80話 泉と抜け出す
「それじゃ、僕は僕のいるべき所に戻るよ」
泉は説明を終えるとそう言って、席を立った。泉の両親はメモ書きでいっぱいになったアプリの資料の紙を丁寧にファイルにしまい込むと、玄関まで送ると一緒に立ち上がる。
「なあ、お前、一日ぐらい実家で泊まっていったらいいんじゃないか?」
俺は随分実家で寝泊まりしていないであろう泉にそう提案した。
「僕には色々とやらなければいけないことがあるからね。今のところ実家には機材がないから生産性が悪いのさ」
泉がそう言うと、翼さんがニヤニヤしながら、泉に尋ねた。
「実家に機材があれば、たまには帰ってくれるのね?」
翼さんがそう言うと、冬さんも応援するように声を上げる。
「あなたの部屋はまだそのままにしてあるから、好きに使って良いわ」
「じゃあ、早速、パソコンとVPN接続のための……」
翼さんがニヤニヤと泉を試すようにそう言うと、ツンケとした様子の泉はポロッと零すように言った。
「好きにしたらいいよ」
泉がそう言うと、両親は感動したように言う。
「メタガラスのメンバーと一緒に仕事をしてから楓は良い方に変わってくれたわ。ありがとうね」
冬さんがそう目尻に若干の涙を貯めながら言うと、梓は胸を張って言う。
「それが、私というものなのさ!」
梓はそう言ったあとに付け加えるように口を開く。そして、どうも同じタイミングでエイヴェリーさんも同じことを言おうとしていたようで。
「「それで、泉さんのお部屋を見てみてもよろしいでしょうか。お母様」」
二人でそう言ったあと、梓とエイヴェリーさんはお互いに顔を見合わせて、いがみ合う。
「まだ、新参者で泉さんとあまり親しくないキミみたいな巨人さんにはまだ早いね!」
エイヴェリーさんに比べて悲しいほどのチビである梓はそう言ってエイヴェリーさんを牽制した。
「なんですか? このチンチクリンは、おこちゃまに泉さんの部屋はまだ早いですよ」
泉の部屋に早いも遅いもあるのだろうか……。
鳥頭と、泉にも並ぶ天才ハッカーの余りにもおバカな会話を俺はため息をつきながら眺めた。
冬さんも流石に呆れたのか二人に声をかけようと口を開いた。
「まあまあ、二人とも落ち着いて、楓の部屋は二人で仲良く見ましょう」
「「仕方ない」」
二人がそう言って妥協したところで我慢できなくなったのか泉が口を開いた。
「拒否する」
泉はそう言うと、俺に手招きした。
「君、一緒についてきてくれ」
俺は頷くと階段の方へと向かう泉についていった。
「姉さん、そこの二人の足止めは任せたよ」
泉が思い出したように言うと、苦笑いの翼さんが返す。
「あまり時間は稼げないと思うからね」
翼さんはそう言うと、階段前で今にも突撃しそうな梓とエイヴェリーさんの牽制を始めた。




