90話 ナイトショーと。
俺は、彩の横、パレードの進行方向と逆側を位置取ったことに、自分を褒めたくてしょうがなかった。
キラキラライトアップされたパレードの着ぐるみやらオープンカーやらから反射した光が彩の横顔を幻想的にライトアップしている。
パレードの最中なだけあって、彩のキレイな黒目が映すのはパレードの車列で、俺はその横で、彩の黒目をチラチラ見て胸をときめかせていた。
そんな風にパレードなんか横において彩を見つめていると、唐突に彩がこちらに振り向いて、言う。
「綺麗ね」
「本当に綺麗だ」
俺が思わずそう答えると、彩はニコリと笑って車列の中の着ぐるみの一人に指さした。
「あれ、昼間の」
俺は、先程思わず答えてしまった文中に「彩は」という言葉が入っていなかったかをちょっと焦りながらも、その指差された着ぐるみを見てみた。すると、着ぐるみの一団の中に致命的にズレてはいないが、明らかに違和感の感じるような動きをしながらパレードに参加するなんとも見覚えのある着ぐるみを発見した。
「あいつなにやってんだ」
俺は、おそらく同世代であろう着ぐるみの中身である女の子の声を思い出しながらそう言った。
「まあ、遊園地の着ぐるみなんだから、仕事なのでしょうね」
彩が明らかに笑いをこらえているであろう様子でそう言うので、俺はお金をもらうプロであろうその着ぐるみを改めて見てみた。
「足の動きがずれているし、なんか、手に持っているステッキの動きがぎこちないな」
俺がそう言うと、横で父親に肩車してもらっている男の子が件の着ぐるみを指さして、子供らしい無邪気で悪意のない、ご指摘をした。
「ねえ! あのぬいぐるみ変だよ! ほら!」
男の子が背後のBGMを突き抜けるような声量で言ったので、その着ぐるみの動きに注目していた人はもちろん、意識していなかった人までその着ぐるみの奇妙奇天烈な動きに注目した。
そして、笑いが生まれた。
「あ、震え始めたわね」
彩がもう面白いのを隠そうともせずにそう言うように、着ぐるみちゃんはおそらく羞恥で震えているのか、奇妙奇天烈な動きにバイブレーションを加えるという高等テクを披露する。他の着ぐるみと一緒にパレードで歩いているのが、なんとも可愛そうで面白くて何時までも見てられる。
俺は恐らく恥じらいの表情を浮かべているであろう少女の無事を祈ると、彩に向きなおる。
「なんで、俺たちが関わるものは何でもかんでも面白くなっちゃうんだろうな」
俺がそうすっかり感動から冷めた声音でそう言うと、同じトーンで彩は返した。
「何でもかんでも面白くなっちゃう対象の一人のあなたにはもう、あの子みたいな恥じらいはないようね」
その彩のぐうの音もでない指摘に俺は、聞こえないふりをした。
*
「小さい頃から二人で遊んだりはしてたけど、こうやって夜に二人きりなのは初めてだな」
帰りのバス、横並びの席で、すっかりロマンチックな空気も無くなってしまった俺たちの雰囲気に、俺は普段の雑談と同じトーンでそう彩に話しかけた。
「小さかったから夜にどこかにいくなんてできなかったものね。まあ、今は今で、もう男の子と夜に出かけるのなんて簡単にはいかないから初めてになるのも当然よね」
俺はその言葉に思わず頬を染める。簡単にはいかないことを俺と一緒にやってくれたのか。そう俺が喜ぶのもつかの間、彩も言葉の意味に気づいたようで慌てて言葉を付け加えた。
「傑は違うわよ。だって、こんな意気地なし、男の子じゃないもの。そう、女の子の友達と同じ枠!」
彩の言葉に俺はしょんぼりして、言った。
「そうか、俺は、男の子じゃないのか、女の子なのか……」
俺がそう言うと、彩も流石に言い過ぎたのかと思ったのか、付け加えるように言う。
「そ、そうね。女の子は言いすぎたわね。飼い主にしっかりと懐いたオスの柴犬くらいには安心よ」
俺、人間ですらないのか。俺がそうショックを受けていると、彩は落ち着きを取り戻したのか、いつものいたずらな笑みに戻ると言った。
「冗談よ。悔しかったら、もう少し甲斐性持ちになることね」
その彩の態度に俺は夜で少し感情が高ぶっていたのか、とっさに彩に言葉を返した。
「好きだよ。俺は、お前のこと」
俺がそう言うと、彩は言葉を失ったみたいにして俺を見返した。
そして、俺はと言うと、今自分自身が放った言葉に、自分自身で言葉を失っていた。




