72話 泉のすごさ
次の日、泉は大事を取って学校を休んでいたが、俺たちは学生の仕事としてしっかりと授業を受けてから、泉のプレハブ小屋へと向かった。
「それで、なにかいうことがあるんじゃないかしら?」
泉を取り囲むように座る俺たちの視線を一手に受けながらも泉はさもありなんと言った様子で座っている。
そんな泉に彩はそう声をかけた。
「今回は僕の身勝手で迷惑をかけた。申し訳なかったと思っているよ。今後はより一層の努力でもって期待に答えるようにする」
泉はそう言って俺たちに頭を下げた。
すると、どこか面白そうな顔をした彩が言う。
「随分と平気そうな様子なのね。病室ではずいぶんみっともない姿を見せたようだけど、傑に許して貰えればもうそれで満足なのかしら?」
彩の追求に泉は目を少し泳がせながらしどろもになって答えた。
「ぼ、僕は別に君たちに迷惑をかけたつもりなどないね。そもそも、そのために業務に必要なデータはすべてアクセスできるようにしたし、僕個人のアカウントだってしっかりと運営していたじゃないか。それと、君、あの日記に書いてあった色々を公開してもいいと言うんだな?」
泉はそう早口で言った。さっきと言っていることが矛盾していたりすることに気づいていないあたりだいぶ焦っているようだ。面白いぞ!
「泉、あとで日記に書いてあった色々とやらを教えてくれ、気になる」
俺がすっかり口を閉ざした彩を横目に面白がってそう言うと、目をキリッと吊り上げた彩が思わず寒気を感じるような視線を俺に向けてきた。
「傑、黙りなさい」
俺はその一言ですっかりと口を閉ざす。泉に対して興味を持っていたエイヴェリーさんが面白そうな表情を隠しもしないでこちらを観察する中、大人な早苗さんがとりなすように言った。
「まあまあ、みなさんここは落ち着いて、楓さんにこの期間の間なにをしていたのかの説明を聞くっすよ」
早苗さんがそう言うと、泉は再び落ち着いた様子に戻ると、ゆっくりと話し始めた。
*
「つまり、お前はこの会社と技術の一部をエイヴェリーさんの勤めている会社に売却したお金を泉和菓子の債務に当てて、泉和菓子の業務効率改善のためのソフトウェアの開発、メタガラスの業務まで行っていたと」
俺はそのマルチタスクぶりに感心するやら呆れるやらの気持ちを感じながらもやっぱり泉の凄さに魅了されていた。人というのはどうもあまりにも自分と違う場合、嫉妬よりも尊敬の気持ちを感じるようだった。
「泉さんが早急にキャッシュを必要にしていたこともあってかなりお買い得なお買い物でしたよ!」
と、いままで傍観者に徹していたエイヴェリーさんがそう言って、泉を挑発した。
俺は泉はどんな風に返すのかと興味深く見ていると、泉は落ち着いた様子でエイヴェリーさんに語った。
「資本主義というものはそういうものさ。僕は資本主義のルールに従って敗北を受け入れるけどね。ただし……。このまま僕が負け続けるとは思わないほうがいいよ」
泉はそう不敵な笑みをエイヴェリーさんへと向けた。エイヴェリーさんはそんな泉を見て、興奮した様子で叫ぶ。
「それです! 私が求めていたのはその顔です! やっと私が一緒に仕事をしたいと思える人に出会えましたよ! 今すぐ本国の会社に辞表を出しますので! 私もメタガラスの一員にしてください!」
泉は毒気を抜かれたような表情で興奮したエイヴェリーさんを見返した。
トップエンジニアというのは変な人ばかりなのだろうか? 俺の脳裏には思わずそんな考えが浮かんだ。
「ふふ、面白いじゃないか。親会社のトップエンジニアを子会社に引き抜く。これでまず借りのうちのひとつを返せるね。まあ、次の雇われ社長がどんなやつが来るかという懸念点はあるけどね」
泉がそう言うと、エイヴェリーさんはポケットからスマホを取り出すと電話をかけ始めた。
「ハイ、ママ? 私、転職するのね! そう! え? 日本支社に? YES!」
その不穏な通話の断片から想像したことはどうやら正解だったようで。
「私のママが日本支社に来ているみたいです! みなさん一緒に行きましょう!」
どうやらこの一瞬でエイヴェリーさんが親会社の跡取り息子だったという衝撃の事実と共にイギリスの親会社社長との面談が組まれてしまったようであった。




