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94話 雑居ビル

 やっぱり人が多いな。

 俺は、駅から出て東京の土地を踏みしめると、あたりを見回してそう思った。


「指定されている場所はと」


 俺は、その都心から少しだけ離れた駅から出ると、少しだけ住宅街のようなでもやっぱり都会だなと思ってしまうような街並みを、指定されたビルを探しながら歩いた。


「マップアプリで調べても特に店とかがあるわけじゃないんだよな」


 俺は、少し立ち止まって改めて地図アプリが指し示すそのビルを見てみた。

 少し都心から外れているとはいえやはり24区内なだけあって建物一つ一つのブロックに器用にもそれぞれ入っている店だったりそもそものビルの名前が振られていたりする。

 ただ、そのビルは特にルビが振られているわけでもなくただの雑居ビルという感じだった。


「ここか」


 俺はストリートビューで予め知っていたその外観を見つけると、立ち止まった。

 雑居ビルの一階はすでに閉店した店舗のようでシャッターが閉じられており、今どき珍しく、2階以上の階に入るにはビルの外壁にへばり付くように取り付けられたサビサビの階段を登っていく必要があるらしい。

 俺はビルに近づくと、その踏むとやけにガンガンと響く階段を登っていき、指定されていた2階まで上がっていった。


「株式会社Vセカイ」


 すりガラスに書いてある文字を俺は読み上げるとインターホンを探した。

 

「なぜこんな所に」


 しばらく探してもなかったので諦めかけたところでなぜか、壁に取り付けられておらず天井の配線からぶら下がるように垂れ下がっていたボタンを見つけると、ボタンを押した。

 Vセカイ、どっかで聞いたことのある名前だなとか思いながら、しばらく待っていると、少しくたびれたスーツを着た。30代も前半くらいの人好きのするような顔をした男がでてきた。


「やあ、よく来てくれたね。美鈴咲()()?」


 男はその人好きのする顔を皮肉げに歪めると、俺に中に入るように促した。


「さあ、狭いオフィスだけど、流石に大人二人くらいは座れるスペースはあるからね」


 部屋に入ると、男は先程まではつけていなかった部屋の電気をつけ、奥の安っぽいクッションの潰れたオフィスチェアに座り、会社においてありそうな折りたたみテーブル越しに同じようにクッションの潰れた椅子に座るように促した。


 俺は、油断ならない目つきで男を見ながら、言葉の通り、男の前に座った。


「さて、君は僕に秘密を握られているわけだけど、君の親玉にはこのこともう相談したのかい?」


 男は早速本題だとでも言うように、片手を顎に当てながらそう聞いてきた。


「いや、知っているのは俺だけだよ」


 俺がそう言うと、男は面白いものでも見たような表情を浮かべると、言う。


「それじゃ、プランBだね」


 男はそう言うと、丁寧にもプランBと書かれたテープを張ったクリアファイルを取り出して俺の前に置いた。


「これが、僕が考えた、君の秘密を公開しない条件だよ」


 男が開くように促してきたので、俺はクリアファイルから中の書類を取り出して、内容を読んだ。


「俺が美鈴咲としてあなたの運営するVTuber事務所に移籍するのが条件ですか」


 俺がそう言うと、男はその通りというように笑みを浮かべた。


「入り口にあったVセカイ。やっと思い出しました。VTuber黎明期に多数のタレントを揃えて総合登録者数や再生回数でぶっちぎりだった事務所を運営していた会社ですよね」


 俺が過去形で話したのには理由があった。そして男はその理由を引き継ぐように言った。


「多数のタレント、しかし、VTuberの動画を追う視聴者に対して、タレントの数が飽和して、事務所内で再生回数を奪い合うような状況になり、事務所の中でも大物のタレントから、デビューから鳴かず飛ばずの新人まで連鎖的に辞めたね。そして今はもう」


 男はそこまで言うと、ただでさえ皮肉げに笑っていた表情を更に歪める。


「かろうじて、まだ再生回数の稼げているタレントを数人残してみんないなくなっちゃったからね」


 男はそう締めた。しかし、業界人として同業他社の研究も行っている俺には厳密にはその状況が異なっていることを知っていた。


「その数人のタレントすら、現在も休止せずに活動しているのは一人だけなんじゃないですか?」


 俺がそう言うと、その男は我慢ならないというように声を上げて笑い始めた。

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