92話 不注意
俺は、傷心なこの気持ちを落ち着けるように、VTuberとしての仕事であるSNS投稿をしようとスマホを開いていた。
「今日はなんの写真を上げようかな?」
俺は白々しい声音でそう言いながらカメラロールをスクロールしながら、写真を見ていく。
今日、彩と遊園地に行ったばかりなので、やはり、遊園地の風景だったり、たまにチラリと映る彩の横顔だったりが目に入ってきて、気を紛らわせるためにやってることなのにどうしようもないなと、乾いた笑い声を上げてしまう。
「なんなんだよ。遊園地の写真過ぎれば、もうないと思ってみれば、俺って、最近はずっと彩と一緒にいたんだな」
俺は、泉や梓だったり、早苗さんや大塚ちゃん、エイヴェリーさんに翼さん、たまには田所なんかのメタガラスメンバーと一緒に写る彩の姿を見つけてそう呟いた。
「この写真にするか」
俺は、かなり迷ってから、遊園地の名物の年代物の時計塔の写真をアップすることに決めた。
彩こと、チチちゃんと一緒に行ったことと伝えて投稿すれば、美鈴咲とチチちゃんのソフト百合展開を期待しているリスナーさんたちの期待に答えられそうだというのが理由だと自分には言い聞かせるが、実のところは、彩がこれからも俺と一緒に仕事してくれるかの見極めにもなるかなと思ったのが本当のところだ。
「今日は、チチちゃんと一緒に遊園地! 楽しかったぜ!」
俺は、ハッシュタグにチチちゃんとつけて投稿した。すると、すぐに俺のSNSをフォローしている数万人のフォロワーからのいいねが来る。
そして、ちょうど彩もスマホを弄っていたのか、彩がチチちゃんとしてリプライを返してきた。
「咲ちゃんと一緒の遊園地! 楽しかった! また一緒に行こうね!」
俺はその返信を見て、少なくとも一緒に仕事をしてくれるつもりがあることを知ってひとまず安堵した。
……この時の俺の判断がせっかく泉が復帰して再び一致団結に向かっていたメタガラスを分断することになるとは思いもせずに。
*
次の日の夜。あれから彩と顔を合わせる機会もないまま俺は学校から帰ってくると部屋に籠もっていた。
いつもなら、毎日のように俺の家に来て梓と遊んでいる彩は今日は俺の家には来ずに、梓の方が彩の家へと遊びにいっていてなんだかとても家が静かだった。
そんな静かな部屋で唐突に懐かしいバイブ音が響いた。
「古いスマホが鳴るのなんて久しぶりだな」
それは、アカウント切り替え忘れなどの事故を防ぐために完全プライベート用にしてある古いスマホのバイブ音だった。昔からの個人用アカウントはほとんど休止状態だったのでもう通知音も鳴ることもないだろうと、通知を切るのを忘れていたのだ。
「誰だ?」
それは見知らぬアカウントからのDMだった。
俺はなぜか、早くなる鼓動に一抹の不安を感じながらスマホのロックを解除してDMを開いた。
そして、俺は決してバレてはいけない事実が羅列されている文面とその証拠となる写真を見て絶句した。
『証拠としてあなたがSNSに上げた写真と同時刻、同じ場所で撮影した写真を添付します。美鈴咲さん、あなたの中身が男性であることを突き止めました。つきましてはお話したいことがあるので、直接会いましょう。ご連絡お待ちしております』
そして、俺は事実を受け止めきれないまま、惰性でメッセージをスクロールして付け加えたように書かれた最後の一文を読んだ。
「なお、応答のない場合は、こちらの写真とともにあなたの正体をネット上に晒します」
俺の声は誰もいない家の中で小さく響いた。




