49話 セーラちゃん、鎮火する。
「ふぅ、これでどうなるかだね」
以前の大塚ちゃんのテレビ出演の際に使った空間プレジェクターをテレビ局に売りつけることによって、テレビ局とのコネを手に入れた泉は例のインタビューをマスコミのドキュメンタリーで使うように交渉したらしい。そして今日、その放送がされるとのことだった。
「でも、大塚ちゃんに知られなくても放送できるんだな」
俺がちょっと疑問に思ってそう質問すると、
「契約書はちゃんと読むことだよ」
泉は目を細めて笑いながら俺に指摘してきた。
俺、ちゃんと読んでねえよ……。俺がかなり恐怖を感じながら震えていると。
「ほらほら、ふたりとも放送が始まるですぞ」
田所がそう言ってテレビのボリュームを上げた。
『さあ、今日は特集でネット炎上を取り上げることになるのですが』
その、アナウンサーの言葉から、大塚ちゃんの子役時代から炎上の経緯、ネット黎明期の炎上から、今度ふたたび炎上したことまでが時系列とともに解説されていった。
*
「このように、炎上とは、当事者以外によっても時に悪気なく、時に悪意を持って、起こるものです。そして、批判と、誹謗中傷は違います。今回は、数年を経て、復帰をしたにも関わらず心無い人による誹謗中傷によって再び夢を絶たれそうになった少女の人生を追いました。次週は地球環境について取り上げます。では、また次週に」
アナウンサーがそう言って〆ると、ずっとSNSを巡回しながら見ていた田所が嬉しそうに言った。
「放送後に大塚ちゃんのSNSにたくさんの応援コメントが付き始めていますぞ!」
炎上事件のあとの釈明のあとにずっと休止状態だった大塚ちゃんのSNSにはたくさんの励ましのメッセージが書き込まれていた。
「これだけの世論があれば大塚ちゃんの復帰も大丈夫そうだな」
俺が安心してそう言うと、泉が広角をニヤリと持ち上げた。
「そろそろかな」
泉はそう言うと、着替えてくると言って、泉の仕事部屋のとなりの部屋に入っていってしまう。
俺と田所が顔を見合わせていると、ドアが開いて、彩と梓が入ってきた。
「楓さんは?」
彩がチラチラ部屋を見回して聞いてきたので俺はとなりの部屋を指さしながら答える。
「着替えてくるってさ」
「そう」
彩がそう答えると。
「中に入って呼んでこようか?」
と、田所ではなく、梓が言ってきた。
「やめなさい」
俺が呆れた声音でそう言うと梓は。
「いい? お兄ちゃん。着替えているってことはね。今、泉さんは女の子なんだよ。だから私が入っていっても全く問題ないの」
病院に連れて行ったほうがいいでしょうか? というか、女の子の定義とは?
俺が真剣に悩みながら扉をガードしていると、新たに来客がやってきた。
「おい! モブ顔! あれはどういうことなんだ!? テレビで同じ境遇の子が取り上げられるから、参考に見ろって言われてみたら! まるっきり私のことじゃないか!」
テレビを見ていたらしき大塚ちゃんと、車で急いで来たのか、車のキーを片手に階段を駆け上がってきたらしい早苗さんがやってきた。
「まさか、大塚ちゃんが取り上げられるとはっすね。弁護士関係だけじゃなかったんすね」
早苗さんがそう言って息を整えていると、俺の背後のドアが押されて。
「ふふ、どう大塚ちゃん? 私たちからの復帰への後押しだよ」
そういうと、ガチ恋泉はパソコンまで歩いて行ってエンターキーを押す。
「それと、私からも楽曲提供のプレゼント」
にくい演出で流れ始めた曲は炎上から立ち直るにはぴったりな優しくも芯のある曲だった。
*
「うッ……」
さっきから大塚ちゃんが背後の壁の方を向いたまま振り向かないので俺はちょっとからかうつもりで言った。
「そんなに泣くなよな」
「泣いてなにがわるいんだよ~! 大体みんなずるいじゃんか、私達に内緒でこんなに色々してくれるなんてさ」
俺たちが人力で証言集めなどをしていたことを知った大塚ちゃんはさっきからずっと泣きながら、壁に向かって話している。
「そうっすよ。私達も仲間なんすから、一緒にやっても良かったっすのに。まあ、私としては、こういう燃える展開もありっちゃありっすけど」
早苗さんがそう言うと、大塚ちゃんが泣き顔のまま振り向いた。
「今度からは私たちにも秘密はなしだかんな! 仲間なんだから!」
大塚ちゃんがそう言うと、俺は予感めいたものを感じてガチ恋泉の方を見る。
「そうか……秘密はなしみたいだからね……」
すると、ガチ恋泉の姿のまま声だけ男の子バージョンのハスキーボイスへと戻った泉がそう言った。
「「へ?」」
そして、早苗さんと先程までは目から涙が止めどなく流れていた大塚ちゃんまでぽかんとした様子で泉の方を見返す。
「いいかい? ネットの内容は簡単に信用してはいけない。だからといって現実の出来事が信用できるとは限らない」
泉はそう言いながらおろしていたショートヘアーを短いポニーテールに縛り上げる。
「あの……ひとつ聞いてもいいっすか?」
混乱した様子で早苗さんがそう聞いた。
「いいよ」
「泉さんって女の子……っすよね?」
早苗さんがそう聞くと、
「いいや、僕は男だよ」
泉がそう言うと、信じられないというように、早苗さんは俺たちの方を見る。俺たちは諦めようと悟らせるように優しげな笑みで見返す。
そして、大塚ちゃんは。
「……」
驚きすぎて、大塚ちゃんが壊れた。
「梓、大塚ちゃんのフリーズを解いてあげなさい」
「分かったよ!」
梓はうなずくと、後ろからお人形さんを抱くように大塚ちゃんに抱きつくと、
「溶けろ~溶けろ~」
と大塚ちゃんに物理攻撃を加えた!
「も、モブ妹やめろ! ちょ、ちょっと待てよ。モブ妹がいつも私に抱きついているのは生えてるからなのか?」
復活するも何も信じられなくなった大塚ちゃんはそう言って、梓から逃れようとする。
「私は正真正銘の女の子! 銘を刻む柄はないけどね!」
梓はそう女子中学生あるまじき下ネタを放って、周囲をドン引きさせると、さらに大塚ちゃんを抱きしめた。
俺は、梓に抱きつかれている大塚ちゃんが微かに笑っていることを確認すると、二人を放っておくことにした。
そしてそれはその場のみんなが至った結論だったようで。俺たちは生暖かい目で二人を見守った。
*
「示談金は炎上事件なんかの救済事業に使えるように寄付することでいいんだね」
その後の話し合いで、泉の知り合いの弁護士がしっかりと仕事を果たしてもぎ取ってきた示談金を大塚ちゃんは迷うこともなく即断して寄付することに決めた。
「そんなお金がなくても、この会社のみんなと私の歌があれば、すぐお金は稼げるからな!」
大塚ちゃんの言葉に彩がニヤニヤしながら言う。
「ずいぶんと、恥ずかし嬉しいセリフを言ってくれるわね」
「え? わ、忘れろ!」
大塚ちゃんはそう言って暴れ始めた。
俺はそんな様子を見ながら、いつまでもこんなちょっとおかしな仲間でこうやってお金を稼げればこんなに楽しいことはないだろうな。といつもなら恥ずかしくてとても考えないことを思った。
仲間がずっと一緒でいられるなんて、それは当たり前のことではないということを俺はまだ知らなかった。
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これで2章のメインストーリーは完結です。一話番外編挟んでから次、3章ではじめの着想段階からのプロットはすべて消化することになります。
続きを書きたい気持ちはあるんですが、なんというか、4章を書くならということで考えたプロットは現実的に考えてどうやってもバッドエンドで終わる始まり方なので、収め方が分かりません。(やっぱりハッピーエンドがいいですよね!)3章を書き終わっても思いつかなかったら、一旦完結して、別作品を書こうと思います。
(この場合でも本編はキレイに完結します。というか、想像以上にブクマをもらえたのとキャラ達に愛着が湧いたのが当初プロットになかった話を書こうかなと思った理由ですので、気長に待ってもらえると嬉しいです)




