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28.部屋が一つしかないのはいかがなものか

そういう展開にはならないのよ。

 その日の晩。

 俺はソフィアと宿に泊まっていた。

 極力金は使いたくないので、安い宿にした。その方が部屋も空いているだろうと踏んだのだ。しかし、同じような考えが集中しすぎると如何なるのか。そう、こうなるのです。


「まさか一部屋しか借りられないとはな」

「残念でしたね」

「ああ残念だ。仕方ないか」

「仕方ないですね。私は、構いませんが」


 ソフィアの顔が赤らんだ。

 そりゃあ嫌か。そうだな、年頃の少女だ。仕方ない、後で俺が野宿でもするとするか。


「そんなことより、買取は如何だった」

「そんなことなんですか!?」

「そんなことだ。それより、買取は如何だった」


 俺はソフィアに尋ねた。

 プクッと頬を膨らませて、何だか不満そうだったが俺は気にしないことにした。

 するとよっぽどの大金になったのか、紙切れを差し出す。


「これは?」

「買取額はその紙の通りです。確認してくださいね」


 ソフィアが不気味な笑顔だった。

 いや、側からみれば可愛らしい笑顔なのだが、よっぽどになったのだろう。笑みが怖い。


「そうだな。えーっと、一、十、百……三百万!」

「はい。端数切りで、350万ライだそうです」

「凄いな。まさかこんな額になるなんて。全部でこの額となると、あの宝を売ったら全部で幾らになるんだ」


 俺は唇に親指を当ててゴルドの財宝を頭に浮かべる。

 流石に盗む気はないが、あれだけの量だ。きっと凄まじい大金になるだろう。


「アリアさんの方は?」

「俺はこんな感じだよ」


 ソフィアの前に膨らんだ袋を置いてみた。

 するとずっしり重たい金属の擦れる音が耳にできる。それを一目見たソフィアは目を丸くして、俺の顔をじっと見てくる。


「なに?」

「如何なってるんですか、これ。一日でこの大金、一体何をしたんですか!」

「普通に稼いだだけだよ。それに俺、こう見えてSランク冒険者だから」


 そう言うとお茶を一口飲んだ。

 ソフィアは首を傾げてしまい、何のこと変わらないみたいだ。

 Sランク冒険者とは冒険者のランク帯の中で最高位に属し、今回はAランクの依頼を受けたがSランクとなると、ギルドの推薦が必要になる。

 王都のギルドで推薦を貰った俺はそのままSランクになり、今日はそのことを公表しなかったが、それだけ実力があれば一日でこれだけの大金を稼ぐこともできる。


「これだけあれば、1ヶ月は暮らせそうですね」

「だろうね。でももっとやるよ」

「もっとって、依頼を受けるんですか」

「そう。明日も早いから、俺はもう寝るよ、ソフィアは明日は如何するの?」

「私は……私も冒険者になりたいです」

「えっ!?」


 ソフィアの提案は思っても見なかった。

 戦える人材は欲しいけど、それだとソフィアレベルにまで依頼の質を落とすことになる。まあそれでもいいが、何故ソフィアが冒険者になるんだろうか。


「私も冒険者さんみたいに困った人たちを助けたいんです」

「その意気は良し。だけど、あまり無茶はしたら駄目だよ。この間のオークや、ポイズン・サーペントの時みたいなあまりに強いモンスターには出会わなくとも、危険はつきものだから」

「心得ています。それじゃあそろそろ寝ましょうか。ですが……」


 ソフィアはベッドを見た。

 この部屋にはベッドは一つしかない。部屋自体は広いのに、クローゼットや姿見、肝心のベッドは一つずつしかない。それもそうだ。ここは一人部屋だから。


「如何しますか? 私は、一緒でも構いませんが」


 ソフィアはもじもじしていた。

 恥ずかしいのだろうな。俺はその意図を汲む。

 そこで俺から出た言葉は、ソフィアの考えに反していたみたいだ。


「いいよベッドはソフィアが使ってくれて」

「えっ!? それじゃあアリアさんはどこでお休みになるおつもりですか?」


 まさか床や天井ではないだろうかと心配されてしまう。

 しかし俺はそれを拒否。それから視線を窓の外に移すと、ソフィアはまさかと言いたそうに目を見開いた。

 しかしそのまさかだ。


「駄目ですよ。町中で野宿なんて。騎士の人達に怪しまれてしまいます」

「いやそんな真似はしないよ」

「では町の外ですか? それは危険すぎます」

「それもないから。とにかく俺は外で寝るからね」


 窓枠を掴み、外に出る。

 黒い吸血鬼の翼を引っ提げ、空を舞う。

 夜の静寂を優雅に掻き切るみたいな、イメージで夜空に舞出ると、そのまま適当な建物の屋根の上に着地した。


「俺はここで寝るよ」

「そんなところで眠ってしまったら、風邪をひいてしまいますよ!」

「大丈夫。翼を使って寝るから」


 俺は翼を展開したままにした。

 それを毛布のようにして自分の体を埋める。すると意外に温かい。そのおかげで風邪もひかずに済みそうだった。しかし小さく聞こえてきたのはソフィアのため息。吸血鬼の状態なので感覚がより研ぎ澄まされ、小さな声すら聞き逃さない。


「何言ってるんだ?」


 耳を澄まして聞いてみた。

 ソフィアはため息を吐きながら、


「一緒に寝てもいいじゃないですか」


 何だか落ち込んでいた。

 けれど俺だって最大限の配慮を色々なところに回していた。ソフィアだけじゃない。これはシルやホーリング侯爵。それから聖女としてと様々なところに意識を張り巡らせる。

 その結果俺は野宿を選んだだけだった。


「そんなに気に病むことないだろう」


 それからゆっくり目を瞑る。

 今宵の月もまた美しい。

 俺はチラッと視線を送り、静寂に包まれた町の中に沈み込んだ。

 

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