98話 低評価と高評価
学校から帰ってきた俺は、ため息をつくと自分で借りたアパートのドアを開けた。
「ただいま」
そう言って、部屋の中へと入ると、そこにはさも当然のように座っている、最近毎日のように顔を合わせるようになった女の子がいた。
「あのな、お前。どうやって中に入ったんだよ」
俺がそう言うと、女の子……松前美咲はニヤニヤした顔つきでベランダへと続く、ガラス扉を指さした。
「まさか、お前……」
そう言いながら、俺はそういえば引っ越して来てから一度も開けてないカーテンを開け放つと、扉に付いているはずの鍵を探した。
「どうして、鍵が無くなってるんだ?」
美咲は俺の言葉に本来ならレバー型の鍵が付いているはずの場所を見ると、笑う。
「君の目は節穴かな?」
「は?」
その言葉に俺が思わずそう返すと、なにやら、本来は隣のベランダとの境目にあるはずの仕切りに大穴が開いていることに気がついた。
「おい。お前なにしてるんだ?」
確かに、火災などのときのためにやろうと思えば穴を開けることのできることは知っていたが、実際に穴が開いているところは見たことない。
なぜなら、俺は幸いなことに自宅や隣家が火事に見舞われた経験などないのである。
「お前の部屋、火事でも起きたのか?」
俺がそう言うと、美咲は大声で笑うと言った。
「どの口で火事なんて言ってるの? 誰よりも炎上してるくせにさ」
美咲はそう言うと、昨日編集途中で電源を入れたままにしてあるパソコン画面を指さした。
「お前、俺を怒らせたいわけ?」
それは昨日初めて二人で配信したときのアーカイブで、移籍初の動画な訳で。
「それはもう、見事に炎上してますねぇ!」
なんの音沙汰もなく休止状態になってからの突然の事務所移籍発表。そして、それからの初配信。当然、視聴者方の反応も真っ二つに分かれた。
「お前も当事者の一人のくせになんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「これが飛び火と火元の違いってやつですかね……」
「お前も灰にしてやろうか?」
「あ、私大麻とか興味ないんで……」
「いや、俺が大麻なんか吸うわけないだろ」
俺がそうツッコむと、美咲はニヒルに笑って言う。
「まだ、いいじゃないですか。待っている視聴者もいるんですから。ほら」
美咲はそう言うと、かなりの数の低評価に拮抗しながらも辛うじて上回る数の高評価数を指さした。
「ああ、正直、今かなり助けられてる」
俺がそう言うと、美咲はうんうんと頷く。
「……だれも味方がいない苦しみは私が一番分かってるから」
「なにか言ったか?」
美咲があまりにも小さな声で言うものだから聞こえなかった俺はそう聞き返した。
「いや、なんでもない。うん!」
美咲はそう言うと、とんとんと隣に置いてあった座布団を叩くと、家庭用ゲーム機のリモコンを差し出しながら言った。
「たまには、PCゲームじゃなくてこんな懐かしいゲームを配信するのもどうです?」
俺は苦笑いを浮かべるとリモコンを受け取って横に座った。
「機材はどうするんだよ」
俺がそう言うと、美咲は手提げカバンからラップトップを取り出して広げると、マイクをつなげて俺たちのちょうど真ん中に置いた。
「社長の夢のかけらでも十分私たちは輝けるんだってこと見せてやりましょ!」
美咲はそう言いながら、Vセカイの開発した配信ソフトを起動させると、ゲームの配信を開始した。




