89話 バイバイなの
「すみません。うちの子がご迷惑をおかけして……」
緒方美桜と名乗ったまだ若々しいお母様はしっかりと花ちゃんの手を握ったまま、申し訳なさそうにそう頭を下げた。
「いえいえ、面白いお子さんで俺も一緒に園内を回って楽しかったですから」
俺がそうフォローするように言うと、花ちゃんはふふと失笑したように笑うと。俺を指さして言った。
「はなは別にお兄ちゃんといて面白くなかったの。むしろ、はなのお陰で、美人な彩おねえちゃんとの破局の危機を耐えることができたのだから感謝してほしいの」
花ちゃんがそう言うと、母親は恥ずかしさからなのか、怒りからなのか花ちゃんと繋いでいる手を力強く握りながら、額をピクピクと痙攣させながら言う。
「はーな? お兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒にいる間、そんな失礼な言葉使いをしていたのかなー?」
そう美桜さんが言うと、花ちゃんは助けを求めるように彩を見ると、叫ぶように言った。
「妖怪おばばがはなをいじめるの! お姉ちゃん助けて!」
花ちゃんがあまりにも大きな声で言うものだから、園内を歩くカップルやら夫婦やらがなにやら微笑ましいような笑みを漏らしながらこちらを見る。
そんな園内の様子に、なんだか可愛そうなくらい縮こまる美桜さんであったが、彩はそんな美桜さんを見ると、苦笑いを浮かべながら言った。
「私たちは大丈夫ですよ。何だかんだで、やっぱり花ちゃんといると色々と面白かったですから」
彩の面白いにはなぜか棘を感じるのは俺だけであろうか。そんなことを思っていると、花ちゃんは用事は済んだとばかりに美桜さんに言った。
「二人の破局の危機もお助けできたことだし。ママ、メリーゴーランドに乗りに行きたいの」
花ちゃんがそう言うと、美桜さんは怒るのにも疲れたというように、俺たちに誤りながら言った。
「すみません、私が”元”主人と別れてから、この子、破局がどうこうって口に出すようになってしまって」
すると、花ちゃんが得意気に胸を張ると言う。
「花が、おトイレのために起きたら、ママがママのお友達の早苗さんと破局について話しているのを見たの。ママ、お酒を飲んで、すごくウザい絡み方を早苗さんにしていたの」
同じ名前の知り合いがいるなーとか、なんだか美桜さんがすごく可愛い恥じらい方をしてモジモジしてるなあとか思っていると、彩がすごい冷たい視線を俺に向けて、俺にだけ聞こえる音量で言った。
「子持ち、バツイチの美人お母様が傑の好みなのかしら?」
いや、俺の好みは君一人だよとはもちろん、俺は言えずに、たしかになんとも色気のあるシチュエーションでとか思っていると、彩は俺の足を踏んだ。
「せめて、否定しなさいよ」
ご指摘の通りで。俺は慌てて否定の言葉を紡いだ。
*
「それじゃバイバイなのー!」
そう言って花ちゃんに手を振りながら母娘と別れると、俺はどうするという風に彩を見ながら聞いた。
「それで、微妙な時間になったわけだけど、どうするか?」
俺は心の中で花ちゃんにグッドマークを送りながら、ちらりと腕時計を見て言った。
「そうね、こんな時間になっちゃうと、ナイトショーなんかも……」
「そうだよな! せっかくだしナイトショーなんか見るのもありだよな」
俺が期待していた単語にすかさずそう言うと、彩はジト目で俺を見ると言う。
「そんなに前のめりで言われると、身の危険を感じるわね」
その言葉に俺が自らの失敗を悟って言葉を出せずに居ると、彩は俺をニヤリと見上げると、髪を耳にかけるというなんとも扇情的なポーズを取りながら、言った。
「まあ、ヘタレな傑にはなーんにもできないと思うけどね」
おっしゃる通りで。俺は自分の頬が火照るのを自覚しながらも、強がるように口を開いた。
「じゃあ、ナイトショー見るってことで良いんだよな」
そう言って、俺は先導するようにパレードのよく見えそうな場所に向かって歩き始めた。
何となく、彩は今可愛い笑顔を浮かべている気はしたが、恥ずかしくて振り向けなかった。我ながらなんとも情けない。




