62話 違うアプローチ
「さて、俺たちの割り振りはと」
俺は翼さんから渡された物件リストを見た。この物件リストの他にもエイヴェリーさんから情報が来た場合にはさらに見回らければいけないから大変だ。まあ、今のところ特にめぼしい情報もないのだが……。
「5件ね。まあ、自転車か徒歩で回ることを考えたら妥当なところかしら」
彩が持っているA4のプリントを横目で覗き込んでそう言った。俺は、かすかなシャンプーの匂いに不覚にもちょっと体がビクッとしてしまう。
「今、匂い嗅いだでしょう?」
手に持ったままのプリントがピクリと動いたからか、顔を上げた彩が俺のことをジト目で見てきた。
「不可抗力です」
「そこ、認めないでよ……」
彩は仕方ないというように頭を振った。
「なあ、女の子ってなんでそんなにいい匂いするんだ? 前、ジャージ借りたときもいい匂いがしたしさ」
俺がなんとなしにそう言うと、彩は少し引いたような目をして言う。
「あのとき、私、匂い嗅いだら許さないって言ったわよね。ヘンタイ」
その言葉に俺は自分が失言したことを悟った。
「……ごめんなさい」
久々に言われたヘンタイを前に俺は弁明しても仕方ないと早々に反論を諦めて謝罪作戦へと出た。
そんな様子に彩は呆れたような目で俺を見たあと、言う。
「女の子はいつでも男の子によく見られるために努力をしているの」
その言葉に俺は世の中の女の子は大変だなあとか思った。なにしろ、俺は特に美容に関して気を配ったことなど一度もない。
「男性を代表して言わせていただきます。いつもお世話になっています」
俺が冗談めかしてそう言うと、彩は仕方なしというように笑ってくれた。
*
「うん、どこも社員さんやその関係者が住んでいる風で、楓さんはいないようね」
俺たちがリストの最後の物件でしばらく張り込んでいると、子供連れの女性が家から出てくるのを目撃した。泉が子供のいる部屋に好き好んでいるとは思えなかった。俺はリスト最後の物件にもペケマークを付けた。
「空振りか、泉のことだから俺たちの動きを察知して、もうここら一帯からはいなくなってるのかもしれないな」
俺がそう言うと、彩が言った。
「翼さんや、エイヴェリーさんからはなにか連絡はきてる?」
彩が自分のスマホをいじりながらそう聞いてきたので、俺はポケットから自分の端末を取り出して、画面を点灯させると、頭を振る。
「いや、特に来てないな。一回駅まで戻るか」
俺はホーム画面の時計ウィジェットの現在時刻を見ると、そろそろ頃合いだと戻ることを提案した。
「そうね、明日も学校だし、今日は帰りましょうか」
彩の言葉に俺たちは駅の方へと足を向けた。
*
「お、傑くんたちも空振りっすか」
たくさん歩いて疲れた様子の大塚ちゃんを伴って早苗さんがこちらへ向かいながらそう言った。
「やっぱり様子で分かりますかね。あいつ一体どこにいるんですかね」
俺は今、自分が心底思っていることをこぼした。
「楓さんが本気を出したらなかなか見つけるのは難しいっすよね」
早苗さんが共感したように、そういったところで、翼さんの車が横に停まった。
すると、すぐに助手席のドアが開いたかと思えば、梓が降りてくる。
「お兄ちゃんたちはどうだった? 私たちは全然ダメだった!」
梓ならもしかしたらと期待していた俺だったが、どうも翼さんたちもだめだったようだ。
俺たちは車に乗るように促す翼さんに頷くとそのまま車へと乗り込んでいった。
「今日はありがとうね。みんなが手伝ってくれたから物件候補リストはすべて回りきってしまったわ。明日からはまた違ったアプローチが必要ね」
「違うアプローチか」
俺が翼さんの言葉にそう返すと、俺たちはその難しさに頭を悩ませることとなった。




