96話 敗者
美咲と呼ばれていた女の子と社長と呼ばれていた男がごちそうさまと言うのに俺は苦笑いで返すと、女の子が今気づいたというように大声を上げた。
「あッ!! あの時の男の人じゃん!」
俺がさっぱり分からんと首を傾げると男も同じようで首を傾げているのが視界に入った。
「あの、俺たち今回が初対面だと思うんだけど」
俺がそう言うと、美咲はニヤニヤ顔を緩めると、俺に一歩近づいて肩に手をおいた。
俺は思わず頬を染めて、なんだかいい匂いがするなあとか哲学的な思考にいたった。すると美咲はそんな俺の思考なんて知らないと言うように笑い声を抑えることもせずに言う。
「いや、分かるよ。照れちゃうもんね」
俺は背筋に冷えた汗を感じながら答えた。
「男の子の習性をよくご存じで、助かりますう~」
なんかごく最近、この事件の発端となった遊園地で似たようなやり取りをしたなあとか思いながら俺はそう返した。
*
「そうか、そうか、君は僕と出会う前に既に美咲に会っていたんだね」
イートインの消費税がもったいないと言い張る美咲に背中を押されるようにして飲食店の持ち帰りメニューを山のように持たされた俺と社長は、再びボロボロの事務所に戻ってきていた。
「まさか、社長もこんなに悪どいやり方でトップYoutuberを連れてきているとは思いませんでしたよ!」
「……うるさいドジな着ぐるみ野郎」
食べ物にありつけてごきげんな二人が好き勝手言ってるのを片目に見ながら俺はそうボソッと呟いた。
「あははははは、君、私達に生殺与奪の権利を握られているのを忘れているのかな~?」
女の子の言葉に俺はすかさず黙った。しかし、どうしても聞きたいことがあったので再び口を開く。
「あの」
俺がそう切り出すと、男は遮るように話し始めた。
「君は今のところ、敗北というのを知らないだろうね……」
男の言葉に俺は黙って頷いた。
「そりゃそうだろうな。だって天下の烏城だもんな。そりゃあ負けるわけだ」
男の言葉に俺は尋ねるように聞いた。
「それってVTuberの事務所のことですか?」
「それもそうだろうね。半分は僕のマネージャーとしての未熟さの問題だけれど、本格的に不味くなったのはメタガラスがきっかけかもね」
俺はその言葉に少しイライラした気持ちを込めて返した。
「そんなの、俺には、メタガラスにはなんも関係ないじゃないですか」
俺が自分を脅してきた男に恨みがましくそう言うと、男は笑いながら、言った。
「プラットフォーム代もかからないVTuber事務所でどうやったらこんな借金を拵えられると思ってるんだい?」
男はそう言うと、こらえきれないというように笑い始めた。
「8月5日の出来事を覚えているかい?」
男の言葉に俺はとある出来事を思い出す。
「メタガラス3Dの発表の日……」
「同じ月にほとんど同じ機能、同じ内容のソフトの発表を予定していた企業があったとは知らなかっただろうね」
男の言葉に俺はこんな偶然があるのだろうかと息を飲んだ。
「その夢の残骸がこのパソコンに入っているソフトだよ」
俺は言われるがままにそのパソコンで起動されていたソフトを使ってみた。
確かに、直感的で、感覚的で、視覚的で、それでいて生き生きと動く3Dモデルの姿がそこにはあった。
だけど、泉の作ったソフトの方が、より直感的で、より感覚的で、より視覚的で、それでいて、本当に生きているようなそんなどんな技術者でも夢見るようなそんな動きをする3Dモデルの姿があった。それは、もう本当に、残酷なまでにいままでそのソフトを使っていた俺だからこそ感じることだった。
「結果的にそれが決定打になったよ。銀行の融資は打ち切り、さらに連鎖するように企業案件などを持ってきてくれていたお得意様も噂を聞きつけたのか来なくなった。僕は起死回生だと思った一手で会社の息の根をほとんど止めてしまったわけだ」
男の言葉に美咲が言う。
「それで、君が私達の会社が生き残るための策ってわけだね」
「それで、本当にメタガラスのみんなに不都合がないなら俺はなんでもするよ」
俺の言葉に男は満足気に頷いた。
「もちろんだよ」




