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10 作戦会議

 すまん、今混乱している。

 俺、欲望に負けて妹の唇を奪っちまった。自分ではどうにもできない状況があって声が出そうになったのを回避するため舞の唇を奪ったみたいだ。「みたいだ」は責任逃れじゃない。衝撃的過ぎて記憶が曖昧なんだよ。


「タケト君」


 そう、記憶が曖昧で、舞の方からキスしてきたような気もする。でも俺の方から舌をねじ込んであいつの舌を犯したことはハッキリ覚えている。


「おーいタケト君」


 舞は不問に付そうとしてくれてるみたいだがそういうわけにはいかんやろ。


「タケト君!」


 肩を揺さぶられハッと我に返った。振り向くとマユが怪訝な顔でこちらを見ていた。舞はというと、何事もなかったかのように平静を保っている、ように見える。

「すまん、何?」

「次、どう行動するか考えましょうって言ってるんです」

「そうか、そやな」


 ここは我が家、舞の部屋。

 今日はオカンだけでなくオトンも家にいるから俺か舞の部屋しか作戦会議に使えない。俺の部屋でも良かったけど、『私の部屋で』との舞の一声で決まった。


 ベッドと学習机を挟んで小さな丸テーブルがあって、そのテーブルを三人で囲んでいる。舞とマユはそれぞれシステム手帳を広げ、俺は百均で買った小さいホワイトボードを使っている。


 運転免許証には名前と生年月日、現住所が記載されている。

 マイナンバーカードは同じく氏名、生年月日、現住所、マイナンバー。

 社員証からは氏名、社名、会社住所、所属名、社員番号がわかった。


 ホワイトボードに書く。

来島きじまそう、28歳、7月1日生まれ、野辺市黒大路町9-2-4、進歩エンジニアリング(株)寒川市宮前町1-1、第二営業部』


「マユ、この勤め先、お母さんと同じトコか?」

「はい、あの女の勤務先はその住所であってます。お父さんも国内こっちにいる時は同じところでした」


 舞の視線を意識してしまう。努めて冷静を装ってがんばるしかない。こういう時、マイにアドバイスを求めたいが今は無理だ。


「お母さんは経理をやってるのか?」

「はい、よくわかりますね」

「間男が言ってたんだよ。勤務先は一緒で部署は違うわけだな」

「お父さんが日本にいないからやりたい放題です」

 吐き捨てるようにマユ。そしてこう付け加えた。

「それと『理恵』でいいですよ。あんな奴『お母さん』って呼びたくないし、呼ばれているのを聞きたくもない」


 凄まじい拒絶だな。気持ちはお察しするわー。

「理恵さんは残業とかあんの? 毎週この曜日は多い、とか」

「特にないと思うけど、土曜日は会社の飲み会で遅いことが多いです。あと日曜は毎週のように友達と出かけてます。今になって考えれば怪しいですね」

「そうだな、その友達が間男だったってわけだな」

「はい」

「理恵さんの同僚に知り合いはいないか? マユの知り合いな」

「たまに家に遊びにくるんですが、私、簡単な挨拶しかしないから……」

「お父さんの同僚は?」

「お父さんが日本にいた時は何度か家族ぐるみでバーベキューとかしてたけど、今は全然です」

「お前と直接の付き合いはないわけだな? 年賀状のやり取りはしてるのか?」

「それは続いてます」

「住所わかるか? 効果的に不倫を暴露するため一斉に証拠写真を送りつけるって手がある」

「住所録ならありますよ」


「ちょっと待って」

 ここで舞が口を挟んだ。キスのことがあるからドキッとしちまったよ。

「おじさんを説得するための証拠なんでしょ? 話が変わってるじゃない」


「状況が変わったんだよ。ちょっと整理しよう」

 俺は続けた。

「俺たちの武器は三つの情報だ。『不倫現場の音声データ』『間男の正体』『二人の秘密連絡の方法』の三つだ」

 ホワイトボードに書き殴る。

「マユのお父さんの立場になって考えてみる。娘からこれだけの情報を渡されたら妻の不貞を確信するはずだ。そして興信所を雇うだろう。子供が録った音声データだけでは証拠として弱いからな」

 二人とも真剣な面持ちで頷いた。

「お父さんを説得する目的は二つあって、一つ目は『お父さんが興信所を雇うよう仕向けるための説得』。これはもう達成したと考えていいだろう。もう一つは『お父さんに離婚を決意させるための説得』だ」

「その通りです」

 マユが心得顔で頷いた。


「お父さんの行動を予想すると大きく三通りあるんだよな。一つ目は証拠を黙殺して不倫事実を揉み消す。再構築シナリオの一つだな。

「どうして揉み消すんですか?」

「片親だと娘が不憫だと思う親心、離婚騒動が出世に及ぼす悪影響、裏切られても妻を愛している……いろいろ可能性はあるんじゃないか?」

「あの女が母親でいる方がよっぽど不憫だと思うけど」

「お前はそう思うだろう。あくまでも可能性の話な?」

「…………」


「二つ目は不倫関係を清算して再構築。理由は一つ目と同じ」

 どうしても舞を直視できず、マユを見ながら話を進めるヘタレな俺。たまたま渦中の主人公がマユだから助かってるな。


「三つ目は離婚。俺たちは離婚させたいと考えている。だから一つ目と二つ目の可能性の芽を摘む必要がある」

「おじさんが証拠を揉み消せないようにする、おじさんが再構築を望まないように仕向ける、そういうこと?」

 舞の言葉に俺は頷いてこう付け加えた。

「仮に再構築を希望しても絶対叶わないような状況をつくる」



「何が問題かわかった」

 マユは大きくため息をついた。

「お父さんは再構築を望むと思う。うん、望むだろうな……」

「その時お父さんの意志を尊重するか、断念させるか、どっちにするんだ? まだ答えを出さなくてもいいとは思うが」

「断念させる。それが必要なことだから」


 ? 必要なことなのか? 何のために必要なんやろ?


「それだったらお父さんの同僚と理恵さんの同僚に証拠をばら撒けばいい。娘にそれをやられたらどんな親でも再構築は諦めるだろう」

「ここで住所録の話に戻ってくるわけね」

「それだったら同僚だけでなく祖父祖母にも送るべきね」

「そうだな。祖父母はご存命か?」

「うん、どっちのおじいちゃんおばあちゃんも生きてますよ」

「孫から母親の不倫証拠を見せられたら再構築に賛成などできないだろう」


「タケト君、すごい悪辣じゃん。タケト君の言う通りにしたら家庭崩壊待ったなしだね」

 笑顔でそんなことを言ってくるのだ。怖すぎワロターヨ。

「いや、既に崩壊してますやん」

 俺は言った。




 夜。

 作戦会議はとっくに終わり鷹城家フルメンバー+マユで晩飯食って、ゲームしたりなんかして今は自室のベッドに寝転がっている。


 SNSアプリ『シャベル』を起動してみるとマイからDMが来ていた。


『兄さんごめんなさい。今日用事があって連絡できません。あしからずご了承ください』



 そうか、相談に乗ってほしかったんだが残念だ。



『こんばんは。相談に乗ってほしい。今日俺、妹の唇を無理矢理奪っちまった。妹は不問に付そうとしてるみたいだ。『ゴメンとか言わなくていい』って言われた。妹にそんなこと言わせて自己嫌悪だわー』



 そう書いて送信した。


人名、会社名、地名は一応ネット検索して存在しない(あるいは複数存在する)ことを確認しております。

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