117話 移籍
「ワサビちゃんってなんだよそれって感じだと私は思うなー」
私は、泉さんから預けられていたパソコンを美咲に渡すために美咲が住んでいるアパートにやってきていた。
「一応言っておくけど、その名前決めたのエイヴェリーさんだからね」
私は自分には責任はないことを強調するためにそう言った。
「まあ、私が代わりに決めてってお願いしたんだからこれでいいですけど」
「可愛いんじゃないかしら、ワサビちゃんって名前も」
「ねえ、本当にそう思ってる?」
……ちょっと可愛いとは思った。
「いや、そこで頬染めないでよ。私、女の子なのにちょっとキュンと来ちゃったじゃんか!」
「……ところで、本当に今日が初配信でいいの?」
私は美咲のそんな言葉をスルーすると、そう尋ねた。
「いいよ。もう覚悟はできたから」
ネットではすでに、ワビちゃんの活動休止が噂されていた。Vセカイを抜けてすぐに諸星にアカウントの管理権を取られてしまった美咲はなんのアナウンスもないままにワビちゃんとしての活動を終えていた。
「それならいいけど、リスナーさんはどんな反応するかしら」
「まあ、とんでもない炎上すると思うな。だって、美鈴ちゃんが移籍してワビちゃんとの仲を認められて来たところで今度はワビちゃんの移籍……いや、中の人の移籍だもんね」
「これじゃまるでトレードね」
「ここは野球の世界じゃないってのって感じだね」
「どうする? 初配信は私とのコラボ動画にする?」
私はせめて、誹謗を受けるのは私も一緒にと思ってそう言った。
「うーん、お願いしてもいいかな」
「もちろん、私が誘ったんだし」
「じゃ、準備しよっか」
私達は、二人での初配信を行った。
*
『受身系VTuber同士の絡みも意外に悪くない……?』
『絶対に中身ワ◯ビちゃんだけど、ワサビちゃんも中々悪くないかも』
『俺、やっぱりワ○ビちゃんが人として好きだったんだなって思った』
「……ねえ大丈夫?」
私達は配信を終えたあと、二人でエゴサーチしていた。その中にはもちろん誹謗するようなものもあったけど、ほとんどは今読んでいたようなコメントばかりで。
「私、なに意固地になってたんですかね。私のことが嫌いなひとがいても私のことを好きでいてくれる人もいるってこと、なんでもっと気づけなかったんですかね」
「でも、美咲がワビちゃんとしての自分が好きな気持も分かるよ」
「彩はいいじゃんね。現実でも好きでいてくれる男の子がいるんだし」
「……え?」
「あ……。」
「今のは、男の子の名誉に関わる話だから聞かなかったことに」
「……一体何を聞いたのかしら?」
私は、そう、美咲に聞いていた。
なんだか、私を見る美咲の目が怯える子犬みたいだなって思ったけど、
結局、美咲は口を割らなかった。