115話 不思議だよね
「もう一人の私を失っちゃったな」
傑の契約しているアパートの近くの公園で、泉さんが傑と再会した公園で、私は、強がるように笑みを浮かべるワビちゃん……いいえ、美咲ちゃんを迎えていた。
「ありがとう」
私は、美咲ちゃんにそう言いって、暗がりの中、街灯の下に来て、よく見えるようになった美咲ちゃんを見た。
「ワビちゃんと同じで可愛らしい人だったんですね」
私がそう言うと、美咲ちゃんはニコっと笑みを深めると、私にぐっと近づいて言う。
「傑くんから聞いたよりも、可愛い女の子だねー」
「えっ、傑が私のことを話したの……?」
「ひみつー」
先程までは、悲しそうだったのに、今度は弱みを見つけたというようにちょっと嗜虐的な笑みを浮かべる、コロコロと表情が変わってとても愛らしい娘だなって思う。
「私、こんなにVとしての性格と本当の性格が一致している人知らないわ」
大塚ちゃんはまあ、ほとんど一致してるかもしれないけど、私はVのときよりはまあ、ちょっとだけ無愛想なのは自覚しているし、早苗さんだって、もともとは現実の体に対するコンプレックスで始めたから見た目のイメージとは違ってくる。傑に関してはもはや論外だし、それは泉さんにも当てはまる……こともないかもしれないかな?
「現実の私を知っている人には良く言われるよ。でもさ、不思議だよね。現実の私はいじめられていたのに、仮想の私は人気物なんだよ。中身全く変わらないのに、見た目だって、自分で言っちゃうけど、同じ位に可愛いのに、場所が変わるだけでこんなに反応が違う」
私にも思い至ることはあった、自分の恵まれた容姿で同性の妬みをかってハブられそうになったこともあった。だけど、私みたく、あまり人間関係に拘りがなくて、無視し続けて収まることもあれば、美咲ちゃんみたいにその人付きのする態度で男女問わず好感を得るような彼女であれば、私みたいにはいかないとかなとも思う。
「現実は醜いようなこともたくさんあるけど、私は捨てたもんじゃないと思うよ」
私はそう言いながら、メタガラスのみんなのことを思い出していた。だって、大塚ちゃんの危機にも、泉さんの危機にもみんなが全力を出せるような人たちがいることを私は知っているから。
「まあ、たしかに、メタガラスみたいな優良事務所だったらそう思っちゃうのも無理はないよね」
「うん、だから私は誘った、例え、ワビちゃんとしての体を失ったとしても後悔させない自信があるから」
「実際、本当にワビちゃんの体を失ったら、私相当凹むっすよ。それこそ、この世界からおさらばしようかと悩むくらい」
美咲ちゃんの言葉は偽らざる本音だと分かった。だって、そう言っている美咲ちゃんの体は少し震えていたから。
「でも、そんなでも、傑くんなら……メタガラスの人たちなら、社長を救えるってそう思えたから」
「うん、絶対に説得して助けてみせる」
私は、美咲ちゃんの言葉にそうしっかりと頷いた。
「彩ちゃんって全く話に聞く通りに、人の話を聞くのが上手い人だね。まあ、彩ちゃんの恋バナも聞かせてもらったし、私も頑張りますよーだ!」
美咲ちゃんはそう言うと、突然の出来事に慌てる私をおいて、泉さんが美咲ちゃんのために用意しているアパートに向けて走り出してしまった。
「……人の話を聞くのが上手いってそれ、傑から聞いたの? というか、美咲ちゃんは私のあの話を傑に言ったのかな?」
そこまで言って、私は自分の頬が真っ赤に紅潮しているのに気が付いた。まずい、軽く100回は死ねる。
私は、今までにないくらい、本気で走って、美咲ちゃんには追いつ……けなかったけど、アパートで美咲ちゃんを拘束することに成功した。
*
「いや、怖い怖いって! 彩ちゃん、その睨みは人を殺せる睨みだよ! 言ってない! 言ってないてば!」
傑の借りていたアパートとは違って、新しい泉さんが借りているアパートは夜中に響いた美咲ちゃんの声を見事なまでに防音した。
なんともVTuber向きな物件だった。