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58話 写真

「もうすぐ主人が来ますので、少々お待ち下さい」


 冬さんはそう言って俺たちに急須で入れた日本茶と茶菓子を出してくれた。

 さすが、全国的な和菓子チェーンの本店だけあって通された和室はどこか趣のある落ち着いた部屋だった。とても、赤字で潰れかけたとは思えないほどだ。

 俺たちは私語もできないので、目線だけでキョロキョロと部屋を見回しながら待つ。


「とても潰れかけた店の一室だとは思えないというような顔をしていますね」


 しばらく居心地の悪さを感じていると、冬さんが気を使ってくれたのか、そう和やかな笑みとともに言った。


「まあ、そうですね。正直ちょっとそう思いました」


 ここで否定するのも変だと思ったので俺はそう返す。


「私たちのような店の暖簾を預かる者が老舗和菓子屋のプライドなんかを捨てて現代的な経営スタイルに変革できれば変わっていたのかもしれません」


 その言葉に日本のデフレで品物に適切な値付けができない世の中と、その世の中に適応できなかった経営者の悩みが感じられた。

 と、そんなことを思っていると、ふすまがゆっくりと開かれて和菓子づくりの服を真っ白な粉まみれにした40代くらいに見える男の人がのっそりと入ってこようとした。


「ちょっと待った!」


 と、冬さんが先程までのおっとりとした態度はどこへやら、片足を上げた状態の男の人を廊下に突き飛ばした。


「ちょっとすみませんね」


 と、冬さんは廊下から顔だけ部屋の中へと突っ込んでそのまま男の人を何処かへと引き連れて(連行して)いった。


「恥ずかしながら、あれが私達の父です」


 ちょっと恥ずかしそうに頬を染めた翼さんが誰もいなくなったふすまの方を見てそう言った。

 可愛いです。はい。



 しばらくすると、きれいな職人服へと着替えさせられて来たのか、冬さんに続いて現実はそうではないのに、なぜか冬さんに物理的に首輪をつけられているように感じてしまう翼さんたちの父が入ってきた。


「お騒がせしました。こちら主人で泉和菓子社長の(つとむ)です」


「どうも」


 冬さんの紹介に勤さんはそう答えた。すると、笑顔のままなぜか切ないところがキュンとしちゃうような笑みのまま冬さんが言った。


「どうも?」


「いつも、息子、娘がお世話になっております。本日はわざわざご足労いただきありがとうございます」


 と、勤さんは懇切丁寧に言い直した。なぜだろうか、座卓越しに俺たちの向こうに座るお二人に主従関係を感じるのだが。


「お母さん、お父さん、今日は楓の居場所に心当たりがないかを聞きたくてここに来たの」


 翼さんが早速本題とばかりにそう切り出した。

 すると、二人はどこか自分たちが情けないとばかりに沈んだ表情で返す。


「楓からは、うちの会社の口座宛に送金と、電話越しにお金に困っているなら使ってというメッセージを受け取っただけで、一体、楓がどこにいるのか私達にも分からないの。情けない両親よね」


 冬さんはそう自嘲するように言った。


「あいつに店が傾いたことを言った覚えはないんだけどなあ」


「泉和菓子って非上場企業っすよね。ふつう財務関係は分からないと思うっすけど」


 早苗さんがそう言うと、翼さんが言った。


「あの子、もしかしたら実家のことを気にしていてずっと調べていたのかもしれないわ」


 翼さんが早苗さんの疑問にそう返す。


「となると、もしかしたらこの店のパソコンに泉からのアクセスログが残ってるかも」


 俺はそう言いながらもきっと泉に限ってそんなポカミスはしないだろうと同時に考えていた。


「それに関しては、エイヴェリーさんに頼んでみるわね」


 と、そこで俺たちは既に泉の実家で泉の居場所についての手がかりを得ることが難しいことを悟った。なにしろ、泉が行ったのは、お金の送金と、電話。そしてパソコンに侵入したことのみである。


「ねえ! 泉さんの小さいときの写真ってあるの!?」


 と、梓がいきなり見当違いのことを言ってきた。


「おい、お前ここに来たのはなあ」


 俺がそう言うと、梓は指を左右に振りながら。


「のーのーのーのー。お兄ちゃん。私には名案があるんだよ」


 梓はそう胸を張りながら言う。

 俺は見せられるものなら見せてみろとでも言うように成り行きを見守ることにした。

 冬さんはうなずくと引き出しからアルバムを取り出して開いた。

 梓は機嫌良さそうに何ページかペラペラめくっていくと、これだと目星をつけて写真を撮る。


「お前そんな赤ちゃん泉がオムツを履いている写真なんか撮ってどうするつもりだよ……」


 俺たちが横から覗き込んだその写真はやっと立てるようになったと思わしき幼な泉がまだ子供の翼さんに両手を持たれて歩いている写真だった。

 俺の言葉に梓はニッコリ笑うと、トークアプリを開いて、泉宛にその写真をメッセージとともに送った。


「幼な泉ちゃん、可愛いよ。ぐへへ」


 と、俺がそのメッセージについて考えないようにしていたら、梓がメッセージそのものを口に出した。

 ……場のみんなの視線が冷たいからやめてほしい。こんなでも俺の妹なのだ。

 と、俺たちが期待もせずに見守っていると、誰からのメッセージにも無反応だった泉とのトークルームが更新された。


「僕の変な写真を送るな」


「ほら、泉さん反応した!」


 梓の言葉に俺たちは驚きとともにそのメッセージを見た。だれがどんなメッセージを送っても反応が返って来なかったのに、梓の名案とやらに泉は反応を返した。

 しかし。


「でもな、梓。メッセージが返ってきたところでそれが泉を見つけるののどこに役立つんだよ」


 俺がそう言うと、梓は考えてなかったとばかりにその鶏頭ぶりを発揮した。

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