74話 凄腕社長と。
「おはようございます。メタガラスの方々ですね。では、社長がお待ちですのでこちらのエレベーターへどうぞ」
社屋に入って受付を済ませようと受付の方へ向かっていくと、予め予定が伝えられていたのか、社員さんと思われる女の人がこちらまでやってきてそう言った。
俺たちが言われるがまま、メタガラスの全員で乗ってもなお、重量オーバーのベルの鳴らないくらい大きなエレベーターに乗り込むと、案内の社員さんは最上階のボタンを押した。
「すごいな、これは」
そう言いながらガラス張りになっているエレベータの壁面を見れば、眼前には東京の街並みがみるみると小さくなる様子が確認できた。
「このブロンドテックも元々は僕たちと同じようにプレハブの奥屋から始まった会社だよ。そして、才能溢れる技術者で社長のメアリーの指揮の元、数年で巨大IT企業になったのさ。時代が味方していたとはいえ、尊敬できる技術者だよ」
横にいた泉はそう俺に説明してくれた。数年で巨大IT企業とは、現物がなくてもいくらでも儲けられるITという分野はそれほどまでにすごい分野なのだろう。
「最上階に着きました。私の案内はここまでと伺っておりますので、メタガラスの皆様方はそのまま奥までお願いいたします」
社員さんがそう言ったあとに、おそらく勝手を知っているだろうエイヴェリーさんにあとを頼もうとすると、エイヴェリーさんは大丈夫というように手で遮ると一歩前に出た。
「私のママは強敵ですね。私をメタガラスに引き込めるように頑張ってくださいね! 烏城さん!」
エイヴェリーさんはそう言うと、廊下を進み始めた。
*
「ママ、お話しに来ましたよ!」
エイヴェリーさんがそう言ってノックもなしにドアを開け放つとすでに足音などで来るのが分かっていたのかその金髪碧眼のまだ若々しさを感じる女社長は呆れた口調で言った。
「エイヴェリー、ノックぐらいしなさい。それと、メタガラスの皆さん、ようこそ。我がブロンドテック日本支社へ」
エイヴェリーさんとは違い変なイントネーションもなくきれいな日本語を話すメアリー社長に俺たちは挨拶とともにペコリと頷いた。
「あなたが烏城なのね。ずっと昔になるけど、私にメールを送ってきてくれたことはよく覚えているわよ」
メアリーさんがそう言うと、泉は微かに頬を染めると言った。
「あの時は、僕の質問に答えてくれて嬉しかった。あのときのアドバイスもあって僕も会社を起こすことができた」
泉がそう言うと、メアリーさんは笑いながら言った。
「まさかあのアドバイスを送った小さなハッカーさんの会社を買収することになるとはあのときは思わなかったわね。あなたには感謝しているわ。全然ITに興味を持ってくれなかったエイヴェリーにあなたのことを聞かせてあげたらあっという間に立派な技術者になったもの」
メアリーさんがそう言うと、エイヴェリーさんは照れた風に頭をかく。
「ママ、私、電話でも言ったけれど、メタガラスに完全に移籍することにしたね。認めてもらうために今日はここに来たの」
エイヴェリーさんがそう言うと、メアリーさんはニッコリと笑って頷いた。
「あなたがそう言うならそうしたら良いわ。それに80%保有しているメタガラス株式のうちの32%も返すことにするわ。天才ハッカーさんにね」
メアリーさんがそう言うと、泉は驚いたようにメアリーさんを見返した。
「ずっとエイヴェリーが煩かったのよ。メタガラスがさらに発展するためには絶対に烏城が社長じゃないとだめだってね。それに私達ブロンドテックが親会社になったという発表のあとのネットの荒れぐらいも酷かったわね。大企業に烏城を潰させるなって署名までできるし、私たちブロンドテックもプレハブ小屋から始まったことを知らないのかしら。全くこれだから凡人は。まあ、私達も大企業になって失ったことも沢山あったということかしら」
メアリーさんがそう締めくくると、泉はしっかりと頭を下げてメアリーさんにお礼を言った。
「本当にありがとう。メタガラスに出資したことを後悔させないようにするよ」
泉がそう言うと、メアリーさんは言う。
「お礼はあの子に言って頂戴。私はあの子の助言に従っただけ」
泉はエイヴェリーさんに向き直ると、改めてお礼の言葉を言った。
「僕の価値を信じてくれてありがとう。メタガラスに参加してくれてありがとう。これからどうぞよろしくお願いするよ」
泉がそう言うと、エイヴェリーさんはニッコリと笑って言った。
「私が育ったイギリスの田舎ではこういうときはハグをする習わしがあるんですよ!」
エイヴェリーさんはそう言うと両腕を広げて泉を迎える体勢になった。泉は流石に恩人に対して断ることはできないようで露骨に恥ずかしそうにしながら、エイヴェリーさんとハグしようと一歩踏み出した。
その時、確かにエイヴェリーさんとメアリーさんが笑ったような気がした。
「わ、わわ、え、き。君は、君もしかして?」
しっかりと熱烈なハグをする中、泉が変な声を出しながらそう言った。
すると、今までの変な日本語のイントネーションはどこへやら、しっかりとした日本語でエイヴェリーさんは言った。
「いいかい? 人の見た目や言動で簡単に判断してはいけないよ。だって私は、」
エイヴェリーさんはそこで言葉を止めると魅力的な笑顔で言う。
「女の子だからね」




