1 俺の妹は世界一
鷹城健人高一。イモウトスキー。フツメン。
鷹城舞中三。超絶かわいい。
マイ 中三の少女(自称)、健人とSNS友達。兄貴を落とすためなら手段を選ばない。
俺の妹は世界一。
いつもツンツンして無愛想なのは残念だけど、温かく見守るだけで幸せな俺にとっては冷たい眼差しも不機嫌そうな顔もどれもこれも眼福なのであった。
俺は鷹城健人、高校一年のイモウトスキーだ。顔はまぁ、フツーにイケメンだわー。バレンタインチョコいくつ貰ったかって? バレンタインなんてオワコンだと思いませんか?
6月下旬のある夕方。学校から帰ってきたら家の前で妹の舞が男子学生と向き合って何やら話し込んでいた。ちょうどいい。百聞は一見に如かずっていうから実際に見てもらおう。
舞は一つ下の中学三年生。ツヤツヤロングの黒髪に整った目鼻立ち、気の強さと聡明さを秘めた瞳、俺の前ではいつもきつく締められている薄めの唇、なろう系でいうと美の女神の転生体って感じ。
白のキャミソールに薄ピンクのカーディガンを羽織り、黒の膝下ハーフパンツという出で立ちだ。このカーディガンは俺が誕生日プレゼントで贈ったやつだ。着てもらえて嬉しい。
舞と対面している悪い虫は同じ中学のヤローだな。俺の出身中学でもあるから制服でわかる。いかにも野球部って感じの丸刈りイケメンやんけ。
俺に気づくと舞は舌打ちして「ごめん。じゃあそういうことだから」と男子ヤローに言ってそそくさと家の中に入っていった。
ヤローはがっかりした笑顔で「いや、オレこそごめん。聞いてくれてありがとな。じゃあまた明日」と応じて、俺に軽く頭を下げるとトボトボ去っていった。告白してフラれたっぽいな。実にいい気分である。
ヤローのしょぼくれた後ろ姿をしばし見送って俺は家の中に入った。
洗面所で手洗いうがいを済ましてリビングに入ると舞が二人掛けソファに寝っ転がってスマホをいじっていた。
「ただいま」
「おかえり」
スマホ画面を見ながら舞は応えた。
お互い思春期でなんとなく疎遠な関係になっちまったから、挨拶はするものの必要最小限の言葉である。
リビングの向こうのダイニングキッチンでカバンから弁当箱を取り出しシンクに沈める。テーブルの上にはオカンから俺宛てに『焼き魚、大根おろし、豆腐とえのきの味噌汁』とメモが置かれていた。ウチは両親共稼ぎでオカンが夜勤の日は兄妹当番制で晩飯を作っている。今日は俺が当番。
で、リビングに戻ってくるとスマホに顔を向けたまま舞が「あのさ」と声をかけてきた。
「ん?」
「さっきのは同じ組の男子。告られたけど断ったから」
ぶっきらぼうにそんなことを言ってきた。
「お、おう、それはお疲れさん。わざわざ報告しなくても……」
「親に変なこと吹き込まないでって言いたいの。キモッ」
がばっと起き上がり仏頂面でリビングを出て行った。階段を上る音がする。俺も続いた。二人とも自室は二階にある。
ベッドに横たわりながらスマホのSNSアプリ『シャベル』を開く。自分のシャベりたいことを発信するアプリなんだけど、俺の利用目的は『鷹城健人』として喋りたおすことではない。
イソップ童話に「王様の耳はロバの耳」って話があるだろ? 王様の耳の秘密を知ってしまった床屋さんが、黙ってるのがつらくて井戸に向かって『王様の耳はロバの耳!』って叫ぶ話だよ。俺も心の中の熱くたぎる思いを黙ってるのがつらくてSNSに叫ぶわけだ。
アカウント名は『俺の妹は世界一』。もちろん裏アカウントだから使うたびにログイン、ログアウトしているし、できるかぎりの身バレ防止対策もしてるよ。そもそも『シャベル』って、俺の周りのヤツ誰も使ってないんだよな。だからこそ『シャベル』を井戸代わりに使ってるわけだけど。で、具体的にどんなふうにシャベるのかっていうとこんな感じ。
俺の妹は世界一@sekai1
今日妹が告られているのを目撃した。妹なら告られて当然やろうって気持ちと今後男がどんどん寄ってくるんやろなという気持ちと両方あって複雑。
『シャベル』やり始めの頃はもっと尖ったことばかり書いてたけど、最近は日記みたいな大人しい内容だよ。
ある人との出会いが俺を変えたともいえる。おっ、シャベったら早速そいつからDMが来たやん。
ただいま兄貴攻略中@lovememuchmore
こんばんは。シャベリ見ました。妹さん、告られて付き合うことにしたんですか?
彼女は『ただいま兄貴攻略中』氏。名前の通り兄貴を落とすため奮戦中の妹らしい。お互いを『兄さん』『マイ』と呼び合うようにしている。攻略中氏から『『妹』なのでマイと呼んでください』って言われた時にはドキッとしたわー。俺の妹が舞って名前だからな。
アカウント作ったのは最近みたいだ。なかなか香ばしいシャベリを発信しててそれもまた良い。
そうそう、返事しないとな。
今後は特に必要がない限りアカウント名『俺の妹は世界一@sekai1』『ただいま兄貴攻略中@lovememuchmore』は省略させてもらう。
『いや、妹いわく、断ったらしい。告白男子もがっくり肩を落としてたから本当だろうな』
『そうなんですか。焼きもち焼きましたか?』
『当たり前やんけ。妹に寄ってくる害虫どもに殺虫剤まきたい気持ちだわー』
『コラコラw』
『まぁ、中三で、もうすぐ部活も引退だろう。これから夏祭りとか受験とか恋愛イベント満載だからな。虫がいっぱい寄って来よるわ(激怒)』
『なんで受験が恋愛イベントなんですか?』
『一緒に勉強するからやんけ』
『勉強は一人でするもんでしょ』
『俺たちオスガキは何かとかこつけてイチャコラしたいんやで。あいつ、お勉強会とか絶対増えるやろな。マイも中三なら気をつけろよ、兄貴殿攻略どころじゃなくなるぞ』
『兄さんも去年受験生だったんですよね? どうだったんですか?』
『聞くな。泣けてしまう』
『わかりました。ウチの兄貴も独りだったみたいです』
『兄貴殿、どんなヤツなの? 男前?』
『男は顔じゃないです』
『微妙にdisってね?』
『ディスってないですよw 私の中ではNo.1です』
『すまん、そろそろメシ作らんと。落ちるわ』
『おつかれー』
親がいない日は二人ともスマホ片手に飯を食う。もちろん無言だ。
食卓を挟んで向かい合っているため、お互いスマホで何をしているかはわからない。ただ、俺と同じくらいスマホ遊びに熱中してるのはわかる。
俺はマイとチャットを再開していた。
『エッチな本とかDVDを見つけることができないんですよ。高一男子が一つも持ってないってことはありえないと思うんですけど』
『ひょっとして兄貴殿の部屋ガサ入れしてんの?』
『ガサ入れって何ですか?』
『家宅捜索』
『もちろんしてますよ、基本でしょ? 兄貴の部屋のことは兄貴より詳しいんじゃないかってくらい調べてます』
『マジか。兄貴殿に同情したるわーw』
『私、恋は情報戦争だと思ってるんですよ。兄さんは妹さんの部屋調べてないんですか?』
『そんなことするわけないやん。見つかったら絶縁待ったなしやもんね』
『妹さんが塾に行ってる時に探索すればいいじゃないですか。私は部屋もスマホも兄貴にこっそり見られることを想定してますよ。兄貴にこっそり見せたいものをスマホに入れたり部屋に隠したりしてます。知ってます? こういうのカウンターインテリジェンスっていうんですよ』
『すげぇ、変態ガチ勢やん、全俺が戦慄した』
『情報活動ガチ勢って言ってくださいw ここまで頑張っても見つからないんですよ。あと考えられるのはスマホかなぁ。兄さんはどうやって隠してるんですか?』
『俺はエロ漫画しか持ってないんだけど、参考書の表紙を被せて偽装してるわー』
ここで舞が突然身じろぎして椅子がガタッと鳴った。突然でかい音を立てたので思わず俺は顔を上げた。舞と目が合う。舞は決まり悪そうに咳払いをして不機嫌そうに眉根を寄せた。
「……なに?」
低い声で、なじるように聞いてくるのもかわいい。
「いや、別に」
たったそれだけの言葉を交わして俺も舞もスマホに戻った。
『なるほど、表紙を差し替えて堂々と置いてるわけですね。参考にします』
『木を隠すには森の中って言うだろ? 高校の参考書だから妹が貸してくれって言ってくる可能性はないしな』
『さすが兄さん、私の軍師』
『今度は俺の軍師になってくれよ。妹、俺と二人のときはずっと不機嫌そうなんやけど、どうにかならんかな。笑ったとこを随分見てない気がする』
『反抗期とかじゃないんですか?』
『かもな。でも俺の友達の妹って全然そんな風じゃないぞ? 嫌われるようなことした自覚がないんやが』
『私も兄貴に対してつっけんどんになることありますよ。兄貴と目が合ったら耳まで赤くなってしまいそうで直視できなくてそんな態度を取ってしまうんです』
『なにその超絶萌え設定w それやったらほっこりするわー。不機嫌な顔もメッチャクチャかわいいから、それすらも眼福なんやけど』
『兄さん、すごいMじゃないですかw 妹さん、きっと兄さんのこと嫌ってないですよ。本当に嫌ってたら一緒に晩御飯食べたりしないです』
『そっか、そういえば今日、俺が誕生日にプレゼントしたカーディガン着てくれてたわー。俺のこと嫌ってたら着るはずないよな』
『そうですよ、着るわけないですよ』
『それは女の勘ってやつか?』
『そんなところです』
『さんきゅな、前向きになれた』
『はい、悩みとかあれば何でも言ってくださいね』
晩メシを作って食って洗い物をするまでが当番だ。
当番仕事を終え自室に引っ込む。さっさと風呂に入りたいけど舞が今入っている。妹の後からしか入れない事情はお察しください。
風呂が空くまでの間、ベッドに寝そべって『シャベル』を再開。マイからDMが来てた。ちょうど洗い物をしてる頃だな。
『悲報 私氏、ネカマ扱いされる』
マイのプロフに飛ぶと、絡まれとる絡まれとる。
『妹活動お疲れっすw 妹に幻想抱く底辺キモオタは釣れてますかw』
『そこまでして男の注目引きたいのか? スクールカースト最底辺臭がぷんぷんするんだが』
『JCって、何年生? 33年生くらい?www』
『いや、ネカマだろ。リアルで報われない淋しいクンの楽しみ奪ってやるなw』
『ネカマwww』
これらのシャベルに対するマイの書き込みはまだない。あいつが何か言い返すまでに止めなければならない。
『無視一択。こういう奴らにとって、相手にされないことに勝る屈辱はない』
送信したタイミングでドアをコンコンコンッと性急にノックされた。
『入っていい?』
ドア向こうで妹の声。
「いいよ」
と答えるとやや乱暴にドアを開け、舞が入ってきた。
湯上がりで体がうっすら上気しているのがわかる。さっきと違うキャミソールとショートパンツ、まだ少し濡れている髪をポニーテールにしばった姿を簡潔に表現すると『俺の妹は世界一』。
ただ、機嫌が悪いらしく、眉間に皺を寄せて本棚に視線を向けた。本の陳列をじっと睨んでいる。
「英語の辞書貸して」
英和辞典か。クレバー英和辞典が新品同様の姿で本棚に鎮座ましましている。こういう辞書って持ってるだけで英語できる気がして不思議だよな。
英語辞典の段には高校参考書も置いてあり、さっきマイに説明した通り中身はエロ漫画になっている。舞にうろうろされるのはマズイと思い、俺はベッドから起き上がり手ずから辞典を取り出して渡した。
「さんきゅ」
キャミソールってヒモみたいなのが肩にかかってるだけやん?湯上がりでブラもつけてないので目のやり場に困る。いや、ホントに見てないよ? 嫌われたら生きていけないです。
舞がドアを閉めるのを見届けると、ふぅっとため息が出た。
風呂入ろ。
風呂から部屋に戻るとスマホにかじりつく。マイからの反応が気になっているからだ。
『クールダウンしました。さんきゅです』
『よかった! すばらしいアンガーマネジメントだ!』
『ムカついてはいるんですよ? あいつらがシャベリを書き込むのに数分、私が反応するのをワクワクしながら待つのに数十分から数時間。私に無視されたらあいつらの時間が全部無駄になるんですよね。私は兄さんとのSNS、一秒も無駄にしてない。ザマーミロって感じです』
『その考え方カッコイイ! 俺がネットで煽られてキレてたら、そのクールな思考で俺を救ってくれ』
『はい、もちろんです』
ええ子や……マジええ子や……
『兄さんはどうなんですか? 私のことネカマだと思ってますか?』
『そんな風に考えたことなかったわー。フツーに女で妹と思ってるけどな』
『はい、信じてください』
『わかた』
こんなにかわいい妹キャラを演じられるもんならネカマでもいいような気がする。実際に会うわけじゃないしな。
何はともあれ今日もいい夢が見れそうだ。
コメディとして書ければと思います。
今のところR15にしています。