78話 泉、実家に帰る。
「それで、なんで俺も同行しているんですかね」
俺は、学校が休みの日曜日、翼さんに呼び出されて実家に帰る泉の付き添いに任命されていた。
「ごめんね、傑くん。あの子、メールでやりとりすれば十分だって言って実家に帰るのを渋ってたの。だからこうやって……」
俺は助手席から後ろへと振り向くと、無理やりに車に乗せられた泉を見て。
「姉さんが君を連れてきたのは、君が目的なのではないよ……」
「ふふふ、なぜなら未来の嫁たる私をご両親に紹介するためだからね!」
「ちげーよ」
俺は泉姉弟に変わって思わずそう突っ込んでいた。
俺に付いてきた梓は、プレハブ小屋に着くや、ごきげんな様子で泉に抱きつくとそのまま泉が逆らえるはずもない力でもって泉を車に押し込んだのであった。そして、プレハブ小屋で実家に泉を連れて行くとなれば、当然、男装外国人の皮を被る必要もなくなったあの人が興味を抱かないはずもなく。
「全く、あなたみたいなチビは大人しく後部座席に座っていれば良かったんですけどね!」
もうすっかり本当はペラペラだった日本語技能を隠す気もないエイヴェリーさんは、梓に座席争奪戦に負けたことで恨みがましそうにそう言った。
「全く、仲がいいのか悪いのか」
俺がそうつぶやくと、翼さんはクスッと笑って言った。
「これはもう仲が良いとしか言いようがないんじゃないかしら?」
俺にはそう思えん。
*
泉和菓子本店に着くと、翼さんは店舗裏に車を止めて、インターホンを鳴らした。
俺たちは翼さんに続くように車から降りると泉の両親を待った。
「翼、お帰りなさい。それに、楓も……」
玄関から出てきた冬さんは翼さんと泉を見て感極まった風に言葉を詰まらせた。
そして心配をかけた本人である泉と言えば明後日の方向を見るばかりで冬さんと目を合わせようとしない。
「ほら、楓。ちゃんとお母さんの方を見て、言う事あるでしょう?」
翼さんからそう言われた泉は渋々という様子で口を開いた。
「泉和菓子はうまくいっているかい? 僕の資金援助で少なくとも債務超過の状況は解消したと思うけど、この店は効率が悪すぎるからね。仕入れから出荷までの効率を今よりも数段良くするためのソフトウェアを作ってきたから実際の現場で使ってみてくれ」
泉がそう言うと、あまりの返事のブレっぷりに冬さんは仕方がないと言うように、言った。
「ありがとうね。楓。それでこちらのお嬢さんが命の恩人の梓ちゃんかしら? 翼から聞いたわ。本当にありがとう」
冬さんはそう言っていたずらな笑みを浮かべると梓に言った。
「梓ちゃんみたいな可愛い子が楓のお嫁さんで来てくれればね」
「ふふ、お母様、実は私、今日はある報告をしに……」
冬さんに被せて梓が何を口走ろうとしたのを悟ったのか、泉が割り込むように言った。
「母さん、ただいま。色々と心配をかけました。ごめんなさい」
泉がそう言うと、冬さんは泉に駆け寄るとしっかりと抱きしめた。
「もう、本当にあなたは私達に心配ばかりかけて! 家に連れ帰ろうか毎日のように考えていたのよ」
冬さんがそう言うと、泉は零すような声で言う。
「今は、僕には僕を必要としてくれる人がいるから……」
泉がそう言うと、冬さんは泉を抱きしめていた両手から力を抜くと、一歩下がって泉といつの間にか寄り添うようにいる梓を見て言った。
「そうよね。楓ももう高校生だものね」
冬さんが感慨深そうにそう言うと、梓は言った。
「私が楓さんを幸せにするんだよ」
ちゃっかり両親を誤解させた梓は笑みを隠しきれずにニヤけながらそう言った。




