ、その相手っていうのが……」
「お父さんなんでしょ?」
え?
「知ってたのか」
「マユから聞いた」
「俺も本人から聞かされた」
マユよりも先に伝えたかったんだけどな。いや、これで良かったのか。
「乗りかかった舟だから俺は徹底的にあいつを応援する。お前は?」
「私も」
「そうか」
話をすれば影、病室の戸が開いてマユが入ってきた。
「やっほー、元気?」
「ああ。来てくれてありがとな」
ちょっと西洋人っぽい顔の造形のマユと和風美人の舞が並ぶと好対照だ。
「ちょうどお前の話をしてたトコなんだ」
「うん、だから入ってきたんだよ」
「へ?」
「さっきの看護師さんと入れ替わりで着いてたんだけど、中でエロい話してるみたいだったから終わるの待ってたってわけ」
エロい話って、体を拭く云々かんぬんか。心当たりのある舞は耳まで赤くなった。
「もう、来てたならさっさと入って来なさいよ!」
「いいかな」
少しだけケガや入院生活の話をしてからマユは本題に入った。
「私はお父さんのことが好き。二人に協力してほしいの」
「ああ、そのつもりだ。その代わり俺と舞に協力してくれ」
兄妹を代表して俺が言うとマユは「任せて」と力強く頷いた。
「これからどう動いたらいいのかな」
マユの問いで作戦会議が始まった。
「整理すると、今お前には三つの敵がいる」
「三つ?」
「一つ目、母親。二つ目、母親以外の女。三つ目、娘に対する父親としての愛情」
「アイツのことは大丈夫。再構築はないよ」
アイツとはオカンのことな。
「母親以外の女っていうのは、今お父さんも浮気してるって意味じゃないぞ? 離婚した後に出会いがあるかもしれないし、男の俺から見てもイケメンだったから言い寄ってくる女がいても不思議じゃない」
「それは私じゃどうにもならないよね。なるべく一緒にいてもらうようにする。それくらいしかできないなぁ」
「こういうことがあったわけだから、お前から『私を一人にしないで』って訴えるのは有効だろうな」
「『一人にしないで』なんて言ったら逆に必死に再婚相手探そうとするんじゃない?」
なるほど、舞の言葉も一理ある。マユはどう考えるのかな?
「『一人にしないで』はイケると思う。うん、まずはこの線で行くよ」
「お父さん、ヴェトナムに戻るのか?」
「国内勤務に戻してくれって会社に頼んでくれたみたいだけど、すぐには無理じゃないかな」
「引継ぎとかいろいろあるだろうしな。あっちに戻る場合、お前はついて行くのか?」
「あっちの生活が長くなるようならついて行きたいけど、一か月くらいで帰ってこれるなら日本で待つつもり」
会社の決定待ちか。コイツ、ちゃんといろいろ考えてるんだな。
「三つ目はお父さんが私のことを恋愛対象として見てくれるかってことだよね? これが一番難しいな」
あごに人差し指を当てて考え込むマユ。
「同じ男として何か名案ありませんか?」
突然敬語を使いよる。
「浮かばないなぁ。告るのは最悪手ってことはわかるんだけどな」
「添い寝するってのはどう?」
舞から案が出てきた。
「襲われかけて傷ついてる娘から『一緒に寝て』とせがまれたら普通は断らないと思う」
おおっ! と主に俺方面から歓声が上がる。相手の逃げ道をふさぐような発想、相変わらずだな。
「それいいかも! お父さんともハグできるし!」
襲われかけて傷ついている少女とは思えぬほどの弾んだ声。その様子に危機感をおぼえたのか、たしなめるような口調で舞は注意喚起した。
「時間をかけないとダメだよ? 父親を一人の男にするのが目的だからじっくり時間をかけないと」
「段取り8割、本番2割の精神だね? わかったよ」
マユの言葉に舞は耳まで赤くなった。
「ちょっと! そうじゃなくて常識的なことを言ってるだけじゃない!」
俺の方をチラ見した。ああ、俺の座右の銘が『段取り6割、本番4割』だからやね。
俺の妹は照れ隠しも世界一。
『そういうわけで、ユマは父親に対して添い寝作戦を敢行することになったんだよ』
夜。
病室で独り、黙々とスマホいじりに興じている。相手はもちろんマイ。
『いいなぁ、好きな人と添い寝できて』
『マイもやってみたらいいやん』
『夜這いは兄貴の義務なんですよ』
『その通りだな。俺は退院したらやるよ? この体が癒えたら性欲超獣が爆誕してしまうことを予告しておく』
『性欲超獣ですかw どんなことするつもりなんですか?』
『そりゃ年頃のおなごには言えないようなことですよ』
『妹さんには言ってないんですか?』
『コンドーさん2箱分空っぽにするとは宣言してるよ』
『なるほど、それで性欲超獣ってわけですか』
『一つ相談いいか?』
『はい、何なりと』
『あいつにGW、映画に誘われたんだよ』
『それで?』
『受験生だから勉強しろって遠回しにアドバイスしたんだ。それからいろいろあって結局勉強を手伝うって話になったんよ』
『フムフム』
『でも具体的に何をどう手伝うのかが決められなくてな。一問一答に付き合うって提案したら『そんなのは自分でやる』って言われた。そりゃそうだろうなぁって思ったわー』
『ああ、他に何かいいアイデアがないか聞きたいんですね?』
『そうです』
『映画に付き合ってあげればいいんじゃないですか? 息抜きの相手をするのも立派なお手伝いだと思いますよ』
『なるほど、映画に行くことが受験の手伝いになるんか』
『息抜きのデートくらいで受験失敗なんてないですよ。妹さん、勉強がんばってるんでしょ?』
『中2模試ではいい点取ってたな。そっか、そうだよな。あいつを信じないとな』
『はい、信じてあげてください。もし勉強をなまけるようならその時にちゃんと怒ればいいんですよ』
ド正論だな。
『わかった、息抜きに付き合うようにするよ。俺も本音はデートしたいからな』
『良かったです。夏祭りもあるんですよね? そういうイベントに付き合ってあげれば勉強のモチベーション上がること間違いなしです』
『お前の言う通りだな。勉強そのものを手伝う必要はないよな。でも残念だわー。一問一答で俺が出題側に回ってさ、正解したら性欲超獣なごほうび、間違えたら性欲超獣的なおしおきっていう妄想を実行できたのに』
『正直に話したらオッケー出ますよ、きっと。バカップルっぽくていいじゃないですか』
『バカップルか、羨ましいな。なりたいよな、バカップルに』
『ホントそれですw』
こんな会話で今日は終わった。




