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6.感謝されることではない

謙遜する系主人公。

 少女は俺に頭を下げた。

 魔族と人間のハーフだと知ってもなお、恩を忘れない姿勢は素晴らしい。


「改めて、助けていただきありがとうございました。何とお礼を申し上げたらよいか」

「そんなのいいよ。それより、手の怪我は」

「もう治しました」


 気がつけば手の怪我は治っていた。

 さっき負った擦り傷が、初めからなかったみたいに綺麗さっぱり無くなっている。

 俺はその回復力の高さに目を疑った。


「君は」

「私はソフィアです。ソフィア・ディア・ホーリング。聖女の冠をいただきました」

「聖女? それに、ホーリングって、ホーリング侯爵?」

「はい。私は、グラファイ・ディア・ホーリング侯爵の娘です」


 マズいことになった。

 聖女って響きだけで厄介なのに、ホーリング家の人間ともなると、言い逃れができない。

 俺は額から冷や汗が流れていた。


 ホーリング家。

 それは元は光属性の魔法に適した魔法使いだったが、いつしか神父となり、今では侯爵の爵位を賜った有名貴族だった。

 しかも聖女と言うことは、勇者パーティーの一員。

 魔を祓う者として、俺を殺そうと言うことだろうか。

 いや、違う。この子からはそんな気は一切しなかった。


「貴方のお名前は?」

「俺? 聞いて如何するのさ。もしかして、殺すの?」

「いいえ。私はそのようなことは致しません。ましてや、私の命を救ってくださった方ですから」

「……反応に困るな」


 言葉に詰まった。

 しかしソフィアは、柔らかな笑みを浮かべる。


「なんですか?」

「人間らしいですね」

「だから、俺は半分人間で……」


 そう答えた。

 すると、ソフィアはこの惨状を見て胸を痛めていた。


「このモンスター。オークでしたか。モンスターは皆こうなんですか」

「いやそんなことないよ。こいつが特別なだけ。確かにオークは本来、貪欲で暴食だけど、人を襲って食う趣味はないし、こんな風に他人を殺して人間のふりをするなんてこともしない」

「では、このオークだけが悪いということですか」

「そうなるかな。でも、人間だって同じだよ」


 俺はソフィアにそう言った。

 すると手が止まる。


「人間だって、自分勝手な行動が原因で他人を踏みにじってる。それと同じことだよ」

「それは貴方が魔族だからですか」

「如何かな。どっちにしろ、俺はどっちも見てきた。だから言えるんだよ」

「説得力が違いますね」


 ソフィアは顔を背ける。

 それから死んだ子供たちに手を合わせた。聖女らしいけなげな行動だった。


「せめてものです。私にはこれくらいしかできません」

「その気持ちが大事だと思う」


 俺も手を合わせることにした。

 火を焚いて、煙は空に昇っていく。

 柔らかな煙と灰だった。儚い。だからこそ、尊い。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 それからすぐに人が駆けつけてきた。

 幸いにも俺は魔族だとバレなかった。

 当然と言えば当然だが、今までよく勇者パーティーを騙せてきたと思う。


「よく考えたら、羽出してないときは俺人間なんだよな」


 腕組をして、木の影で休んでいた。

 誰も俺のことなんて見向きもしない。

 町の人達は、優しかったころの本当の領主様に涙を浮かべたりしている。

 当然食われた子供の親たちも、大粒の涙で服の袖を濡らしていた。


「酷い惨状だ」


 これを見てもそれしか出てこなかった。

 それからゆっくりと空に視線を戻すと、俺は急に何かに掴まれた。


「お兄ちゃん!」

「君はさっきの。大丈夫、お姉ちゃんは助けたよ」

「うん!」


 俺が最初助けた女の子だった。

 この子が町の人達に知らせてくれたらしい。

 お手柄だ。俺は頭をぐりぐり乱雑に撫でた。すると女の子は痛がる素振りを見せるも、嬉しそうで笑顔だった。


「痛いよお兄ちゃん」

「ごめんごめん」


 まるで親戚の従妹のようにじゃれつかれていた。

 その様子を見ていたソフィアは、俺たちに近づくと、


「仲がよさそうですね」

「ソフィア」

「お姉ちゃん」


 女の子は、ソフィアに抱きついた。


「怖かったですね。さぁ、お母様たちの元に行ってあげて」

「うん!」


 女の子は走っていった。

 すると女の子の両親は俺たちに頭を下げたので、反射的に頭を下げ返す。


「可愛いですね」

「そうですか」

「ええ。でもちょっと嫉妬しちゃいます」

「仲がいいから?」

「貴方に撫でられていたからです」


 どこに嫉妬してるのか。

 俺はそれぐらいと思い、聖女の頭を撫でる。


「えっ!?」


 頭の上にポンと手を置き撫でると、ソフィアは驚いて可愛い声を上げた。


「ソフィアもよく頑張ったな」

「……ありがとうございます。えへへ」

「なんで笑うんだよ」


 わからない奴だった。

 しかしこれでやることもなくなったな。そろそろアイツらもいるだろう。


「じゃあ俺は行くから」

「待ってください」

「なに?」


 呼び止められるいわれはないはずだ。

 しかしソフィアにはあるみたいで、


「まだ貴方の名前を聞いていませんでした」

「そう言えばそうだっけ。俺はアリア。アリア・ブラドレイン」

「アリアさん。素敵なお名前ですね」

「どうも」


 俺はそっけなく返したが、実は嬉しかった。

 こんな女みたいな名前でも、こんな満面の笑みで喜ばれるとそうならざるおえないのだと、俺は気づかされてしまった。



 

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