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26.腕相撲をしたのだが

腕相撲って設定は突発的。

 俺は肘をテーブルの上に置き、手を握り合った。

 相手はCランク相当の冒険者。しかし血の気が多いのか、焦っているようにも見えた。


「おい、さっさと始めるぞ」

「そんなこと言われなくても分かってる。早くやるぞ」

「よし。おい、女! 仕切れ」


 男はカナエを呼びつけた。

 そんな言い方しなくてもいいのにと、微かな苛立ちを覚える。

 しかしここで怒るのもよくない。俺はカナエに手を押さえられ、開始の宣言をされた。


「ファイト!」


 開始早々、男は勢いよく腕を倒しにかかる。

 しかしそれはあくまで勢い任せによるもので、初動の入り方はなかなかに良かったが、結局それだけだ。


「な、何で倒れねぇんだ!」

「そんなんで甲が付くわけないだろ」

「何だと!」


 何だとじゃない。明らかに実力を見誤っている。

 完全に自分より弱い。そう決めつけて挑み、それを覆せないと悟った、またはその判断にも至れない相手は完全に強さの距離感が測れず、いつまで経っても溺れてしまう。見た目や内包している気配に気づけないんじゃお終いだ。


「つまんねぇな」

「つまらな!……負けるか!」


 挑発に乗ってきた。単純な奴だ。しかしそのおかげかは知らないが、さっきよりも明らかにパワーが上がる。しかしそれだけしかない。そこ止まりじゃ俺には届かない。


「凄い。ピクリとも動いてない」

「これでも力入れてないんですが」

「舐めるなよ!」


 すると男の内包していた魔力が溢れる。

 しかし魔法は使えないみたいで、威圧する程度だった。


「そろそろ終わらせていいか?」

「やれるもんならやってみろ!」

「じゃあ」


 俺は男の手の甲をテーブルに叩きつけた。

 まるで葉っぱでも拾うみたいに容易い。

 しかし音だけははっきりと違っていた。


 ドカァ!


「テーブルに亀裂が入ってますよ!」

「う、腕が!」


 カナエは目を見開いた。逆に男は手を押さえる。如何やら少し強すぎたらしい。


「大丈夫か?」

「お、覚えていろよ!」


 男は逃げだした。

 冒険者ギルドに入ってきた他の冒険者を押し退けて、勢いのそのままに出ていった。


「やりすぎたかな?」


(あれでも、手をかなり抜いたんだけどな)


 しかしそれでも駄目だった。

 カナエは亀裂交じりのテーブルをじっと眺め、周りの冒険者たちは腫物を見るみたいな辛らつな視線を送る。

 如何やら、初っ端から印象最悪の予感だ。

 しかしカナエは違った。何故かは分からないがくすくす笑っていて、よく周りを見てみれば顔を隠して笑っている人もいる。あの冒険者よっぽど嫌われていたんだな。懲らしめて正解だった。


「テーブル、壊してしまいまいた」

「大丈夫ですよ。私もスカッとしました」

「そうなんですか?」

「はい。あの冒険者さんはトラブルを頻繁に起こすので正直迷惑していたんです。でも、これで少しは懲りたかもしれませんね」

「そうですかね?」


 正直な話、あのタイプは後で逆上して性懲りもなく、襲ってくるのがオチだ。正直、腹いせは容認できない。もしそうなれば、俺も舐められないためにこっぴどく潰してしまうだろう。


「まぁそれはいいんですけど、これであてがってもらえますよね?」

「そうですね。これでしたら十分な実力があるとして、Aランク相当の高額依頼も出せるかもしれません」


 それなら話は早い。

 ソフィアと合流する前に十分な資金を用意しておきたい。その方が安心するだろう。


「少々お待ちください。すぐに用意致します」


 カナエは受付カウンターの奥に消えていった。

 如何やら取り残されたらしい。そんな俺に冒険者の1人が近づいてくる。


「よっ、さっきの活躍見てたぜ。まさか、ボブレットを返り討ちにしちまうなんてよ」

「ボブレット? さっきの男の名前か」

「そうそう。アイツ、まだ未熟な冒険者から脅して金をむしり取るような野郎でよ。でも実力はあって、誰も強くは言い出せなかったんだよな」

「そうか」


 この男は何者だ。

 見たところ、さっきのボブレットと言う野郎よりも強そうだった。飄々としたいでたち。しかし内包している魔力の質も高い。細く見えているのか分からない目をひっさげ、俺の前に現れたのだ。


「そんなことよりお前は?」

「俺? 俺はナミカゼ。しがない冒険者さー」


 掴みどころがないとはまさにこのことだろう。

 俺やソフィアには及ばないが、持っている装備もかなり良い。特に腰の短剣。外から見えるのはいわゆる偽物(フェイク)で、本当は服の中に隠しているな。しかもこの突起物、おそらくBランク素材、拡散サンゴの棘があしらわれていた。


(できるなコイツ)


 ただの冒険者とは思えない。

 しかもこうやって近づいてくる辺り、かなりのコネを持っているはず。それを隠せるほど、自分の実力が解っている慎重派な印象があった。


「俺は君のこと高く評価してるんだ。また話そう」

「機会があればな」

「楽しみにしてるよー」


 ナミカゼは笑顔を作ったまま、その場を後にした。

 あの笑みは偽物だ。作り笑顔が美味い男は気を付けた方がいい。そう思った。


「さてと、そろそろ戻ってくるかな」

「お待たせしました」


 受付にカナエが戻ってきた。

 何枚か紙を持っていて、俺に差し出す。

 かなり難易度高めの依頼が多いが、その中で一つ気になったものがあった。


「この依頼は」

「それ、最近のものなんです。調査に赴く冒険者の方は皆投げ出してしまって……」


 そう語るではないか。

 俺は報酬も高いこの依頼を受けた。そして早速向かうのだった。

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