73話 日本支社
次の日、俺たちは学生のお仕事を放棄して、平日の昼間から、ガラガラの特急に乗り込んでいた。
出張のビジネスマンやら、平日の空いた観光地を楽しむであろうご老人に混じってボックス席を通路を挟んで取って腰掛けていると、やたら元気な声でエイヴェリーさんが言う。
「いやはや、メタガラス全員集合ですね!」
すっかりメタガラス一員になれたと上機嫌なエイヴェリーさんが、いまにも鼻歌を歌い始めそうな様子でそう言うと、これまた、会社を買われたその人である泉は手元のタブレット端末から顔を上げると言った。
「君が開発したという追跡アプリを見ていたのだけれど、君もなかなか、いいエンジニアみたいだね。有名じゃないのはずっとブロンドテックで雇われエンジニアとして働いていたからだからかい?」
泉がそう聞くと、エイヴェリーさんはご機嫌そうな表情を泉に向けると言う。
「違うね! 私、元々ITなんてちっとも興味が無かった。でも、ママが同世代にすごいエンジニアが居るって教えてくれて……」
エイヴェリーさんはそこで言葉を止めると、泉を指さした。
「3年前! 私は忘れません。私が日本のアニメやマンガの話をするために毎日のように入り浸っていた英語圏の掲示板がダウンしたことを!」
その言葉に俺たちはもしやと思い、泉の方を見た。
「その数日前に掲示板のスレで烏城への挑戦状がだされていたこと! そして、見事にそれに対して掲示板をダウンさせたのが私とほとんど同じくらいの子だっていうことを!」
「ふふ、僕は面白いと思えば行動するからね」
泉がそう言うと、エイヴェリーさんは震えながら言った。
「カッコいいね! それですよ。私があなたに興味を持った理由。それから猛烈に勉強してエンジニアを志した理由。そして、私はついに憧れの人と仕事をするチャンスを手に入れた。憧れの人が私の想像以上だということを知ることができた」
エイヴェリーさんがそう言うと、疑問に思ったのか、翼さんが言った。
「でも、烏城の正体はつい最近まで知られてなかったのだと思うのだけれど、エイヴェリーさんはのお母様はなぜそれを知っていたの?」
翼さんがそう言うと、エイヴェリーさんはさあといった風に首を傾げる。
「それはママに聞かないと、分からないね」
「まあ、ともかく、泉の正体を知っていたとなると、世界的なIT企業の社長として侮れない相手かもしれないな」
俺がそう言うと、泉が少し笑ったような気がした。
*
東京に到着してその日本支社ビルの前に立つと、あまりの高さに見上げるとそのまま後ろに倒れるような気持ちになった。
「やっぱ、松本って田舎なんだな」
信州の中では都会と普段は思っているのに、本物の都会を見てしまえば、それがなんとも虚しいものに思えてくる。そしてそんな思いを抱かせるそのブロンドテック日本支社の入るその高層ビルは東京の街並みの中でも目立つような高さのビルであり。
「儲けてるんでありますなあ」
俺の横で汗びっしょりになった田所がそう言った。確かに世界的IT企業ともあればそれはもう、俺が一生かけても稼げないような額を一日で稼ぎ出すのだろう。
「さあ、メタガラスメンバーみんなで入る許可は貰っているよ。こんな暑いアスファルト・ジャングルからは早く抜け出して冷房の効いた室内に入ろうじゃないか」
その言葉に泉を見てみると、汗を全然かいてないにもかかわらず発熱したように顔を火照らせていた。
今は女装してないとはいえ、とんでもない色気を醸し出している。横では彩が少し羨ましそうに泉を見ていた。こちらは首筋が汗で湿っていてこれはこれで色気が……。
「傑?」
「ゴメンナサイ」
そんなことを考えていると、彩がギロッとした目をこちらへと向けて睨んできた。
どうも、俺の考えることなど彩にしてみれば手に取るように分かるらしい。
「全部、顔にでてるわよ」
と、またしても彩が俺の心を読んだような言葉を発してきた。
「彩さんはエスパーですか?」
「全く」
呆れたような言葉を発する彩と一緒に俺は先にビルへと入っていったメタガラスメンバーに続いてビルへと入っていった。




