91話 俺の初恋
「ああ、私はなんであんなことを言ってしまったの……!」
私は、ある時を境にほとんどいつもカーテンが締め切られているのに加えて、シールングライトまで消していて真っ暗な状態の部屋でそう悶ながら机に突っ伏していた。
「失言したのはまだ、許すわ。今までもちょくちょくやらかしていたもの。それでも傑にあんなことを……!」
「あれはないわ!」
私は自分で自分にノリツッコミするようにそう叫んだ。
*
「好きだよ。俺は、お前のこと」
俺は、そう言ってしまってから、衝撃を受けたかのように固まる彩の顔を見て、震え始めた。
いま、俺は何を口走った?
「あ、えっとあの」
友達としてとか、冗談を装って言えばいいのだろうが、その言葉が全然口から出てくれない。
そうやって時間を使っていくうちにその言葉は段々真実味を帯びて、説得力というか、リアルさを増していく。
「あ、あの!」
と、彩のその言葉に俺はもうキャンセルの効かないところまで来てしまったことを悟った。
いつか言おうとは思っていた。俺のこの気持ち。だけど、違う。今じゃない。と、自分で口走ったのだけれど、俺はそう思う。
「ごめんなさい! 今は、Vの活動もあるし、メタガラスもやっと一丸になってきたから」
彩はそう言うと、へニャリと作り笑いとしか思えない笑みを浮かべると、席を立った。
「じゃ、私、向こうの方に座るから」
彩はそう言うと、俺の横から後ろの席へと移動した。
確かに、この時間帯のバスはガラガラで自由席なんだから席の移動も許されるけども。
このタイミングの席移動はもう……。
俺の初恋は終わった。
*
「いくら、恥ずかしかったとはいえ、あれは確実に脈なしだと思われたわ……」
私は初恋の男の子に対して、天邪鬼みたく、変な態度だったり言動をしないと死ぬ生き物なのかしら。
もう戻ることのない過去のあれこれを思い出しながら私は突っ伏した机に頭を打ち付ける。
と、真っ暗な部屋、カーテンから少しだけ光が漏れてきたことに気がついた。
「傑が部屋に帰ってきたのかな」
私は既にズタボロになって限界を迎え始めている心を落ち着けると、トトトと忍び寄るように窓に近づいて、確認するようにチラと、カーテンを捲った。
すると、そこには。
私と全く同じような体勢でちらりとカーテンを捲ってこちらを見ている傑がいて。
「よお!」
なぜか精一杯の虚勢を張っているのか、泣き笑いみたいな表情をしながら手を挙げる傑がいて。
私はきっと、自分でも恥ずかしさやら照れやらで真っ赤になっていると思う自分の顔の熱を意識しながら、耐えられずにカーテンをもとに戻した。
*
傷心のまま、家に帰ると、なにやらワクワクした様子の梓から今日のあれこれを根掘り葉掘り聞かれた。
俺はそんな質問をまるで人口知能のイライザみたく、機械的に返事を返して梓の興味が失せるのを待つとそのまま自分の部屋へと上がっていった。
なにやら背後から失敗したんだね! とか聞こえてきたがもうそんな言葉に構っていられないほどに俺はトボトボと自分の部屋へと逃げ帰った。
そしてだ。俺は、何を考えていたのだろうか。彩はもう帰って来ているんだろうか。果たして、これからもメタガラスのメンバーとして一緒にやってくれるのだろうか。そんなことを考えていたのかもしれない。
俺は窓に近づくと、隣の部屋の様子を確認するようにカーテンをちらりと捲って。
俺と全く同じような体勢でちらりとカーテンを捲ってこちらを見ている彩と目があって。
俺は精一杯の勇気を振り絞ると、よお! と手を上げた。
そして、そんな俺に対して彩はまるでお前なんか許さないとでも言いたげに顔を真っ赤にすると、さっとカーテンをもとに戻した。
俺は、上げてしまった手をどうすることもできずに宙ぶらりんにしながら、ボソッと呟いた。
「俺のことを監視するほど、身の危険を感じられているのか。俺は」
俺は頬を伝う涙にも気づかぬまま、その場に突っ伏した。




