32話 大塚あやね、VTuber DEBUT2
「配信はライブ形式で行って、私が司会、傑くんと、彩さんであやねがどんな子なのか雑談をして尺を稼いだら、バックに泉さんがあやねに提供した曲のイントロを流してそのままあやね登場ってことっすね」
早苗さんは、打ち合わせで決まったことを簡単にまとめるとそう言った。
泉はうなずくと、大塚ちゃんの方を見る。
「大塚ちゃんは、元子役だからわりとこういった経験はあるとは思うけど、やっぱりブランクあるから、曲を歌い終わったら今日は一旦配信終了にしようね」
「分かった」
逆らってはいけないものというのは皮をかぶっていても分かるのか、大塚ちゃんは珍しく素直に頷く。
まあ、緊張しているだけなのかもしれないけど。
「私、大塚ちゃんの歌楽しみだな~」
と、配信機材の後ろのスペースで見学していた梓がそう言った。
「そういえば、歌手になりたいっていうのは知ってるけど大塚ちゃんの歌を聴いたことねえな」
俺は、梓の言葉に思い出したようにそう言った。
その言葉に泉は大塚ちゃんの代わりに答える。
「ふふ、すーくんが聴いたらびっくりすると思うよ。すーくんのキャラソンと違って、ボカロっぽい味付けだから、一般に近い視聴者にも受けること間違いなし」
悪かったな。俺の視聴者層が一般から遠いマニアでよ。
「身内だからという理由じゃなく、あやねの歌には才能あると思うっすよ。元々、子役時代の劇中歌でも才能の鱗片見せてましたし、実際炎上事件が無ければ、CDも出す予定だったんすから」
早苗さんはそう言って、大塚ちゃんの頭を撫でた。
どれだけ大きめに見積もっても中学生が小学生の頭を撫でているようにしか見えない……。
「まあ、楽しみにしてるよ」
俺がそう言って大塚ちゃんの頭を撫でると。大塚ちゃんは、
「触んな、モブ顔」
と、いつもよりも少しだけ優しくそう言った。
*
「と、いうわけで、セーラちゃんは私の手によって魔法少女の小学生コーデに着替えさせられたんですぅ」
そう言って、俺は自分の3Dキャラの映し出された目の前のディスプレイを見てから、左右のずっと笑いをこらえた様子の彩と、ちょっと引いてる早苗さんの表情を見た。
表情は翼さんと田所でうまく調整してくれてるようで、先程から、配信画面ではうまい具合に、表情の調整された3Dキャラたちが和やかに雑談している。
俺は、場外でずっと無言で暴れて、梓におさえられている大塚ちゃんを見てニヤリと笑った。
「まさか、お姉さんがいないうちにそんな事件があったなんて……」
早苗さんは冷静にそうコメントしたが、配信画面を写したディスプレイの横にあるコメント欄専用のディスプレイはまさにこの世の終わりのような様相になっており、その殆どはまだ現れぬいじられキャラセーラちゃんの登場を待ちわびるものとなっていた。
「セ、セーラちゃんが美鈴ちゃんの暴露のせいで登場前からいじられキャラに……」
彩は可愛そうというような口調でそう言ったが、顔が完全に笑っている。美人だからあまり指摘されないが、泉ほどではないとしても、彩も割といい性格してると思う。
「とまあ、美鈴ちゃんが色々とセーラちゃんのお話を聞かせてくれたお陰で配信も盛り上がってきましたので」
と、早苗さんが盛り上げるように言ったところで、すかさず泉の作った曲のイントロが流れ始める。
梓が暴れていた大塚ちゃんの拘束をとくと、大塚ちゃんはステージに一直線に上がってきてそのまま。
俺を張り倒した。
「にゃ!?」
俺が思わず出してしまった変な声とともに大塚ちゃんに馬乗りされると、すかさず早苗さんと彩が止めに入る。
横目に入るコメント欄が先程までの数倍の速度で動いている気がするが気のせいだろうか。
「このやろー! 変なことを視聴者様に吹き込むな!」
大塚ちゃんがそう言いながら早苗さんたちに引き離されると、早苗さんはどうしようといった目で泉の方を見る。
すると、泉はコメント欄のディスプレイを指差しながら、面白いから続けてと書かれたカンペを見せてくる。
「えと、社長から続行の指示でました! 音響さん! もう一回イントロ流して!」
涙子おねえさんこと早苗さんの流石、元テレビ局制作会社のスタッフといった指示で再びイントロが流れ始めると、落ち着きを取り戻した大塚ちゃんがマイクを片手に歌い始めた。俺の背中に片足を乗せたまま……。
そして、俺達はそんな騒動があったことも忘れるくらいに大塚ちゃんの歌に聴き入ることになった。
*
大塚ちゃんが歌い終わって配信の締めに入るにあたって早苗さんがコメントをピックアップし、俺たちでそれを振り返るというコーナーを行っている。
「えーと、『伝説に残る配信でした!』はい、伝説に残るかもしれません。言い換えれば、うちの事務所の醜態のアーカイブが残る配信ということですね」
早苗さんがそう自虐して配信画面の左右に引き離された俺と大塚ちゃんを交互に見ると、緩衝地帯のように真ん中にいる彩にマイクを変わった。
「ではでは、コメントピックアップコーナーはこの辺にして事務所の先輩方の言葉をもらいましょうか」
「今日、初めてセーラちゃんの歌を聴いたけど、すっごく上手だった! せっかくだし、曲を作曲してくれたうちのとっても可愛い社長さんにもコメントをもらっちゃおうと思います!」
と、彩が突然、すでにこの世の終わりのような配信となっている中、再び一騒動起こしそうな内容をぶっ込んできた。彩、実は泉並みに性格が悪いのかもしれない……。
「と、チチちゃんが言ってますが社長。どうしましょう?」
早苗さんがそう言って、場外の泉に対してそう聞いた。厳密に言えば弟の方じゃなくて姉のほうが社長ではあるのだが、ここは普通に考えて楓ちゃんの方だろう。
「ねえ、だめ?」
と、チチちゃんこと彩が止めと言うように聞くと、ロリボイスに調教されきったチチちゃんファンたちが、コメントで盛んに泉を煽り始めた。
と、泉がニヤリと彩を見たかと思えばマイクを手にとって言葉を発した。
「はじめまして! ネット上では烏城と呼ばれています。烏城です。今回は弊社の新人発表会のライブ配信をご覧いただきありがとうございます。 セーラちゃん! とってもいい歌だったよ!」
と、泉は無難にコメントを発する。コメント欄にはハスキーボイスキタコレ! とか、社長VTuberデビュー不可避とか、烏城女の子説確定とか色々書かれていた。
ほんと、この世の終わりすぎる……。
「チチちゃん。このあと、セーラちゃんに痛めつけられた美鈴ちゃんに膝枕でもしてあげてね」
と、泉が去り際、とんでもない爆弾発言を残してきた。
「お前ら変な誤解すんなよ!」
俺が慌ててキャラを壊さないようにそう言うと、
これは逆に怪しい。百合は至高など好き勝手に書かれ始める事になった。
どうして、どうしてこうなる!?
「えと、収集つかなくなりそうなので新人発表会はこれで終了にしたいと思います!」
早苗さんの言葉で強引に配信は終了された。
誤字脱字報告ありがとうございました!
自分では読み流しても気づかないことが多々あると思いますので、気づいたら報告してもらえると嬉しいです。できるだけ無くなるように努力します。
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